小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第十六話~姫様、落ち込む~

 はあ、っというため息を一つ。
 見ている妖達も渋い顔。
 姫様は静かに箸を置いた。
「もういいんですか?」
 葉子が訊く。目の前の料理はあまり減っているようには見えない。
「ええ」
「昨日のお団子がまだ残ってますけど」
 どうです?と一応訊いてみる。答えは、否、であった。
「皆さんで食べて下さい」
「・・・・・・分かりました」
「ごちそうさまでした」
 姫様が立ち上がったので、朱桜が急いで口いっぱいに頬張る。そして、廊下に出る姫様のあとをとことこと追いかけていった。
「はあ・・・・・・」
 残された妖達が盛大にため息をついた。
「もう三日もこの調子だよ。なんとかなんないのかよ」
「そんなことあたいに言われてもねえ・・・・・・」
「いつも考え事をされているような」
「頭領~」
「わしに言われたってなんともならんよ」
酒呑童子様のせいなんだろうねえ」
「光様が来たときはとくにお変わりございませんでしたのに」
「桐壺殿と光殿はなあ・・・・・・かみなり様はちょっと我らと違うからねえ」
「桐壺殿?」
「光殿の母君のこと」
「クロさんよく知ってるね」
「ふ、ふん」
「そういや、長いこと話こんでたな」
「そ、それよりも姫さんの話を」
「そうだね。元気になるかと思ってせっかく団子を買ってきたのに食べてもらえないし、よよよ」
「何だよ、よよよって」
「うるさい、お黙り」
「へいへい」
「とにかく早く元気を出してもらわないとこっちまで暗くなるよ」
「もうすでに暗いかと」
「そうそう」
「きーきー」
「何か姫様の喜びそうなもの・・・・・・」
「酒」
「肉」
「魚」
「飴?」
「あげ!」
「だから自分が喜ぶものじゃなくて・・・・・・」
 などと皆でわいわいがやがやとやっていると、姫様がひょっこり顔を出した。
「随分と楽しそうですね」
「あ、姫様」
 皆が静かになる。
「少し出かけてきます」
「あ、じゃああたいが」
 一緒にと葉子。しかし返事はつれないもので。
「いえ、結構です」
「え」
「すぐ近くなので・・・・・・誰も来ないで下さいね」
「・・・・・・」
「私も?」
「朱桜ちゃんもごめんね。すぐ帰ってきますから。あと頭領も」
「・・・・・・」
「じゃあ、行ってきます」
 姫様の姿が消えた。また妖達が騒ぎ出す。
「どこへ行かれるんだろ」
「村?」
「そうかな」
「よよよ」
「もういいって」
「お札?」
「新しい札など書いておらん」
「団子が食べ」
「あたいがもう買ってきてるよ」
「じゃあ何だよ」
「川?沙羅ちゃんとことか」
「良い線いってるんじゃない?」
「やはり跡をつければ」
「駄目って言われたでしょうに」
「あ」
「ん、頭領?」
 何か気付いたことがあるのか声を出してぽんと手を一つうつ。
「いや、多分だけどね」
「何です?もったいぶらないで教えて下さいよ」
「いいよ、あとで直接聞くから」
「けち」
「けち」
「ぬう、頭領になんという口の利き方」
「けち~」
「太郎、貴様もか!」
「はいはい、遊ばないで片付けをするよ」
「葉子殿・・・・・・」
「なんだよ、姫様がどこへ行ったのか気にならないのかよ」
「あたいも思い当たるとこがないわけじゃないからね」
「ずる~い」
「ずる~い」
「ほら、とっとと動く!太郎もクロちゃんも。頭領も・・・・・・ってもういないよね」
「は~い」
「・・・・・・」
 朱桜が葉子の着物を引っ張る。私は?と言いたげに。
「姫様はいないけど、手伝ってくれる?」
 こっくり頷いた。

 姫様は寺を出た。
 目指す場所は大きな、山で一番大きな木。
 姫様が妖達に見つけられた場所。

「お久し振りです」
 木にお辞儀をする。
 なにも返事はない。
 木は、ただそこにあるだけ。
 姫様は木に手のひらをつけた。
「駄目ですね、私は」
 また、ため息をついた。
 それから木に色々と話しかける。最近起こったことを。ぽつぽつと。
「もう、三日もこんな調子で・・・・・・」
「皆も心配しています・・・・・・だけど・・・・・・」
「朱桜ちゃんに大丈夫って言ったのに・・・・・・」
「でも、寂しいのは朱桜ちゃんですよね。一ヶ月もお父さまと離ればなれで・・・・・・」
「あれ、おかしいな、涙が・・・・・・・」
「すみません、愚痴ばっかで・・・・・・」
「父さまと母さまはどう思いながら私を・・・・・・」
「寺の皆は私を本当に・・・・・・」
「頭領はなにか知っているのでしょうが・・・・・・」
「頭領はな・・・・・・」
「私は・・・・・・」
 泣きながら、ぽつぽつと話しかけた。
「・・・・・・」
 黙って下を向く。それから、ぶるぶるっと頭をふった。
「さてと、ここまで!」
 う~んと背伸びをする。大きく深呼吸。
「あんまり、心配かけちゃ駄目ですよね」
 さっきまでの態度が嘘のようににこにこと。
「父さま、母さま、また来ます」
 そう言うと、来た道を帰っていく。
 木の上に小さな光が二つあることに、彩花は気付いていなかった。

「姫様!」
「姫さん」
「彩花さま」
「なんで皆出てきてるんです?」
「いや、心配で心配で」
「そんなに心配しなくても」
 あははと。これで妖達も一安心。よかった、いつもの姫様だと。
「一体どこへ?」
「秘密です。あ、お団子まだ残ってます?」
「え・・・・・・」
 皆が固まる。
「食べちゃったんですか?」
「え、ええ」
「じゃあ、買いに行きます」
「あ、はい」
「皆で」
「皆?」
 ほ~と妖達が声を出した。
「ちょっとした、お詫びです」
「お詫び・・・・・・」
「村の人に見つからないようにして下さいね」
「あい」
「はい」
「うん」
「さ、行きましょう。頭領も葉子さんも朱桜ちゃんもクロさんも太郎も・・・・・・」

 あやかし姫も元気になり、今日も寺の妖達はのんびり平和なようである。
 頭領は小さな二つの光が天に昇っていくのを、目を細めながら嬉しそうに見ていた。