愉快な呂布一家
人を魅了するには何が大事だろうか。 そんなことを話しても、大抵の相手は引くだけである。 時は乱世、諸勢力が盛大な花火をあちこちで打ち上げている世の中だ。 あちらに名門の主がいれば、そちらに乱世の奸雄がいて、こちらでは小覇王と仁君が争っている。…
深き夜、じとりとした汗と共に目覚めると、山狗の孫娘は、恐怖に怯えた。 「恐い、怖い、コワイコワイコワイ……」 あれがもうすぐやってくる。 数多の綽名を持つ戦の化身が、自分の首を獲りにやってくる。 「――」 魔王と呼ばれたお爺様。天下をねじ伏せかけた…
司州、洛陽。後漢の帝都。 その繁栄も栄光も、董卓によって灰燼となった。 炎に包まれ崩壊した街だが、そこかしこに脈々と、人の営みは息づいていた。 「これで、少なくなったほうなのだな」 「そうですねぇ。焼かれる前は、もっと多かったでしょうよ」 少女…
「名前が多いー!」 ぶわっと、紙が舞った。 一つ束ねの髪を揺らすと、少女はあーっと、綺麗になった机にうっぷした。 「はいはい、書類を投げない」 したり顔で、ささっと宙舞う文房具を集める男。 それからどさっと、少女の顔の横に置いた。 「さ、呂布様…
遠目に映るは、涼州の荒武者。 近くに映るは、涼州の砂埃。 豪華絢爛華盛りの、鎧装束で固めた若武者一人。 獅子の兜に、鷹の羽が翻る。 錦馬超は、率いる軍から少し離れた場所で、僅かばかりの供回りと調練の様子を見やっていた。 十部軍……西涼の、豪族連合…
馬岱「……馬というのは……」 魏延「馬?」 馬岱「仲良く座って、ニンジンを網で焼くことが出来る生き物なのだろうか……」 馬超の従兄弟、馬岱。その目の前で、わくわくしている呂布の愛馬赤兎と、張遼の愛馬黒捷。 何度も、目を擦る。目に映る光景は、変わらな…
呂布「というわけで……」 西涼の地。戦が終わり、覇権が移り、平和が戻った。 おそらく、束の間の。 戦勝者たる呂布の目は、すでに董狼姫に向けられている。 怨を、憎を、込めながら。 それでも…… 今宵は、確かに、平和であった。 かって敵味方として争った兵…
「俺が死ぬってか?」 腕を、後ろ手に縛られた。特に、抵抗はしなかった。 馬岱は、自由に城を歩けるようだった。 戦の後、どうなったか、うっすらと予想がついた。 「そう思ってんのか、馬岱?」 涙の痕を宿したまま、馬岱は顎を引いた。不意に、懐かしさが…
これから、どうなるのだろう。 馬超は、ぽつんと、座っていた。 窓のない部屋。灯り火が頼りだった。 自分は――この火に誘われ飛び込む、蛾のようなものだったか―― そう思わずには、いられなかった。完璧に負けたのだ。 あんな、愛らしい少女に。愛らしい、悪…
刀が、手から落ちた。 二本とも、である。 ほぼ、同時に。呂布の動き。見切れなかった。 痛み。両手首を、鈍い痛みが走る。 打たれたのか? どうやって? 何も、見えなかった。捉えられなかった。 呂布が、赤兎馬が、自分の眼前にいる。 どうして、こんなに…
虚をついた。 そう、思った。 二刀流。張遼と闘ってから、身につけた。まだ、自信があるわけではない。 それでも、十分だった。呂布の、笑みを奪ったのだ。 あとは…… 「その首を、貰う」 馬超の声に、はっと呂布は身を固めた。 右の刀。ぎんと煌めき、その細…
踊りを見ているようであった。 二人の動きにただただ魅入っていた。 一人は、徒手。 一人は、剣。 一人は、女。 一人は、男。 色の白い、髪を短く切った女が、壁にもたれかかり、飽きることなく眺めていた。 雛は、呂布の義姉・貂蝉、呂布軍筆頭高順、二人の…
人が集まっていた。 視線が集まっていた。 やはり目立つのだ。 それは、あまり心地良いものではなかった。 「張飛殿……」 「ん? 待ってろ、もうすぐ来るから」 「いえ、そういうわけではなくてですね……」 劉備の義弟、張飛(チョウヒ)。 劉備軍武将、陳到(…
「先生」 少女が、言った。 剣を背中にしょっている。汗を、少し額に浮かべていた。 「鄧艾(トウガイ)?」 若い男が、入り口の方に身体を向けて、言った。 「うん。司馬懿(シバイ)先生、ちゃんと出来ましたね」 にこりと、鄧艾が笑った。 「……ああ、いつ…
ふぁーっとあくびを一つ漏らす。 もう一つおまけ。 もう一つもう一つ。 呂布軍第二武将の張遼は、一人のんびり調練を眺めていた。 「おい」 「うん、臧覇?」 振り向くと、ぷにっとほっぺたをつつかれた。 ぷにぷに。 「なにやってるのー」 拒むわけでなく、…
