小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(13)

あやかし姫~雪のお宿(終)~

「なんてことがあったわけさね、いやはや」 銀狐が、椀に盛られた卵に手をつける。 殻つきの卵が、銀狐の喉を落ちる。 黒之助が、ほぉほぉと赤ら顔で頷き、太郎の杯が、ぴたりと止まった。 「姫様も、乙女さねぇ」 また、卵を喰らう。 黒之助も、卵に手をや…

あやかし姫~雪のお宿(8)~

一通り、火羅に教わったことをやり終えると、身体がぽかと温まってきた。 ふあぁと、湯煙が昇っていく様を眺める。 いいところだった。 まだ、他にも湯はあるという。 全て、入らなければと心に決める。 「いい湯です」 「だね」 いつもの姫様なので、ほっと…

あやかし姫~雪のお宿(7)~

ひょいと、茨木童子がやまめを抱え上げる。 「あ、あの」 鬼の子が、ちょこんとその傍らについた。 「部屋に連れて行く」 「ですね」 「朱桜?」 「着いていくです。こういう時のために、私は医術を学んでいるのです」 真剣そのもの、であった。 そのまま、…

あやかし姫~雪のお宿(6)~

「やまめは?」 茨木童子が、言った。苛立ちが見える。 「やまめは、どこだ?」 問いを、重ねる。 光は、思わず葉子の後ろに隠れた。 恐かったのだ。 さっきの彩花さんと同じくらい、茨木童子の静かな剣幕は恐ろしかった。 「やまめさんはのぉ、軽い目眩がす…

あやかし姫~雪のお宿(5)~

「彩花さん、黒之丞さんのこと、大丈夫になったんですね」 白蝉が言い、姫様は朱桜から頬を離した。 鬼の娘は、少し物足りなそうな顔をした。 「黒之丞さんは、はい」 姫様が答えた。 「ど、どういうことですか?」 沙羅が、言った。 「姫様、蜘蛛嫌いだから…

あやかし姫~雪のお宿(4)~

狼が一頭、尾を揺らし軽やかに雪の上を走っていた。 全身を覆う、雪と同じ真っ白な毛。身体に布包みをくくりつけていた 「こっちだっけ」 煙をたて、獣が変じ、少女の姿をとる。 ふさりとした尾は、残したまま。 北の妖狼――太郎の妹、咲夜であった。 「合っ…

あやかし姫~雪のお宿(3)~

「彩花ちゃん、変わったか?」 「茨木童子様」 黒之助が、傍らに姿を見せた、美しい鬼に、そう、言った。 黒之丞がほぉっと目を細める。 白蝉の頭に乗る土地神が、ぺこりとお辞儀をした。 「少々、お疲れのようで……火羅や……言いにくいですが、」 「うちの姪…

あやかし姫~雪のお宿(2)~

「ひーめーさーまー」 「はい?」 「足、」 「ああ、ごめんなさい」 うう、姫様。目が笑ってないよ、謝ってないよ。そりゃあねぇ、苛立つのもわかるけどさ。 朱桜ちゃんのこともあるし、きな臭い報せも入ってきたし。 九州の妖は、妖狼中心から合議制に変わ…

あやかし姫~雪のお宿(1)~

姫さん、固くなってるなと思った。 それもこれも、あの妖狼のせいなわけで。 黒鴉はしゃんと姫様の荷物を背負い直すと、遠くの山を見やった。 頂が、薄く雪化粧を帯びている。 これから向かうところは、あの山々よりも、もっともっと寒かろう。 準備は出来た…

あやかし姫~月の蝶(終)~

「火羅さん……」 真紅の妖狼。 炎を纏っていた。小さいが、間違いなく炎だった。 火羅が、大きな額を寄せると、姫様はそっと触れた。 「帰りますか?」 「ええ……」 「朗報、でしょうか。火羅さんが深手を負ったことを広めた方は、亡くなられたそうです」 ぴく…

あやかし姫~月の蝶(13)~

翁が、囁いていた呪を止める。 紙で作られた人形に、何かが刺さった。木製の台の上に置かれた人形には名前が書かれていた。 彩花と火羅、二人の名前。 何かが刺さったのは、姫様の名を書かれた人形。 翁が、人形に刺さったものを抜きやる。 「ほぉ」 小さな…

あやかし姫~月の蝶(12)~

仰向けに火羅は倒れていた。倒れ、手首をかざしていた。 衣は、袖を通しただけ。 衿を大きく開かせ、傷の残る肌を外気に触れさせていた。 姫様が腰を降ろし、火羅の肩に手を置いた。 喰われた傷は、一応塞がってはいた。その部分だけ、鮮やかな赤桃色をして…

あやかし姫~月の蝶(11)~

閉め切った部屋。 床を、壁を、戸を、ちかりと緑色の光が時折奔る。 灯火。 火が奏でる煙は、甘い香りがした。 姫様が小さな刀を手にしていた。 真っ赤に灼けた刃の熱気が、真剣な顔つきをした姫様を揺らめかせている。 背を向けると、するりと火羅が衣を脱…

