小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(11)

あやかし姫~主従(終)~

歩いていく。 言葉を交えず、歩いていく。 木々の陰々は、過ぎ去った。 水の匂いが強くなってきていた。 立ち止まり、赤麗を背負い直す。 ――軽い。 まるで、そこにいないかのよう。 あの晩よりも、ずっと軽くなっていた。 淡い息遣いが、赤麗が確かにそこに…

あやかし姫~主従(15)~

赤麗が、誰かと話していた。 楽しそうに、話していた。 相手は、わからなかった。 そんな夢を、束の間の眠りの間に、火羅は見た。 悪い気は、しなかった。 夢でも声が聞けて、嬉しかった。 木像のように、身じろぎせずそこに座っていた。 時折蝋燭の灯が、夏…

あやかし姫~主従(14)~

虚ろな眼差し。 陰りのある、横顔。 一瞥すると、また、視線を戻した。 あれほど満ち溢れていた力が、遠くに消えていた。 風鈴が、寂しい泣き声をあげた。 「薬? そこに、置いておいて」 手を力無く上げ、盆を指さした。 「薬じゃありません」 「じゃあ、何…

あやかし姫~主従(13)~

西瓜を食べると皆に声をかけようとして、姫様がはたと止まる。 小首を傾げ、火羅を見やった。 「火羅さん」 「西瓜……ふふ、西瓜……」 独り言。 西瓜、好きなんだと思った。 沙羅ちゃんも、西瓜好き。胡瓜が好きで、瓜も西瓜も好き。遊びに来ては、よく食べて…

あやかし姫~主従(12)~

淡い、景色。見覚えのある場所。 目の前に、揺らぎを帯びて広がっていた。 ふと脳裏に浮かんだ、一人の男。 獏―― 夢ではなく、魂を喰らうようになった、獣。 一度、獏の世界と交わったことがある。 今と、よく似ている。そう、思った。 火羅が、そこにいた。…

あやかし姫~主従(11)~

「貴方……咲夜さんのお知り合い?」 「……ちょ、直接お会いしたことは……」 背中の暖かみに、うーんと、姫様が苦笑いを浮かべて。 朱桜ちゃん、どう沙羅ちゃんに教えたんだろうと考える。 結局、あれから朱桜ちゃんは火羅さんと顔を合わさなかったけど…… 「とい…

あやかし姫~主従(10)~

「暑いわね……」 「さっきからそればかり、ですね」 姫様が顔を上げ、妖狼の姫君に向かってそう、言った。 借りた団扇で、火羅は赤麗を扇いでいた。 着物を肩まで下げうなじを見せ、白い素足を放り出す。 切れ長の流し目は、金銀妖瞳の妖狼の元へ。 妖達は、…

あやかし姫~主従(9)~

蝋燭の薄火が風に揺れ、火羅の横顔を照らす。 古寺には既に薄闇の帳が下り、皆は息を潜めている。 ――火羅は、まだ、起きていた。 麓の村を訪れたときのことを思い出し、嘲るような笑みを浮かべた。 目の前で、赤麗が寝息をたて眠っている。 白い、薄衣。二人…

あやかし姫~主従(8)~

玄関で姫様と葉子が待っていた。 笠を頭にかぶり、薬箱を背負い。 白い姫様の顔が、笠に垂れる白い紗の後ろにあった。 「お待たせ」 「いえいえ」 「んー、今日はこれね」 草履。靴箱から取り出す。姫様の足下を見て眉をひそめた。 青い鼻緒の、似た草履だっ…

あやかし姫~主従(7)~

油が弾ける。 白煙が、格子を通って外に向かう。 箸で加減を見ながら裏返す。 肉の、焼ける匂い。 もういいだろうと、網の上から皿に移した。 熊肉、それに牛肉。蔵から引っ張り出してきた。たれ壺も一緒に。 赤麗さんは何が好きですか? そう姫様が尋ねると…

あやかし姫~主従(6)~

「起きた?」 「……おはようございます」 上体を起こした。 よく、眠れた。本当によく眠れた。 日が照っていた。夜が、過ぎていた。 「よく眠れたようね」 「あ、はい」 「髪、とかしてあげるわ」 櫛。それに、髪を結わえる紐。 両手でかざして見せた。 「そ…

