あやかし姫(10)
「お土産は?」 「鈴鹿は、なんじゃった?」 「あたしと鈴はねー。鰹節と……これは? ……あー、蜂の子ね」 「儂はのう……お菓子いっぱいじゃ! ひなあられ、菱餅! 美味しそうじゃ、甘い匂いじゃー! それに……」 「それに?」 「儂の、似顔絵……下に、またあそぼ…
「お待たせなのです!」 とんとんと、走る。 息、切らせながら、走る。 風のように、走る。 彼女は気付いていないが、それは、人の疾さを越えていた。 西の鬼の姫が、茜色の袋を二つ持って、かみなりさまと雪妖の巫女の前に立った。 「遅いのじゃ、朱桜ちゃ…
「地震なぁ。あれが、地震かあ」 のんびりとした、白月の声。 三人、雛壇から降りてきた。 お内裏様以外に、雛人形には変わりはなかった。 お内裏様は、もともと、ぐらついていたようです。 そう星熊童子が言っていた。 「そうです、地震ですよ」 「びっくり…
「……坊主……」 揺れが、収まった。 痛くない。 光は、おそるおそる目を開けた。 目を大きくしている朱桜ちゃんが、自分の顔の真ん前に。 よかった。 元気そう。 身体を、起こす。 こつん。 何かに、ぶつかった。 後ろを向く。 お内裏様が、倒れ掛けの姿勢で、…
ゆれる、ゆれる。 身体が、雛壇が、揺れる。 これがなにか、おいら知ってる。 じしん……そう、地震って奴だ。 葉子さんに、教えてもらったんだ。 結構大きい。やっぱり、怖い。 ……光は、気づいた。 朱桜ちゃんが、危ないと お内裏様が、今にも倒れそうだと。 …
「むう……下が遠いぞ」 「高いねー」 「そうですねー」 足をぷらぷらさせるお子様三人。 朱桜、光、真ん中に白月。 雛段々の、一番上。 ふんわり笑う、お内裏様とお雛様の前に腰掛けていた。 ぽりぽりと、音。 三人は、お菓子に手を伸ばし。 色鮮やかな、雛あ…
姫様が、眠っていた。 すやすやと、すやすやと、寝息を立てていた。 机の上に、頬寄せていた。 傍らに、白い狼が。 こちらも、丸まってすやすやと 辺りに、ぽとんぽとんと妖達が落ちていた。 「いい、寝顔。本当に、いい、寝顔」 葉子が、小さな小さな声で、…
「凄いのぅ……これ、朱桜ちゃんのものじゃろう? やっぱり、お姫様じゃのう」 白月が、言った。 「でっっっっけぇ!」 光が、言った。 「……まぁ、そ、そですかね……」 朱桜が、言った。 三者二様。 段々、 雛壇、 雛人形。 大きな、大きな、雛人形。 お雛様に…
くつ、と、笑みを浮かべていた。 壁にもたれ、悠然と腕を組んで。 嬉しそうに、女は笑みを浮かべていた。 子供が、遊んでいる。 広い、空間。 三人の、妖の子供。 今は、頭を突きつけ寝っ転がって、ぺたぺたお絵かきの真っ最中。 あちこち絵の具撒き散らし、…
傷が、疼く。 じっと、されるがままになっていた。 「傷……あまり、変わりありませんね」 女が、男に巻かれていた布をほどいていく。 どちらも、寝具の上に腰を落としていた。 男は、上半身裸であった。男の、心の臓。 その場所に、惨々とした傷があった。 溶…
三つの、宝剣。 大通連、 小通連、 釼明。 それを、そっと鬼姫は撫でていく。 小太刀――小通連が、嬉しげに宙を踊る。 大太刀――釼明が、早く鞘から抜けと訴えるかのように、鬼姫の前をふらふらと。 巨大な巨大な刀――大通連は、小刻みに小刻みに身を、震わせて…
「……小鈴、さん」 「そう、小鈴!」 呆気に、とられていた。西の鬼達が、呆気にとられていた。 そんな中、小鈴とあくまで名乗る女は、軽やかな足取りで女の子に近づいた。 それから、 「あら?」 そう、声を漏らした。 可愛らしい声であった。 「虎熊さん………
次に門をくぐったのは、かみなりさまの、男の子。 朱桜が手を振ると、ちょっと照れながら手を振り返した。 それから、ずらっと居並ぶ鬼を見て、あんぐりお口を開けてしまった。 「……」 「どうしたのじゃ、光? そんなに呆けた顔をして」 「どうしたの、光く…
鬼が緊張していた。 一言も発さない。 いったい、 何年、 何十年、 何百年振りだろうか。 この城を、訪れるのは。 ――大妖。 絶大なる力を誇る、妖の中の妖。 土蜘蛛の翁―― 鞍馬の大天狗―― 玉藻御前―― 鬼ヶ城の主、酒呑童子。 そして…… ――西の鬼姫、鈴鹿御前…
「ふーむ」 牛鬼―― 鬼の頭に、蜘蛛の身体。 丁度、名の通り、牛ほどの大きさ。 その牛鬼は、牛車を引いていた。 宙を、歩む。ゆっくりと、歩む。 ぞわり、ぞわり―― ふわりと、大江山に、その八本の足を落とした。 もぅと、一声、吠えた。 それと同時に、牛車…
「お勉強ねぇ」 「お勉強ですよー」 次の日、またまた同じ部屋。 同じように、鬼の娘。足を投げ出し、本を広げて。 そして、四人の、鬼。 囲碁を打っている者や、寝そべっている者や、女の子と同じように本を広げている者や。 小さな女の子と、男が四人。男…
「なに、してるんだ?」 「お勉強ですよー」 「ふーん」 大江山。 西の鬼々が集う豪華絢爛鬼ヶ城。 その、中程に位置する一部屋。 男が、いた。美しい鬼が、いた。 顔を覗き込んだ。 女の子の、顔を。 小さな角を額に生やした女の子。 鬼の、娘。 本を広げて…