小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(15)

あやかし姫~跡目争い(45)~

それは、妖気だった。 莫大な妖気の塊が、ぶつかり合っているのである。 一つは、黒色の九尾の狐である。 一つは、七本首の大蛇である。 狐の額の上に立つ黒衣の男は、にぃっと唇を上げた。 蛇の額の上に立つ白髪の翁は、ちぃっと唇を歪めた。 妖怪の姿と、…

あやかし姫~跡目争い(終)~

当て所なく彷徨い、過ぎ去る時を見送った。 何事にも関心を持たず、酒を酌み交わした諏訪の大神が追いやられた時も、同じ源から生まれた土蜘蛛が数を減らした時も、胸に湧き出る感慨はなく、枯れた姿のまま放浪を重ねた。 神は栄え、人は増え、気づけば自分…

あやかし姫~跡目争い(44)~

襤褸を纏った老爺――八霊がいた。 鎖に繋がれた九尾の狐――玉藻御前がいた。 黒衣を纏った男――チィがいた。 巨木に飲み込まれた神――大国主がいた。 あるものは海を渡って島国を訪れた大妖怪の姉妹であり、あるものは島国の旧支配者であり、あるものは島国その…

あやかし姫~跡目争い(43)~

しげしげと両手を見やり、唇の両端をにんまりと吊り上げる。 動きを確かめるように、長い髪を揺らしながらくるりと身を回した。 翻る袖口、衣からきらきらと黒い鱗粉が舞い散る。 首を傾け、深い隈の刻まれた目を姫様に向けた。 「これが、妾の身体か」 猫背…

あやかし姫~跡目争い(42)~

一人で抱えきれなくなった。 いや、そうではない。 薄々感づいていた。 自分の知らない誰かが古寺にいることに。 隠れ潜んでいたその誰かは、気侭に出歩くようになり、火羅を助け、大妖を退け、鬼ヶ城を救った。 「私は知りたくて――知りたくなかった」 鬼ヶ…

あやかし姫~跡目争い(41)~

「鈴鹿! 闇雲に打ち合って勝てる相手じゃない」 耳を頑なに塞いでいた。 心を怨みで堅めていた。 ああなっては止まらない。わかっていても、藤原俊宗は呼びかける。縁を捨てても、鬼となっても、添い遂げようとした女の名を。 「聞く耳もたないか」 顕明連…

あやかし姫~お金を得ようとする話~

「……なかなか買ってくれないわね」 獣の尾で飾った傘の下、膝を曲げた艶やかな少女が、はふっと暇そうにため息をついた。 七星天道をしっしと払い、緑黄金を戯れに弾く。 わざわざこの日の為に黒く染めた髪を、火羅はくしゃりと掻き乱した。 道の端に藁敷を…

あやかし姫~跡目争い(40)~

「ごめんね、太郎さん」 「うん」 「ごめんね、ごめんね、太郎さん」 「もう、こんなこと――俺にさせんなよ。絶対にだからな。絶対にさせないでくれよ」 大きな白い狼が、少女を咥えていた。 頭を起こした白い少女が、牙をたてる狼の鼻に何度も触れた。 「み…

あやかし姫~真ん丸姫様~

「おあげ、おあげ、油揚げ、っと♪」 台所で気分良く唄うのは、見目麗しい妙齢の女。 頭に狐耳、お尻に狐尾。 どうみてもただの人ではない。 そう、それは、妖怪であった。 遠く天竺や唐で名を馳せた九尾の狐、玉藻御前に連なる女怪である。 女怪――葉子は、ぴ…

あやかし姫~跡目争い(39)~

葉子の白い爪、朱桜の黒い霞。 姫様に接するほんの僅か、ぎりぎりのところで、押し止まった。 「どうしてさ、姫様。どうしてなのさ」 揺れる白尾、立ち上る八本の影。 隻腕の女怪は、自分の命を磨り減らし、かっての姿を取り戻す。 「何故なのです、彩花姉様…

