小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(8)

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(終)~

これでかと、黒之助は思った。 これでだなと、太郎は思った。 久し振りだった。 化け蜘蛛――黒之丞が、門の向こうに立っていた。 人の、女を連れて。 「よう、黒之助」 「黒之丞……元気そうだな」 「うん」 物珍しそうに遠巻きに眺める妖達。 頭領の姿も、あっ…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(19)~

「これが、最後です」 白蝉が、言った。 「喜んでもらえたようで……よかった」 そう、言った。 琵琶を抱き締めると、もう一度、よかったと言った。 「食べない」 黒之丞が、言う。 白蝉は、自分の耳を疑った。 「食べない、今、そう言いましたか?」 「言った…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(18)~

黒之丞は、瞬きせず、ずっと白蝉の顔を眺めていた。 白蝉は、笑っていた。 その笑顔を――綺麗だと思った。 何かを綺麗だと思ったのは、あの玉を見て以来であった。 「……琵琶の音」 ぽつりと、呟くように言った。 「琵琶が、どうかしましたか?」 「聞きたい」…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(17)~

きちちと鳴くと、黒之丞は人の姿に戻った。 右手がない。 左手で、蜘蛛の脚を草原に投げ捨てていく。 お前達の餌だと、呟きながら。 「白蝉」 「あ、はい」 女が、答えた。 「大事ないか?」 うんと、頷く。 真ん丸と大きな目に、白蝉の顔を映し、しばし瞬き…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(16)~

「将太さんを……殺したの……」 「うん、ああ。分け前で、吉蔵と揉めた。だから、殺した」 淡々と、述べる。 白蝉は、ふうんと頷いた。 それがあの人の末路か。 優しい人だったのに。 あの日まで、優しかったのに。 分け前で、揉めた。そんなに、お金が欲しかっ…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(15)~

蜘蛛の爪は、男の胸を貫いた。 男の刃は、二本、脚を切断し、黒之丞の肩から斜めに斬り下ろされていた。 ずっと、躰が崩れる。 倒れたのは、黒之丞。 男が、倒れ伏したる黒之丞を、無表情に見下ろした。 「見事、見事」 そう言うと、蜘蛛の脚を、しゅっと斬…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(14)~

男が、薄笑いを浮かべながら、太刀を上段に構えた。 黒之丞が、ぐっと立ち止まる。 離れて、いた。 きちちと鳴くと、どうしようかと頭を巡らせた。 後、一歩。 それで、相手の間合い。 男が持つ刀の長さから考えるなら、間合いの外なのだろうが。 ここから、…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(13)~

吉蔵の顔が、驚きに包まれている。 手下が、蜘蛛の足脚に薙ぎ払われ、方々でうずくまっている。 「妖――」 そう言うのが、精一杯であった。 黒之丞が、 「ん?」 と、首を傾げた。 地に落ちたるは、蜘蛛の脚。 自らの足先が一つ無くなっているのを確かめ、 そ…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(12)~

虫が、逃げる。 そう、思った。 男達は、無言で二人を取り囲んだ。 十二人。 恰幅のいい男が、黒之丞と女の正面に立った。 その男の後ろに、どかりと座る者があった。 皆、武器を持っている。 ちらりと、興味なさそうに黒之丞は男達を見ていく。 数を、頼み…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(11)~

黙って、歩く。 二人で、歩いていく。 女は、琵琶を大事そうに抱えていた。 小屋からは、随分と離れた。 女の持ち物は、琵琶と杖だけ、であった。 黒之丞は道すがら、野草を摘んでいた。自分が食べるためではない。 黒之丞は妖。 妖は――食べなくても、死ぬ事…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(10)~

「ああ、そうだ……」 女はそう言うと、一つ、黒之丞から離れた。 「一緒だ」 また、一つ、離れた。 「あの人と、一緒だ。あの人も、私に優しく近づいて、そして、奪っていった。あなたも、そうなんだ。そうに決まってる」 「……」 黒之丞は押し黙った。 それに…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(9)~

「えっと……なにを、しているのですか?」 「杖作り」 しゃっ、 しゃっ、 しゃっ、 と、木を、研いでいく。器用に、器用に、蟲の、脚で。 息を吹きかけると、木屑がさあっと、消えていった。 「あの……どうして?」 「お前のため」 黒之丞が、言った。 女は、…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(8)~

