小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(14)

あやかし姫~そのお出かけの日、その昏い夜~

嬉しそうに湯に浸っている少女に、真紅の妖狼は目を向けた。仄かに匂う色香は、禍々しくなかった。 白狐と入れ替わりで、火羅は古寺の風呂に入った。姫様は長々と浸かっている。白狐が入る前から、広々とした風呂場にいたのだ。 いつものことである。 火羅が…

あやかし姫~そのお出かけの日(終)~

茶けた枯れ草の上に腰を下ろし、黙り込んだ姫様の傍で、人の姿をした太郎は、視線を宙に彷徨わせていた。 山の上。 小さな古寺が見える。村も見下ろせる。 村を挟んで古寺の向かい側にある山まで、姫様と一緒に『飛んだ』――空間を、ねじ曲げたらしい。 瞬き…

あやかし姫~そのお出かけの日(21)~

「話があるさよ」 鬼の姫君を見送った姫様に、そう白狐は言いやった。 振っていた手を止めた姫様が、一瞬、暗い神気を発す。 葉子は構わず、 「中で待ってるよ」 そう言って、小走りに門をくぐっていった。 両手を下ろした姫様は、遠くの山々に目をやり、古…

あやかし姫~そのお出かけの日(20)~

大好きな彩花様を目にすると、するりと様々な事が抜けてしまった。 クロさんや白蝉さんの言葉が、何の意味もなさなくなってしまった。 火羅がお帰りと言った。 当たり前の挨拶だけど、それがひどく気にくわなかった。 それでは、この場所が、大好きな彩花様…

あやかし姫~そのお出かけの日(19)~

軽く、耳の裏を叩くと、景色が止まり、揺れが収まった。 大きく村を迂回して、今は小川のすぐ傍に。姫様は、川縁に立つ太郎の背で、水面に目を凝らす。 わかってはいたけれど、わかってしまう自分の力が恨めしいけれど、それでも姫様は水面に視線を送り続け…

あやかし姫~そのお出かけの日(18)~

「変じるぞ」 「……う、ううう……」 「いいな」 太郎が妖狼の姿に変じ、腹這いになって小山のような白い背を動かすと、姫様は一歩後ろに下がった。 「まだ、まだ、歩けます」 「薬師だろ、姫様」 溜息混じりに妖狼が言う。 軟膏の匂いをまとう姫様は、全く説得…

あやかし姫~そのお出かけの日(17)~

衣擦れの音と、冷えた匂いで、太郎は目を覚ました。 燻り火が薫っている。 微睡み気味に両腕の間からいなくなった姫様を捜した。 「見ないで下さい」 洞穴の奥。声が硬い。 外は朝。雨があがっている。森が、動き出していた。 「いいですよ」 首を返す。 眉…

あやかし姫~そのお出かけの日(16)~

「な、何よ」 「いえ」 夕方、古寺に戻ってきた朱桜は、今日は泊まると言いだした。 姫様に一目会いたいと、一目会うまで帰らないと。 会いに行こうという考えは、星熊童子に却下された。 「王は、ここでその方と、お会いすることは認めましたが、その方に会…

あやかし姫~そのお出かけの日(15)~

黒之丞の手作り弁当を食べ終えた朱桜は、白蝉と並んで、黒之助と黒之丞の掃除を見ていた。 黒之助は大雑把に、黒之丞は細かく丁寧に。 黒之助が荒くやった後を、黒之丞が繕って。 二人はそんな様、であった。 「誰ぞ、来ているようだが」 「星熊童子だろう」…

あやかし姫~そのお出かけの日(14)~

自分の口に触れた。姫様が残っていた。 にゅっと尾を引っ張られ、後ろを向いて、思い出したように太郎は顔を伏せた。 狼の白尾を身体に巻き付けた姫様が、洞穴の壁にもたれ掛かっていた。 洞穴の外は、晩冬のしとしと雨が降る、暗い森が続いている。 洞穴の…

