小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(12)

あやかし姫~彼岸の月(終)~

一体全体これはどうしたことだろうと姫様は頭を抱えたくなった。 自分にしなだれかかる妖狼の姫君。 ほんのりと紅らんだ顔を姫様の肩に乗せている。 甘く匂い立つ吐息が何度も頬にかかる。 重さはない。人でない身、妖の身であるから。 妖狼の腕が姫様の身体…

あやかし姫~彼岸の月(9)~

「心配だなー」 と妖が言う。 「心配だねー」 と妖が言う。 小妖達、古寺でお留守番。二人連れ立ち、お出かけしてしまった。 「心配心配ー」 「でも、大丈夫そうじゃない?」 「そう? あいつ、変な目で姫様のこと見てたよ」 「なんだそれ」 「憑かれたよう…

あやかし姫~彼岸の月(8)~

「火羅さん、朝ご飯の用意ができましたよ」 赤い尾が揺れている。 全く反応しない。布団に身体を突き刺したまま。 手を腰につけると、姫様はずんずんと火羅に近づいていった。 「朝ご飯」 「もう、いや」 「いや?」 「私が、本当にそ、そんなことしたの?」…

あやかし姫~彼岸の月(7)~

いい匂いがする。 鼻をくすぐる、優しい匂い。昔嗅いだことがあるような気がした。何時のことだったのかは、思い出せなかった。 暖かく柔らかいものが頭にあたっている。 妖狼の姫君はぱちりと目を覚ました。 この枕気持ちいいな。この匂いは何の匂いだろう…

あやかし姫~彼岸の月(6)~

ざぶんと音がした。 水面が波立つ。 泡、ぷくぷく。 「ねえ」 姫様は答えない。 「ねえねえ」 姫様は、やっぱり答えなかった。 親指を唇につけ、かちりと爪を噛んでいる。 機嫌の悪いときの癖。姫様、かんっぜんにへそを曲げていた。 「ふーん」 また、波打…

あやかし姫~彼岸の月(5)~

「いただきます」 「いただきます」 二人、正座し向かい合って、夕ご飯。 今日の献立は、 銀狐が炊いてくれた白米、 河童の子が届けてくれた胡瓜のお漬け物、 お手伝いのお礼にと月心にわけてもらったしめじのお吸い物、 そして――火羅に焼いてもらった、秋刀…

あやかし姫~彼岸の月(4)~

「もう少し強くお願いできますか」 「はいはい」 「ああ、強すぎです」 「む……」 「あ、消えた」 「む、むが」 「だ、駄目! こ、焦げます!」 「がー!」 瞳を赤く染めると、火羅は七輪に向かって息を吹きかけた。 焔の息。 ゆっくりと伸びてゆく。 煙が、…

あやかし姫~彼岸の月(3)~

台所から見える空は、もう、茜色になっていた。 この頃は、日が落ちるのが随分と早くなってきて。 赤蜻蛉がふわりと入り、目の前を掠め、また、ふわりと出ていった。 「あったあった」 食材は三日分用意してある。 足りなくなることは、多分ないはず。 もし…

あやかし姫~彼岸の月(2)~

「太郎様も、他の方々も、行ってしまったわね」 「ええ」 「……寂しいわね」 周りを見渡し、火羅は、そう、言った。 「毎年のことです……それに今年は、」 姫様は、そこで、言之葉を止めた。 付喪神が、ぴんと聞き耳を立てる。 「火羅さんがいますし」 その言…

あやかし姫~彼岸の月(1)~

雑多な妖が混在する、小さな山の古いお寺。 あやかし姫と、その育ての親たる妖達が住まう場所。 さて、姫様の周りから、妖達がごっそりといなくなる時が、年に一度ある。 彼岸―― 春分、秋分、そのどちらか。 一族が集い集まり、祭事を行う。ただ、宴を催すだ…

あやかし姫~繕い(終)~

ふーんと、黒之丞は大きな目を瞬きさせた。 庵の、裏。黒之助は、二人を連れて行った。 そこで、絶対に姫様には触れないようにと念を押した。 黒之丞は、昨日黒之助から聞かされていた。 白蝉も、昨日姫様から聞かされていた。 あの子が、その相手だとは、知…

あやかし姫~繕い(3)~

「んー。拙者に言われても――」 「え? あ、はい……え?」 「黒……いや、違うな。白蝉殿」 「はいはい」 白蝉が返事した。 裏の方から、三人が来て。 静かに、腰を下ろした。 白蝉は、琵琶の傍らに。 「朱桜殿が、菓子を食べてよいかと」 そっか…… ここは、……お…