「美味しいです」 女が、ほんのりと微笑を浮かべながら言った。 黙って、俯いて、その言葉を聞く。 黒之丞が一本。 女が二本。 二人で、平らげた。 「本当に、美味しかったです……」 黒之丞が、少し、顔をあげた。 女は、何か言いたげな顔をしていた。 迷って…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(7)~

どすっと鈍い音がした。 一拍おいて、また、鈍い音がする。 男が馬乗りになって、拳を打ち付けていた。 頬に、男のものでない血が飛んだ。 にっと、嗤う。 長い舌で、血を、舐め捕った。 掴みかかった男の鼻に、拳を叩き込む。 男が、膝をついた。鮮血をたら…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(6)~

日の出を眺めるのは、久し振りであった。 朝は寝ていることの方が多いのだ。 今日は違った。 あの後、一睡もしていない。 家の中を覗く。 女は、眠っているようであった。横になっている。 琵琶は、なかった。 ふと、虫の気配を感じた。 長い太い百足が、家…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(5)~

「舞台でこの琵琶を弾いて聞かせて。それで、暮らしを立てておりました」 それなりに売れていたと、女は自嘲するように笑った。 「蓄えもありました。大きく使うことなど、ありませんから」 女の言葉を待つ。 こき、こきっと、指を鳴らす。 「住み慣れた長屋…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(4)~

「……ばれていたのか」 顔色を変えずに言う。 やはりと、女が頷く。 「こんな闇の中、明かりを持たずに歩けるのは、人ではないかと」 「どうして、明かりを持っていないとわかった?」 確かに、明かりは、面倒なので持っていなかった。 「煙の臭いがしません…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(3)~

「今、戻った」 男が、がたがたの戸をあけ、家の入り口に。 女は、床に身を横たえていた。 ゆっくりと身を起こし、大事そうに琵琶を抱えると、 「早かったのですね」 そう、言った。 「鍋はあるか」 多分と言うと、また、女は台所の棚を指さした。 男は台所…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(2)~

遠くは、なさそうであった。 人里はまだ少し先にある。 道に戻る。月を背に、歩く。 妖か―― 人か―― 明かりは見えなかった。 はて? 首を傾げる。 音は、近づいてきていた。 もう、すぐそこのはずだ。 「……妖、か」 そう、思った。 廃れた、家。 そこから、音…

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(1)~

三日月が嗤う夜の道。 草叢の影で蟲が鳴く。 男が一人、人なき道を、灯りも持たずに歩いていた。 長い手。 右目を覆う長い髪。 隠されていない左目は丸く大きく。 男が近づくと、虫達は、鳴くのをやめる。 まるで、じっと息を潜めるように。 ぼろぼろの衣を…

あやかし姫~転幻(後)~

「やっぱり、変です。ここは、いつもの古寺じゃないです」 「そうかい? いや、気のせいだよ」 妖が二人を眺めている。その視線に気がつくと、姫様は小さな手を振った。 手を振ってから、気味悪そうに葉子の顔を見る。 じっくりと見て、「葉子さんですよね………

あやかし姫~転幻(前)~

「ん……」 二人の、部屋。 銀狐が、目を、開けた。 少し探ってみる。自分しか、いない。 「また……」 くらくらがんがんする頭を押さえる。 飲み過ぎ。 はめ、外しちゃった。 「姫様……」 一応確認、呼んでみる。 返事はなくて。 上体を起こす。どうして目の前に…

あやかし姫~妖の子供~

「彩花さま!」 「朱桜ちゃん」 ていっと、鬼の娘が姫様に跳んだ。 姫様、おおっと、幼子の身体を支えようと。 無理であった。 銀狐が笑いながら倒れかけた姫様の背を支えた。 「朱桜ちゃん……」 「ごめんなさいです……」 「いいよ。朱桜ちゃん、早かったね」 …

あやかし姫~桃の踊り手~

踊る、影。 少女が、静かに、舞っていた。 柔らかな光が、部屋を薄く照らしている。 女が、手拍子を。 それに合わせて、少女が、舞う。 ひらひらと、扇が踊る。 決して、上手、とは言えない舞だった。 所々、動きがぎこちなくなる。 でも……。 想いが、込めら…