あやかし姫~そのお出かけの日(13)~

「その、葉子殿……」 朱桜が荒らした部屋を元通りにし、星熊童子と向き合う葉子と、その横に腰を下ろす火羅。 言いにくそうに、言葉を選びながら、星熊童子は言った。 「此度のこと、此度弟が口にしたこと、誰にも口外しないでほしいのです」 「虎熊童子のこ…

あやかし姫~そのお出かけの日(12)~

最初の店は、何かご用でとにこにこしながら店主が出てきた。 姫様を見て、ほぉと感嘆の声をあげ、これはお美しいと言った。 どのような薬が入り用ですかと問うた。 姫様が、薬の元が欲しいのですと言い、太郎には、長ったらしくさっぱりわからない名前を連ね…

あやかし姫~そのお出かけの日(11)~

街は目の前だった。 雑多な家々が、麓の村と変わりないものから、都と見まごうほどのぐっと立派なものまで、すぐそこにある。 姫様が心待ちにしていた場所に、やっと着いたのだ。 なのに……肝心の姫様は、木陰にうずくまり、太郎に背を預けていた。 「大丈夫…

あやかし姫~そのお出かけの日(10)~

真っ白になった頭に、ふつと言葉が沸く。 馬鹿は貴方じゃない、と。馬鹿は、もちろん彩花さんたちでもない、と。 馬鹿は、私じゃないのか、と。 ここで、容易く諦めるのか、と。 諦めていいのか、と。 「否、だわ」 「否?」 「嫌よ。そんなの、嫌。絶対に嫌…

あやかし姫~そのお出かけの日(9)~

居間で、対座する。 正座して早々、朱桜は、葉子の隣に腰を下ろした火羅に、 「どうして、そこにいるの?」 と、詰るような言い方で尋ねた。 葉子は、朱桜の後ろに腰を下ろした鬼の表情を窺った。片割れははらはらと、もう片割れは面白そうにしているように…

あやかし姫~そのお出かけの日(8)~

朱桜は結界を眼前に、開けて下さいと言った。 一行が地に降り立ち、門の前に立ったというのに、誰も出てこなかった。 常ならば、きちんと出迎えてくれるのに。 古寺に張られた結界は、誰かが内側から招き入れなければ、外部の者を拒み続ける。 それは、古寺…

あやかし姫~そのお出かけの日(7)~

「休もう」 太郎がそう言うと、姫様は眉を寄せ、少し口を尖らせながら、 「またですか」 と答えた。 「もう少しなのに」 「休んだ方が、いい」 「うーん」 確かに、そろそろ休みたいなと姫様は思っていた。 随分と歩いた気がする。 ここまで休み休みしてきた…

あやかし姫~そのお出かけの日(6)~

「これ……」 包みを開く。 触れ、眺める。 白狐はほこほこと微笑んでいた。 火羅は、ほろんと、それを鳴らした。 「琵琶……」 琵琶、であった。 煌びやかさはないが、彫り物といい拵えといい、なかなかの物のように火羅には思えた。 「これをくださると?」 「…

あやかし姫~そのお出かけの日(5)~

ふぅと、姫様は、切り株に座り一息ついた。 真白い手の中には竹筒が。 ひんやりとした水が喉を潤わせたばかりであった。 筒の口を閉める姫様を、太郎は苦い顔をして見ていた。 「乗れば、って思ってますね」 「……」 返事をしない。 姫様が差し出した筒を黙っ…

あやかし姫~そのお出かけの日(4)~

村外れにある月心の家が見えてきた。 挨拶しようかしまいか、姫様は少し考える。歩みが滞った。 早朝。まだ眠っているだろうと声を掛けるのをやめにした。 道は、視界を遮るものが少なく、古寺のある小山も、よく、見えた。 「行こうぜ」 「あ、うん」 姫様…