あやかし姫~月の蝶(10)~

名前を呼ばれていた。 ぽつ、ぽつ、と雫がかかった。 「――さん!」 枯れかけた、しゃがれた、声。 必死に、何度も、何度も。 眠っていたかった。このまま、目覚めたくなかった。 「火羅さん!」 私の、名前。呼んでくれている。 答えなきゃね。 そうしないと…

あやかし姫~月の蝶(9)~

女が、口づけをする。 男の唇を吸う。 慈しむように、愛おしむように。 長い間そうしていた。 離れる。女の唇が、赤く濡れている。 女のすらりとした腕から落ちる白刹天――の、首。 転がっていく。見ていることしか出来なかった火羅の足下へと。 女が、眼で、…

あやかし姫~月の蝶(8)~

ふらと、二頭の虎が女に近づいていく。 白刹天も、ふらふらと火羅から離れ、女に向かっていく。 女が、ほっそりとした首を傾け、息を白く淡く吐いた。 火羅も誘われた。行きたかったが身体が動かなかった。 蠱惑的な黒い瞳が、あどけなくしどけない振る舞い…

あやかし姫~月の蝶(7)~

じっくりと喰らっていくのねと火羅は思った。 身体が冷たかった。火を、消された。妖狼の火が消えるほどの戦い。 白刹天の力は増していた。 多分あの男は喰らってきたのだろう。 私は……弱くなったのかもしれない。 今日の戦い方は、以前ならしなかったもの。…

あやかし姫~月の蝶(6)~

自分を見下ろす男に視線を向ける。 ふいと首を傾け、淡く光を帯びる人の娘を囲み、涎を垂らす、二匹の手負いの獣を見やる。 それから、また、火羅は男に眼差しを向けた。 「やめて」 肩を竦め、僅かに、身をよじる。 「命乞いか」 もう、白刹天の声に、怨も…

あやかし姫~月の蝶(5)~

ぽつり、ぽつりと足音が生まれる。 妖の気配が鮮やかに、月明かりに浮かびあがる。 古び汚れた衣をまとう男達。皆、肌に血管の様な黒い紋様が浮き上がっていた。 火羅を刺した男の後ろに歩を進めると、姫様を見やり、火羅を見やり、それから男の方を見やった…

あやかし姫~月の蝶(4)~

月光蝶の帯を追いかけたことがある。 ずっとずーっと小さいとき。物心ついてすぐのとき。 クロさんの背中に乗り、蝶の群れを追いかけた。 風を斬るのは気持ちよかった。 雲を斬るのは気持ちよかった。 月がだんだん大きくなり、帯が点の集まりだとわかるぐら…

あやかし姫~月の蝶(3)~

食べてもらえた。 満足してもらえた。 さっすが私―― 大変だったものね。いっぱい指切ったし、いっぱい燃えたし。 でも、頑張ったんだよ。 頑張って作ったんだよ。 「うーん?」 「何?」 目を閉じていた。 目を、開いた。 「何にもないね」 探ってみたのだ。…

あやかし姫~月の蝶(2)~

降り立ったのは屋敷の前であった。 古い、朽ちかけた屋敷。 垣根が崩れ庭と野が混じっている。大きな池があるが、そこに魚の影はなく、水面に月を映しているだけである。 そこかしこに生気を無くした木が白い枝を拡げていた。 人の気配も妖の気配もない寂し…

あやかし姫~月の蝶(1)~

牛車から降り、しげしげと辺りを見渡し、かたりと首を傾げた。 長い黒髪を背に垂らした、見目麗しい少女だった。汚れなき白い肌が、紅い灯火に照らされている。 その表情に困惑の色が浮かんでいた。 「さぁ」 真紅の髪を夜風に揺らせ、先を行く少女が手を差…

あやかし姫番外編~小さな鬼の、小さな想い(後)~

「お水ー、お水ー」 「その籠、なに?」 光が、朱桜の手荷物に顔を向け、言った。 「秘密なのですよ」 恥ずかしげに背に隠すと、光は、重ねて尋ねることはしなかった。 巫女の怪我が心配なのだ。 もう少し訊いて欲しいですよ。 でも――ぼた餅。 これいらない…

あやかし姫番外編~小さな鬼の、小さな想い(前)~

小さな女の子が、はたはた急ぎ足。 布包みを背にしょい籠を手に古寺に。 女の子の額には、二本の小さな人あらざる証。 鬼の王の娘――朱桜。 門の前で出迎える姫様の胸に飛び込むと、その顔がふわりとほころんだ。 いい匂いですと思った。 父上とも、叔父上と…

あやかし姫~狐の華~

華が、咲いていた。 茶けた枯れ葉や黄しんだ落ち葉の中、一輪の華が朧に咲いていた。 ぼんやりとした華。輪郭も幽な華。 「綺麗……」 うっとりと溜息を零す女が一人。 銀の獣耳と銀の獣尾を生やす、二十五・六の女であった。 「綺麗さね……」 古寺の妖、九尾の…