あやかし姫~河童沙羅の憂鬱~

鼻歌、枯れ秋草、揺れる尻尾、枝振り見事な古木の影。 柔らかな日の差す森の中、たいそう機嫌の良い火羅を、沙羅は遠慮がちに眺めていた。 新鮮な驚きに少なくない薄気味悪さを感じる機嫌の良さ。 とはいっても、妖狼の姫君をよく知っているわけではないのだ…

あやかし姫~妖狼料理~

怖い顔をした火羅が、包丁を睨みつけていた。 大丈夫かなと姫様は、火羅のすらりと白い手元を見ていた。 握り方は大丈夫。 猫の手のように指を丸めている。 うんと火羅が頷いた。 がつん――姫様は、びくりと肩を揺らした。 がつん、がつん、ざくり、ざくり――…

あやかし姫~尾を漉く話~

細面の女が少女に寄りかかっていた。 白髪白面そして隻腕――女は、艶やかで儚げな容貌をしていた。 長い黒髪、薄く桃色を帯びた白い肌、毀れそうな華奢な肢体――少女は、可憐であった。可憐さの中に、色香がふっと滲み出していた。 女は名を、葉子という。 少…

あやかし姫~跡目争い(38)~

微笑んでいた。 黒羽色の衣。漆黒の髪。薄桃色の頬。白く細い両腕を、胸の前で組んでいる。 嬉しそうに少女は立っていた。 嬉しそうに、心底嬉しそうに――そう見えるように。 「姫様、なんだろうな」 太郎は、大顎の奧で、消え入りそうな声を発した。 「はい…

あやかし姫~火羅の日記~

某月某日 彩花さんのつけている日記というものを、この私、火羅もつけてみようと思う。 真っ白な日記を目の前にすると、思わず心が弾んでしまう。気前よく日記をくれた彩花さんに感謝。 しかし、後ろから覗こうとしたのは頂けない。 自分は見せてくれないく…

あやかし姫~跡目争い(37)~

異国の武将と向かい合ったとき、大獄丸は怯んだ。 歪む景色の中、今まで、自分が怯んだのは、義妹と義兄だけだと思いながら、大太刀を向けた。 昔――遙か昔、大獄丸は、荒くれ者達を束ね、山賊紛いの暮らしをしていた。 それなりに名を挙げたとき、突如根城に…

あやかし姫~風鈴と桃と爪~

火羅は、古寺の軒先に吊された風鈴を取ろうとした。 お椀型の青銅製、白い短冊を揺らしながら、ちりんと涼しげな音色を響かせる風鈴であった。 「うーん」 届きそうで届かない。 背筋を伸ばしても、膝を伸ばしても、足の裏を伸ばしても、すいと逃げられる。 …

あやかし姫~家出の裏で~

「うーん」 割れた器を前に、頭を悩ませる姫様。 長い呪言を唱えるも、器は元通りになってくれない。 「姫様、火羅が外出したさよ?」 「火羅さんが!?」 ぼんと破片が煙をたてる。 また失敗である。 ううっと姫様は肩を落とし、 「火羅さんが、どこへ?」 …

あやかし姫~火羅、家出する~

地面に映る影を追い、紅髪の少女は歩を早める。 着崩した華美な着物、露わになった両肩が上下する。 紅潮した頬には涙の痕、形の良い眉が忙しなく動く。 時折はみ出る尾を押さえ、妖狼の姫は彷徨っていた。 「……どこよ、ここ」 古寺を降り、ふらふらと歩き、…

あやかし姫~跡目争い(36)~

「なるほど、これは興味深いですね」 中肉中背の亡者の後ろに、男が一人立っていた。 周囲の亡者は、忙しなく動いているというのに、冷笑を浮かべる男に目を向ける事もしなかった。 三つに分かれた亡者達。その一つの中心である。鬼や狸も、堅く阻まれ、ここ…