あやかし姫~そのお出かけの日(3)~

寝苦しさを覚え、姫様は目を開いた。 まだ、朝には早い。冬の淡い陽の光が差し込んでいない。 目を慣らすために、暗い天井をじっと見つめる。 しばらくすると、木目も読みとれるようになった。 それから、自分がどのような環境に置かれているか確認し、もぉ…

あやかし姫~そのお出かけの日(2)~

「こんなもんか?」 「うむ、馬子にも衣装だな」 「孫にも衣装?」 「……ああ、いい、忘れてくれ」 太郎は、黒之助に、旅の装束を見てもらっていた。 真の衣は久々である。いつもは、変化の術で済ませていた。 「なぁ、変化じゃあ駄目なのか?」 「変化だと、…

あやかし姫~そのお出かけの日(1)~

「まずいです……」 「まずい?」 「姫さん、拙者の料理が!?」 「違うよ! クロさんの料理は美味しいよ!」 はむと、朝ご飯を食べる姫様。今日の料理番は黒鴉、ほっと一安心。 頭領がいなくなって、真紅の妖狼が住まうようになって。 結局頭数は変わらない。…

あやかし姫~泣いた、妖狼~

白い肌。真っ白だ。妖である自分や葉子よりも白く、触れると毀れてしまいそうな肌をしていた。 少女は、黒い豊かな髪を背に垂らし、書き物に勤しんでいた。 筆を持つ手の指先が、桃色になっている。 美しい顔立ちに、あの女の色はない。艶美さも妖美さもどこ…

あやかし姫~小さき、七夕~

「この湿り気……」 女が一人、人差し指を立て、風に身を任せていた。 美しい容姿をした女だ。 二十代の半ばを過ぎただろうか。ふくよかな身体の上に、地味目の着物をまとっている。 むっと唇をへの字にしていた。白い八重歯がちらと見えた。 腕を、組む。 ひ…

あやかし姫~妖狼、暮らし始め~

「姫様……焦げ臭い」 「うん」 「姫さん、煙が」 「う、うん」 「ひ、姫様、大丈夫さよ!?」 「……けほけほ、うん、一応」 黒煙が、もくもくと部屋いっぱいに、立ちこめていた。 焦げの臭いだけではなく、何とも言い表しにくい臭いが鼻を刺す。 姫様は、口元…

あやかし姫~姫と火羅(終)~

少女は、一振りの小太刀を手にしていた。 煌めく刃を、食い入るように見ていた。 刃紋が、少女の顔を映す。 気配を感じ、ふっと視線を動かした。 戸。隙間。紅髪の少女。 火羅が、部屋に入り、腰を落ち着けた。俯き気味の、翳りのある表情。瞳に、固い光があ…

あやかし姫~姫と火羅(15)~

「もう、いいさよ。ありがとさね」 ぽくぽくと、姫様が葉子の肩を叩いていた。 古寺の、庭に面した一室。 妖達が、そこかしこでたむろしている。溶けかけの雪と戯れている者、冬雲の合間から漏れる光を浴びる者と、様々であった。 姫様が、そっと手を膝の上…

あやかし姫~姫と火羅(14)~

燃え盛る炎の中、黒いものが一つにまとまっていく。 七本の黒いものが、一つになり、人の形を成した。 炯々と光る瞳を向けると、その翁は、言った。 「羽矢風」 と―― 名を呼ばれた土地神は、小さな身を竦みあがらせた。 「しばらく、儂は帰れぬ。そう、彩花…

あやかし姫~姫と火羅(13)~

女が、すくっと背筋を正し、笑みを浮かべていた。 顔を覆っていた腐敗が綺麗になくなっていた。 右目が人ではなく、蛇の眼になり、赤く光っていた。左目は、閉じられていた。 玉藻御前は、葉子から右半身が溶けた女に目を向けると、耳まで裂けた口を閉じた。…