小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(7)

あやかし姫~百華燎乱(終)~

「ごめんなさい」 火羅が、冷たい床に額を擦り付けた。 木の板。木目。 咲夜が、 「い、いえ」 そう首を振って、火羅に近づく。 その様子を背に、用は済んだと姫様が離れていく。 古寺にいるもう一人の妖狼。 太郎は、咲夜から離れなかった。姫様に、ついて…

あやかし姫~百華燎乱(30)~

どうして、言ってしまったのだろう? 見られた、から? 傷を見られても、適当にいい繕えば良かったのに。 言って、しまった。 妖気を纏う、人。 それは、人にあらず――か…… でも、あれは妖気なのだろうか。 考えても、しょうがない。 あの娘は、あの娘、なの…

あやかし姫~百華燎乱(29)~

「ん……くぅ……」 四肢のあちこちが痛い。 鼻が麻痺してる。 躰がすーすーする。 「起きられましたか?」 この声。 右手を、自分の額に乗せた。 ぼんやりと、幽火が燃えている。 腰掛けていた。 自分は、横たわっていた。 「んぅ……」 「まだ、無理に身体を動か…

あやかし姫~百華燎乱(28)~

「酒呑童子様、落ち着いて!」 鬼の王は、無言であった。 はぁっと、大きく息を吐いた。 薄紫の、息。 もう一度、大きく吐いた。 肌が、痛い。 震えが、くる。 光と白月を、葉子は自分の後ろにやった。 「しゅ、酒呑童子! 落ち着くのじゃ!」 「酒呑童子さ…

あやかし姫~百華燎乱(27)~

「酷いですね……」 「ああ……」 妖狼は、背中にしょった火羅の崩れかけた体勢をよいしょと直した。 居間が壊されている。 めったらやったらに。 湯飲みも、みんな割れていて。 「これを、火羅さんが?」 「はい……その、私が、火羅さんを怒らせてしまって……」 …

あやかし姫~百華燎乱(26)~

「光。葉子が、来るぞ」 そう言うと、酒呑童子は自分の影に話しかけるのをやめた。 誰も答えなかった。 白月の、息をすーはーする音だけがして。 鬼の王は不思議そうに光達を見やった。 それから、 「……悪い悪い、もう口を開いてもいい」 そう、いった。 「…

あやかし姫~百華燎乱(25)~

火羅がその大腕を振り回した。 子供の、ように。 ぶんと火の粉を捲きながら、大きな爪が空気を裂く。 そして、目を落とした。 小さな妖狼。 生きていた。 元いた場所にはいなかった。 突き飛ばされたのだ。 爪は、空気を切り裂いただけ。 咲夜がいた場所には…

あやかし姫~百華燎乱(24)~

帰りの山道。 「太郎に乗った方が早いよ。疲れずに済むし」 そう、葉子がいった。 太郎が腹這いになる。 乗りな、と。 姫様が、よいしょとその背に乗った。 もう、泣き止んでいた。 妖狼族は、背に何かを乗せるということを嫌う。 でも太郎は、姫様が子供の…

あやかし姫~百華燎乱(23)~

「鈴鹿……」 「兄……様……」 ずっと同じ言葉。 ただ、一緒にいるしかなかった。 俊宗は、死して後も鈴鹿を縛るのかと思った。 悪路王がいかなる人物か俊宗は知らない。 訊いても、誰も答えないのだ。 大獄丸ですら口を濁す。 鈴鹿御前には、絶対に訊けなかった…

あやかし姫~百華燎乱(22)~

「で、どうして巫女様はこの坊主と一緒なんだ?」 「……」 「……」 光と白月はちょこんと三角座り。 酒呑童子はゆったり片膝ついて。 二人とも、答えない。ただ、顔を見合わせるだけ。 光は虎柄。 白月は純白。 「光」 真っ白い白月が、いった。 「これは、誰…

あやかし姫~百華燎乱(21)~

茨木童子。 やまめを抱え、歩いていく。 その後ろには土鬼達が。 倒れ伏したる雪妖、土地神。 雪は消え、地面が剥き出しになり、白の下で春を待っていた緑に光を浴びせる。 向かうは真っ白な対岸。 仲間の鬼達が、慌てふためいているのが見えた。 足取りは、…

あやかし姫~百華燎乱(20)~

「いつ、姫様が俺達を縛る鎖になった」 太郎が、のっそり身体を起こしながらいった。 「え?」 「いつ、葉子やクロや俺が、そんなこと言った」 太郎の表情が、さらに厳しくなる。 怒っているような、悲しんでいるような。 姫様の目が、泳いだ。 「だって……」…

あやかし姫~百華燎乱(19)~

小さいとき。 ずっとずっと、小さいとき、みんなで隠れんぼをした。 ちょっと離れた山で、隠れんぼ。 もういいかーい。 まあだだよー。 鬼の声は一つだけ。答える声は、そこかしこで。 穴を、見つけた。 木の下の、地の穴。 そこに、隠れた。身を、踊らせた…

あやかし姫~百華燎乱(18)~

「なに?」 鬼が、口を開いた。 火羅は、おやっと思った。 今まで、会話に参加していなかったのだ。 何故ここにいるのだろうと、思っていたぐらいだ。 太郎と一緒に暮らしているというのは、狐と烏天狗、あの娘、老人。 鬼は、聞かされていなかった。 鬼の横…