あやかし姫~主従(5)~

「他に、なにがいりますか?」 「そうね、寝床は、あそこを二人で使うし……化粧。化粧道具を、貸してほしいわ」 「け、化粧……」 「なに? ないの? あるでしょう、こんな田舎でも化粧道具ぐらい」 言い方が引っかかる。わざわざ、田舎を、強調しなくてもいい…

あやかし姫~主従(4)~

「今日は疲れたでしょう。ゆっくりと休んで」 赤麗の顔色が少し、よくなっていた。 「火羅様は?」 「私は明日の準備をするわ。色々と貸してもらえるそうだし。いい、何かあったらすぐに呼ぶのよ」 「赤麗さん」 姫様が、部屋に入ってきた。盆に、器。 薄青…

あやかし姫~主従(3)~

医者は、言った。 ――助からぬと。 すぐに、医者を変えさせた。 だが……どの医者も、どの医者も、彼女に同じ言葉を伝えた。 赤麗は、痛みに苦しんだ。 奥歯が磨り減っていく。痛みに耐えるとき、強く強く、噛み締めるから。 次第に痩せ細っていく。寝る時間も…

あやかし姫~主従(2)~

「暑いわね」 「夏、ですから」 居間は蒸し暑かった。 風通しは悪くない。それでも、暑かった。 姫様、頭領、太郎、黒之助、葉子。 葉子の膝には、小さな麒麟が乗っていて。 そして、火羅と、赤麗。 小妖達は、部屋で待機、であった。 「赤麗を診てほしいと…

あやかし姫~主従(1)~

夏の日差しがじりじりと焦がす。 そんな暑い日のある日の古寺。 朝から姫様は……気もそぞろ、であった。 「ん……」 吐息を零す。 書きかけのお札を、お手本と見比べる。 自分の生んだ字を恨めしそうに見る。 間違っていた。 横線が一本多い。 「また……」 珍し…

あやかし姫~蟲火灯りて~

喧騒。賑わい。 三人―― 姫様と、妖狼と……男の子。 夜空を、見ていた。 落ちてきそうな、星々。 梅雨の終わりと、夏の始まりの気怠い暑さ。 涼をとろうと姫様が扇で風を起こす。夕顔の柄が揺れた。 「どうしたの?」 「する」 太郎の膝の上に乗っていた男の子…

あやかし姫~梅雨の日のこと、いつものお話(終)~

古寺の、居間。 姫様がいて、周りに妖がいて。 賑やかに、和やかに。 時折、くすんと拗ねたように寝っ転がっている白い小さな狼に、姫様は目をやった。 それから、もうっと、息を吐いた。 お昼時。 庭に洗濯物が干されていた。 雨があがったのだ。雲の切れ目…

あやかし姫~梅雨の日のこと、いつものお話(4)~

「こっち、こっち」 妖が言う。 姫様達が、後を追う。 「えー! 鮎一匹なの!」 葉子が言った。 黒之助がその言葉に重々しく頷いた。 「一匹だ。黒之丞の奴、一匹しかくれなかった」 「なんだよぉ……あたいも食べたかったのに」 銀狐の耳が、へたりとなった。…

あやかし姫~梅雨の日のこと、いつものお話(3)~

「姫さん!!!」 大きな声だった。部屋に響き渡った。 男が、黒い羽を翻しながら、部屋に入ってきた。 「痛い」 姫様が、言った。眉間にしわがよった。 「っお馬鹿!!!」 すぐに、耳かきを抜く。 無音の帳。 沈黙が破られ、妖達がやいのやいのと言い始め…

あやかし姫~梅雨の日のこと、いつものお話(2)~

聞き間違いだろうか…… いいえ、違います。確かに、返してくれないって。 「あは。姫様、ここに寝るさね」 くるくると耳かきを器用に回しながら、銀狐は自分の膝を指差し、そう、嬉しそうに言った。 「ここ、ここ。耳掃除、あたいがしてあげる」 膝を、少し崩…

あやかし姫~梅雨の日のこと、いつものお話(1)~

細く流れる糸、冷たく流れる糸。 天から降り注いでいく。 地を、流れていく。 ――水無月。 雨が、降っていた。 季節は梅雨。 春が終わり、夏が始まろうとしていた―― それは、古い時。 ずっとずっと、昔のこと。 人と―― 妖と―― 神が――混じりあって、生きていた…