馬。 騎馬軍。 二万の軍。 中央の戦なら、そう、多いということはないだろう。 だが、その二万の兵が、今の錦馬超の全て、であった。 涼州に現れた漆黒の戦姫、呂布。 その勢いは、とどまるところを知らなかった。 最初は十数人だった。それも、赤子を入れて…
「馬岱さん! 頭を上げて下さい!」 「頼む」 額を、床に擦り付ける。 「え、あう」 そんなこと、急に言われても、と。 「無理、か……そうだな……」 ぺたんと腰を下ろすと、憂いを帯びた子犬のような瞳で魏延を見る。 顔を真っ赤に染めた魏延は、 「じゃ、じゃ…
「今日は、一体どうしたんだ?」 そう、馬岱が言った。 自分に与えられた部屋。 今日は、外に出る事を許されなかった。 城の空気が、変わった。 それは、部屋の中でじっとしていて、感じる事が出来た。 「呂布様が……馬岱さんと、お話したいって」 魏延が、遠…
ぼけーっとしていた。 口を開けて、目を細め、窓辺にもたれ掛かっている。 浅黒い肌。桃色の着物。 武器は持っていない。 囚われの将、馬岱である。 「今日は、調練に行かないのか?」 廊下。呂布軍が砂埃を巻き上げるのをぼーっと眺めながら背後の「男の子…
「魏延なら、どう攻める?」 「ぼ、僕ですか!?」 かぽかぽと、赤い巨馬が軍の先頭を闊歩する。 馬中の馬と詠われる、赤兎、である。 乗ってるのはもちろん呂布さんで。 総勢、千三百あまり。 呂布さん、高順、張遼。 そして、魏延。 眼前の兵。 十部軍が二…
最初、兄様が負けたということを、信じる事は出来なかった。 従兄である馬超は、涼州の武の華。 誇り、だった。 城に戻ってきた馬超は、別人のようであった。 自室に籠もると、滅多に出てこなくなった。 元々、『あの戦』に負けてから、兄様の様子はどこかお…
「……こんなところに?」 松明の灯りを頼りにたんたんと階段を下っていく。 目に、刀傷。 元・袁術筆頭武将紀霊であった。 扉が見えた。 とんとんと、叩く。 中から悲鳴が聞こえた。 散らかす音。 切羽詰まった金切り声。 「袁紹様!?」 袁紹、ついでに顔良…
呂布さんが涼州西平郡に居を構えて十日間。 今日も今日とて、続々と集まってくる兵の調練が行われていた。 夕方。 「よっし、これで最後! みんな、頑張るよー!」 「おー!」 呂布軍第二武将・張遼が、愛馬・黒捷を加速させた。 へろへろになりながらも、兵…
龐徳が、少しずつ包囲の輪を縮ませる。 嫌々ながらも、兵はそれに従う。 足取りは重い。顔は貰い涙でうるうる。 それを知ってか知らずか、呂布はよしよしと義妹を慰めていた―― というわけで、一月振りの更新です^^ 曹操との二度目の大戦にまたも敗れた呂布…
「くそ……」 飲み込まれそうだ。 これは…… 武器を構えるだけで、精一杯であった。 気力を奮い立たせる。必死で、奮い立たせる。 思い出す。あの日の事を。病床にいた、あの人のことを。 「は……負けられない、そう、言っただろう」 声に、出す。 そうだ。 負け…
二人が、また、同時に動いた。 三合、打ち合う。 どちらの得物も、相手の肩を掠めた。 少し、息を荒げた。片方だけ。 張遼だった。 あえぐ。 構えが、崩れ始めている。 拮抗が、崩れ始めている。 それを見逃す、馬超ではなかった。 無音の気合いをこめると、…
「大丈夫? 雛さん、疲れてない?」 「いえ……大丈夫です」 大きな「汚い黒」の馬。上に一人。雛である。 その馬の手綱を握るが一人、呂布さん。 赤子が、三人。 雛と、もう一人――その母親たる貂蝉が、赤子を抱いている。 小さな黒い馬。 魏延が、その手綱を…
「全く、あの馬鹿息子め」 男が呟いた。右眉の上に傷がある。古いものに見えた。 刀を、横の椅子に立て掛けてある。 街の広場。 椅子が大量に並べてある。そこに座っている人は少ない。 屋台が、それなりに散在している。暇そうにしていた。 広いテントを背…
「最悪」 「うん」 ゆっくり、頷きあう。 薄茶の布を、身に纏っていた。それは、すっぽりと頭まで覆って。 旅人で、あろうか。 総勢、赤子を含めて十三人。馬が、二頭。 皆、同じ格好をしていた。 「どうしよう、貂蝉姉様。張遼と、完全にはぐれちゃったよ!…
「ヒッ!」 「閻行……貴様」 閻行が、もう一度刃を振るった。今度は、受け止められた。 涙をいっぱいに貯めた成公英に。 成公英は、 「……閻行様……義父上……閻行様……義父上……閻行様……義父上……」 同じ言葉を繰り返しながら、閻行の刃を受け止めた。 閻行は、刃を…