あやかし姫~繕い(2)~

地に下ろされても、ふにゃふにゃんとしている朱桜。 目を大きくして、口を大きくして、ぼんやりとした表情を浮かべていた。 それを見て、心配そうな黒之助。 「大丈夫ですか?」 そう、声をかけた。 びくりと強張る。 それから、 「し、知りません! 知りま…

あやかし姫~繕い(1)~

一本角の、天翔ける妖馬。 西の山より、この地に来たる。 双子の鬼の、弟君。 双子の兄の、娘君。 森の傍、であった。空が、灰色で覆われていた。 雨の兆し。今すぐにでも、ぽつりときそうであった。 黒之助は、空の茨木童子に頭を下げた。 冷たい面差しを少…

あやかし姫~琵琶泥棒(終)~

「……結局、何をしたかったんだ? あの金狐」 「戻りたかったんだよ、きっと……白蝉さんの琵琶が、その背中を押したんだよ」 「そういうもんか」 「そういうもんだよ……葉子さんって、凄いね」 縁側に座る妖狼と姫様。 秋の夜風が、藤袴や撫子をそよがせる。 満…

あやかし姫~琵琶泥棒(8)~

微笑を浮かべると、赤犬の石造りの頭の上に、とんと小さな男の子は飛び乗った。 嬉しそうに、猫じゃらしを動かしながら。 夕日色に染まる、古寺の面々。 琵琶泥棒と、土地神、守妖。 そして―― 琵琶を持った黒之丞と、固まっている白蝉。 鮮やかな茜色であっ…

あやかし姫~琵琶泥棒(7)~

「……やっと」 白いもや。引き始めていた。 首を振ると、よろよろと歩く。 気配が、二つ。 そこに、近づいていく。 手で、顔を押さえる。黒い指が、見えた。 それはすぐ、人の手となった。 「お前……」 ぐったりとしている、糸に囚われた金狐。 それを見上げる…

あやかし姫~琵琶泥棒(6)~

「管狐?」 ぎょっと身震いすると、十の狐が、住処に引っ込んだ。 「ん?」 白いものが、身体についていた。 その白い細いものは、どんどん量が増えていて。 「う、動け、」 足が、地面から離れた。 両手、両足が引っ張られる。 琵琶――手の平から、こぼれ落…

あやかし姫~琵琶泥棒(5)~

「どうしよう……」 「どうしようってよぉ」 すっと、墨を吸っていない筆を宙にかざす。 ふらふらと動く、筆先を見つめる。 背中の後ろが、動く気配。 「朱桜ちゃん……」 太郎は、白い狼の姿で、伸びを一つした。 お互いに、背中を預け合う形。 妖狼の背中は柔…

あやかし姫~琵琶泥棒(4)~

背に白蝉を乗せた赤犬が草を掻き分け、古寺に走る。 青犬が、ぴったりとそれに貼り付いて。 風を切る音は、かなりのもので。 石の冷たさが、肌に滲みる。 ふっと、身体が傾いた。坂道に入ったのだと、白蝉は思った。 それから、歩みはゆったりしたものになっ…

あやかし姫~琵琶泥棒(3)~

「糸が」 黒之助が、小さく呟いた。 邪魔な枝を、ぐんと伸びたる虫の脚で刈り取り、 「近づいている」 そう、言った。 銀色に光る糸が、黒之助の目にも見え始めていた。 大気を揺れ踊る糸は、次第に太くなりつつある。 琵琶に近づいている証、であった。 「…

あやかし姫~琵琶泥棒(2)~

「先ほど、黒之丞さんが帰ってきて、その、」 「俺が、帰ってきたんだな?」 「はい、はい」 門番にと残しておいた狛犬に目をやる。 赤犬は、そうだと首を縦に振った。 「……それで、俺はどうしたのだ?」 「帰るなり黒之丞さんは、琵琶を貸してほしいと、そ…

あやかし姫~琵琶泥棒(1)~

西に傾いた日が、紅く燃えていた。 夕刻。 季節は夏から秋にうつろい、少しずつ少しずつ、涼しさを増していく。 耳をつんざく蝉の声も、いつのまにか小さくなっていた。 森の中であった。 影が、動く。 男が、二人。 木々の間を、飛ぶように駆け抜ける。その…