小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(5)

あやかし姫~旅の人(終)~

「どうしてこう太郎さんはよく怪我をするのですか……」 ぺたぺたと薬を塗る姫様。薬箱が隣にあって。 面目ないと白い大きな狼が。 朝。みんみんと蝉達がその歌声を古寺に響かせる。夏よ盛れと響かせる。 「この傷……」 姫様が、太郎の脇腹の傷に触れた。 「ま…

あやかし姫~旅の人(19)~

「よいぞ」 あっさりと頭領が。 月心が頭領の顔をみた。 顔をみて、寒気がした。 ぎゃーぎゃー騒いでいた三匹がはたと止まった。 「では、話せ」 葉子が、頭領の隣に。太郎も、よろよろと。 自分の手の中にある貝をまじまじと見て、黒之助が、はあっと溜息を…

あやかし姫~旅の人(18)~

喰い千切られた影は、一旦後ろに退き、すぐに元に戻る。 獣の形をとらなかった。 浮遊する球を忙しなく蠢く紅い目が、頭領を伺って。 蛇達も、紅い目で犬神を。 一旦、影の球の前面で目が留まる。じっと、睨みあう。 それが、背後に移動した。同時に、黒い影…

あやかし姫~旅の人(17)~

「きさまあああ!!!」 太郎の何かが、切れた。 黒之助が張った結界を気にせず、突っ込んだ。 烏天狗が結界を解く暇もなく。 小さな稲光が、いくつもいくつも起こる。 今三匹を囲む結界は、式だけではない。 妖にも、作用するのだ。触れるもの全てに牙を向…

あやかし姫~旅の人(16)~

障気が、漂い始めていた。それは、さっきまではなかったもの。 あの茨木童子ほどではない。それでも、十分に強い。 腐れを、招いている。 犬神が歩いたところ、紫に変色した道が出来ていく。 犬神が一つ歩みを進めるたびに、葉子が一歩下がっていく。 「なん…

あやかし姫~旅の人(15)~

陽炎のように絶えず揺らめくその身体。 その紅い二つのまなこが哄笑を。 犬神―― 一歩進むたびに、煙があがる。触れるものを、腐らせているのだ。 植物の悲鳴。土の悲鳴。 三匹の中で次に動いたのは、九尾の銀狐葉子であった。 「いくよ!」 九つの蒼い火が、…

あやかし姫~旅の人(14)~

「で、いつ来るのさ?」 「さあねえ。そこの男に聞け」 「私も……いつも家に閉じ籠もっていたので……」 木森原。若い男が座っていた。月心である。 紫色の煙が、その姿を薄く包み隠していた。 青白い炎が幾つも幾つも宙を漂い、辺りを照らしている。 月心の周…

あやかし姫~旅の人(13)~

「姫様が行かないとなると……どう、我々のことを月心殿に説明すればいいのだ?」 埃が立ちこめる部屋。 黒之助の一室。 なにやら雑多なものがこちらあちらに散乱していた。 一つだけ、よく磨かれた綺麗な箱が置いてある。 大切に飾ってあった。 拙い絵が、描…

あやかし姫~旅の人(12)~

「寝てるね」 「寝てるな」 「寝てますね」 古寺に帰ってみると、妖達が静かに静かにお出迎え。 そこで、葉子は人の姿になって。 太郎はそのままである。巨大な、白い狼のまま。 いつもと違う仲間の様子に、 「なんだあ?」 っと、大声をだそうとした太郎の…

あやかし姫~旅の人(11)~

「じゃあ、どうぞ」 二人と、二匹。 あの狭い小屋。かつかつと、音が響いている。太郎が、床を叩く音。 床に置かれていた器達は、既に片付けられていて。 子供達とは、ばいばいとお別れを。 夕暮れ。 烏が、鳴き始めていた。 「……」 「迷っているのですか?…

あやかし姫~旅の人(10)~

「あんた、一体何を隠してる?」 「はい?」 太郎が、月心に言った。 二人並んで、子供達と姫様と葉子を見ながら。 「一体、何を隠している?」 もう一度言った。穏やかな、言いようだった。 「さあ」 「とぼけるってのか?」 「……」 答えなかった。 代わり…

あやかし姫~旅の人(9)~

「……めんど、くさあ」 「そんなこと言うな!」 「早くしてくれ!」 「……めんどくさあ。風もおかしいし」 薄暗い森の中、木々をかきわけながら進む翁。 古寺の頭領である。 ずっとため息をつきながら歩いていた。 先導するかのように、頭領の前を動く物が。 …

あやかし姫~旅の人(8)~

子供達が、姫様達が持ってきたお菓子を食べる。 太郎が、本をぱらぱらとめくる。 月心が、太郎を見る。 姫様が、月心を見る。 葉子が、太郎と姫様を見る。 部屋の所々に置かれた器に、水滴が落ちる。 ぽつんぽつんと、音をたて続ける。 「彩花さん! これ、…

あやかし姫~旅の人(7)~

「ふーん、そんな奴がねえ」 草木から滴が、ぽた、ぽたと落ちる。 雨の痕、である。 姫様達が、道すがら太郎にあの若い男――月心の話をしている間に、止んでしまった。 雨が降り、やみ、涼しくなって。 まだ、雲が陽を隠していて。 夏の虫達が、その音色をそ…

あやかし姫~旅の人(6)~

「俺に?」 「ああ。太郎殿に用があるのだとさ」 古寺で、妖達と一緒に寝っ転がっている白い狼。 妖のうち、何匹かは、その白い身体の上にのっかって。 妖狼、太郎である。 小雨の音に時折耳を動かしながら、帰ってきた黒之助の話を聞いていた。 黒之助は、…

あやかし姫~旅の人(5)~

小さな滴。 一滴。 姫様、じーっと見る。 ぽつんと、また一つ跡が残る。 空を見上げる。 黒雲が見える。 それから、姫様は空を心配そうに見る葉子の顔を見た。 「葉子さん……雨、やっぱり降るかも」 「えー! 今日は傘持ってきてないよ!」 「うん。どこかで…

あやかし姫~旅の人(4)~

二人で、小屋を出る。 子供達が、またねえ、っと。 姫様と葉子も、またねえ、っと。 月心も手を振り、また、っと。 「……」 二人、小屋が見えなくなるまで、無言で歩いた。 小屋が見えなくなるのを確認し、葉子が辺りをうかがう。 ただただ、大きく育った若草…

あやかし姫~旅の人(3)~

「狭いところですが、どうぞ」 そう、若い男――月心は言った。 葉子は、姫様を見た。 どうするのかと、その目は問いかけていた。 姫様は、男を見ていた。優しく、見ていた。 そして、にっこり笑った。 笑って、 「では、お邪魔させて頂きます」 そう、言った…

あやかし姫~旅の人(2)~

広い道。 草原の道。 夏の日差し。 姫様の透きとおるような白い肌を眩しく照らす。 二つの影。 葉子と二人、手をつなぎ、てくてくと歩いていた。 「あつ―い! あついあつい!」 「葉子さん、その格好でも暑いんですよね」 姫様がぱたぱた手で扇いで葉子に風…

あやかし姫~旅の人(1)~

「おいしい」 「あい」 古寺の、麓の村の茶屋で団子を食べる二人。 一人は少女、一人は女。 古寺の姫様彩花と、そのお供の銀狐葉子。 青々と繁った田んぼを見ながら、仲良く並んで座ってみたらし団子を食べていた。 お昼時。 陽の光が影をつくり、夏の匂いが…