あやかし姫~跡目争い(35)~

鬼ではない。 亡者である。 西の鬼と化け狸が、力を合わせて、亡者の群れを突き進んでいく。 「四天王も、二人だけ、か」 金熊童子と熊童子が西の鬼を率いていた。 化け狸を率いているのは六右衛門である。 短刀や匕首を振り回し、中には獣の姿になって腹太…

あやかし姫~跡目争い(34)~

それは餓えていた。 だから嬉しかった。 何故ここにいるのかわからない。 何故命じられたのかわからない。 主と名乗る慇懃な男は、この地の妖怪を狩れと命じ、虎の化け物を共に付けた。 自分に命じる事が出来るのは叔父だけである。 そう思い、道中、主に従…

あやかし姫~跡目争い(33)~

にこにこと聞いている末姫に、太郎はぽつぽつと話していた。 童の居場所は太郎の頭上。 話すのは古寺のことである。 姫様が来てからの事を話した。 姫様と一緒に過ごした時間は、古寺で太郎が過ごした時間から見れば短い、けれど話は尽きず、記憶は鮮やかで…

あやかし姫~跡目争い(32)~

何が一番大事なのか、葉美はわかっているつもりだ。 物事に優先順位をつけ、粛々とこなしていく。それが上に立つ者の使命であり責任だった。 今も同じ、子を守ることを至上とした。 そのために使える駒は二つ。 彩花という娘と、妖狼の姫であった火羅だ。 ど…

あやかし姫~跡目争い(31)~

また一匹、狐を頭上高く跳ね上げながら、太郎は満面の喜色を露わにした。 茜色の御輿を挟んだ反対側で暴れている黒之助もきっと同じ表情だろう。 「いい息抜きだなぁ、おい!」 この喧嘩は息抜きだ。美鏡という稲荷狐は本当にいい時に来てくれた。 面倒な事…

あやかし姫~風邪引き~

呼吸が少し穏やかになったのは、首筋に浮かんだ汗を拭ったからか。 枕の冷たさを確かめ、姫様はほっと一息吐いた。 布団の中で身体を丸める火羅の肌は、相変わらずの薄紅色。 薬を飲んだためか、昏々と眠り続けている。 書を捲る姫様の目は、火羅の横顔に据…

あやかし姫~跡目争い(30)~

一瞬だった。 混沌の頭が半分、渦を巻くように飛散したのである。 何かの術かと葉美は思ったが、頭を半分失った混沌は、瞳に焦りの色を乗せ空を見上げた。 身に残る僅かな力を使い、葉美も混沌の視線を追う。 灰色の空、眼差しの先に、髪の長い色白の少女が…

あやかし姫~彩花とお散歩~

彩花の掌は温かいと火羅は思った。 傷に滲みる秋の夜気とは雲泥の差である。 背中に毛氈をくくりつけ、彩花にてくてくと手を引かれていく。 獣の尾のような芒の間、刈り取られたばかりの道を進んでいく。 虫の音がそこかしこから聞こえてくる。 調和のない秋…

あやかし姫~火羅とお散歩~

妖の掌は冷たいと、姫様は思う。 急に冷えた秋の夜気より、少しだけ冷たい。 包みを片手に、妖狼の手を引き、揺れる芒の間を歩いて行く。 松虫、鈴虫、蟋蟀、轡虫、馬追――艶やかな秋の音色が、まだ新しい細道に溢れている。 火羅の顔を覗き見る。上背がある…

あやかし姫~跡目争い(29)~

その怪物の名を葉美は知っていた。 異国の書の中に、古老達の御伽話に、幼き頃の寝物語に、その名はあった。 間違いない。 ――混沌だ。 四凶と呼ばれる四匹の怪物の一匹だ。 いや、怪物ではない。 四凶は元来、神なのだ。 この辺りの土地神とは格が違う、天地…