小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(9)

あやかし姫~想い告げし告げられし(終)~

「俺は、もう、姫様を子供とは、見ていない」 「……へえー」 ……どういうことですか? 姫様が、強張った笑みを妖狼に向けた。 「……姫様が、一番大切って事」 妖狼が、腕を組んだ。にっと、子供のような笑みを姫様に向けた。 「咲夜ちゃん、よりも?」 太郎さん…

あやかし姫~想い告げし告げられし(5)~

月が、出ていた。紅い月が、出ていた。 雲が、流れていく。 太郎は、縁側に腰掛け、月を見上げていた。 さり、さりっと、足音がした。 隣に、姫様が座った。 二人で静かに、月を眺めた。 「お魚」 「美味かった?」 「それは、はい。沙羅ちゃんも葉子さんも…

あやかし姫~想い告げし告げられし(4)~

「葉子さん、私、太郎さんに嫌われるような事したかな」 「はあ?」 てくてくと、歩いていく。 お日様の下、歩いていく。 影が、二つ、歩いていく。 「ずっと避けられてるような……」 「太郎、姫様の近くにいたよ?」 「いたけど……」 ちょっと、違う。 遠くか…

あやかし姫~想い告げし告げられし(3)~

水が、流れていく。 水面が、光を、反射している。 妖狼太郎は、釣り竿片手に、岩の上に胡座をかいていた。 「つ、釣れませんね」 「ああ」 煩わしげに、妖狼は返事をした。 河童の仔――沙羅。 太郎の座る岩のすぐ隣。 そこに、ちょこんと座っていた。 妖狼は…

あやかし姫~想い告げし告げられし(2)~

「葉子さん」 「あいあい?」 お台所。 銀狐は鼻歌かけつつ洗い物。 昼の食事の洗い物。 量は、少ない。 一人分、だからだ。 「どしたの?」 「太郎さん、見てないですか?」 「太郎?」 うーんと小首を傾けると、 「見てないよー」 っと、尾っぽを振った。 …

あやかし姫~想い告げし告げられし(1)~

良い気分だった。 真っ昼間から、ほろ酔い気分。 ……見つかったらただじゃすまないが。 それでも、良い、気分。 こっそり隠れて呑むのが、また、良いのだ。 「……見つからなければ……な」 古寺の蔵の影。 庭の、逆側。 そこに、妖が四匹ほど。 中心には、頬を桃…

あやかし姫~姫と狼(終)~

「天の理を歪ませたお前には、わらわの力は、及ばぬのかな」 「俺は……生きて」 「嘘」 爪が、ぴくりと震えた。 「嘘じゃねぇ……」 自分の声。こんな情けない声だったか。 「死んだのだよ、お前は。あの時に、確かに、死んだのだよ」 「傷は深かったけど、死ん…

あやかし姫~姫と狼(5)~

太郎は、起きていた奴がいたのかと思い、声の方を見やった。 声は、庭の方から聞こえてきた。 「……」 目の前の光景を、太郎は信じられなかった。 庭に、姫様が、いた。 妖艶な――艶めかしい笑みを浮かべる姫様が。 居間で、穏やかに少女は眠っているのに。 「…

あやかし姫~姫と狼(4)~

陽が、落ちようとしていた。 赤い赤い陽の光が、差し込んでくる。 朱桜は、心配そうに姫様を見つめていた。 沙羅は、うとうと眠りかけていた。 葉子も、うとうととし、いかんいかんと顔をはたいた。 まだ、たったの四日。四日寝てないだけじゃないかと。 太…

あやかし姫~姫と狼(3)~

「あの丸薬」 「丸薬がどしたの?」 「なんの薬だろう」 姫様が、首を傾げた。 「決まってんだろ。風邪の薬だろうが」 ぽかんとしている沙羅と葉子を尻目に、太郎が答えた。 太郎は、人の姿であった。 柱に、持たれている。白い大きな尾が、くるくると動いて…

あやかし姫~姫と狼(2)~

「眠くないです……」 姫様、少し赤いほっぺを膨らませる。沙羅が、だ、だよねと、頷いて。 沙羅は、しばらく川に帰っていない。 姫様が倒れてから、ずっと古寺に寝泊まりしていた。 「寝るの」 「沙羅ちゃん、」 「お話しせずに、寝ーるーのー!」 「はいはい…

あやかし姫~姫と狼(1)~

「久し振りに引っ張り出したけど、さっぱりさね。昔は、もうちょっと弾けたもんだけどねぇ」 銀狐が、言う。 河童の娘が、それを疑わしげに見やる。 本当だぞ! 本当に琵琶弾けたんだぞ! そう、葉子が言った。 それから…… 「姫様?」 葉子は、半分布団に入…

あやかし姫~雨降りやんで~

「いたちの妖、ですか?」 「うん。最近、この辺りで見たって奴がいるから、気を付けてね」 「いたち……」 「あ、馬鹿にしてるな! いたちっていっても、ただのいたちじゃないぞ! 赤牙っていって、すっごい凶暴で、大きくて、強いんだぞ! 術は使えないらし…

あやかし姫~雨の日、二人~

水が、空から落ちてくる。 冷たい水が、雫、雫と。 雨―― 春の、雨。 夜がその役目を終えるというのに、まだ、薄暗い。 朝の陽が、黒雲に遮られていた。 庭の新緑が、その上に水滴を貯める。 重みに耐えられなくなり、葉から水を落とす。 足下が、冷たい。 水…