あやかし姫~百華燎乱(17)~

「なあなあ」 土鬼は、ずっと茨木童子に話しかけていた。 横になっている茨木。 ずっと、だんまり決め込んで。 煩わしくなったのであろう。 ついに、薄目を開けた。 「うるさい、おお!?」 そして、跳ね起きた。 土鬼の顔が自分の顔の真ん前にあったのだ。 …

あやかし姫~百華燎乱(16)~

「……私は……私は……」 「八霊殿」 「ぬ?」 「すみませぬが、力を貸して頂けませんか」 土蜘蛛の翁を、頭領が意外そうな顔で見た。 愛想を尽かしたのではなかったのかと。 「この娘は、まだ若輩者ゆえ……」 それは、よくわかった。 「翁……」 「先ほど、土蜘蛛を…

あやかし姫~百華燎乱(15)~

夢中だった。 雪妖が土地神が逃げていく。 手に持つ包丁を恐れてではない。 己の瞳を、畏れて。 初めて、この眼を持って生まれてよかったと思った。 腕が、痛い。 膝が、笑ってる。 胸が、苦しい。 頬を、伝うものが、あった。 やっと、半分。このまま私を避…

あやかし姫~百華燎乱(14)~

手桶に満たされた冬の水。 姫様は、台所にいた。 中腰。 建物の中で、水はそこにしかなかった。 庭には、井戸がある。 そこは、居間から見える。 今の自分の姿を見られるのが嫌だった。 大桶の水を手桶に汲み、そこに浸していた。 手の甲を確認する。 火傷。…

あやかし姫~百華燎乱(13)~

怪鳥の声。 ばらばらっと、団子状の妖達がほぐれていく。 朱桜、ぐるんぐるん回っている頭をとんとん叩くと、悲鳴の元にとことこ近づいた。 黒之助だった。 歯を、食いしばっている。 「痛いの?」 そう、尋ねた。 「いえ……これしきの傷……」 「痛そうなので…

あやかし姫~百華燎乱(12)~

「……」 「今日は、よいお天気ですね」 「午後からは少し崩れるようですよ」 「彩花さんにそれがわかるのですか?」 「風が、湿り気を帯びましたので」 「へえ……」 火羅が、言う。 姫様が、返す。 咲夜や葉子も、時折混じる。 鬼の王は、高見の見物。 他愛の…

あやかし姫~百華燎乱(11)~

「気は済んだかの」 「八霊……」 西の鬼姫、大妖鈴鹿御前。 忙しなく息を吐いていた。 怖々と、配下の鬼共が遠巻きに。 藤原俊宗。 頭領。 そして…… 鈴鹿御前の義兄、大獄丸。 ぶつんと地面に叩きつけられている。 方々に、人型の痕。 鈴鹿御前が、ここで『憂…

あやかし姫~百華燎乱(10)~

「かみなりが、雪妖の巫女を攫ったというのか」 「という話だ」 牢屋。 氷柱が骨格となり、薄い凍鏡で覆われていた。 外の様子は、中からは窺えない。 牢には、十匹ばかしの鬼がいた。 茨木童子も、その中で。 正座していた。 誰かと向かい合い、話をしてい…

あやかし姫~百華燎乱(9)~

鬼馬が、ゆっくりと古寺の門の前に降り立つ。 男の背に女の子がしがみついていて。 二人とも、二本の角が額にあった。 男が先に鬼馬の背から降りる。 派手な柄の着物を着ていた。 大事に大事に女の子をよいしょと降ろす。 まだ、自力で降りるには背が足りな…

あやかし姫~百華燎乱(8)~

宴会。 酒盛り。 森の中での、妖達の宴。 大小数多の妖達が、謡い、踊っている。 楽しげに、嬉しげに。 朧気に、朧気に。 そこに、若い女が近づいていく。 手に持つ刃物が、鈍い光を放った。 宴が止まる。 妖達の、訝しげな視線。 女に集まる。 そしてまた、…

あやかし姫~百華燎乱(7)~

「ちっ!」 右手。痛みが走った。取り込まれる痛み。 繋がりを切り離す。 短剣。 十分に、己の血で濡らした。 これでも、大天狗様に連なる妖。 宝玉を滅ぼす事は――出来る。 宝玉に、黒之助は飛び掛かった。 「滅せよ」 そう言うと、宝玉に短剣を突き刺した。…

あやかし姫~百華燎乱(6)~

「なんだありゃあ」 妖狼が、いった。古寺から黒之助の臭いを辿り、木森原まで走ってきたのだ。 奇妙な物が、その金銀妖瞳に映った。 灰色の身体。 黒い羽。 顔半分が、人の顔――大きな瞳の男の顔―― もう半分は、太郎のよく知っている妖の顔――烏天狗―― 「……黒…

あやかし姫~百華燎乱(5)~

首の亡くなった烏天狗の身体を投げ捨てる。 背後から迫る天狗達を背中から伸びた「黒い羽」で弾き飛ばす。 錫杖が、ばらばらと散らばった。 風。 渦を巻く。 それは、小さな竜巻になった。 黒野丞が、大きな音を生み出した。 それは、怒りにも嘆きにも似た音…

あやかし姫~百華燎乱(4)~

「そうか、お前が『あの』鞍馬山の黒之助か」 「ああ」 「強いな。いや、見事な強さだ」 「……ふん」 「俺は、黒野丞というんだ。しがない、化け蜘蛛よ。お。そういえば、同じ黒だな」 「ん……」 「ナア、オマエ、オレトクマナイカ?」 「なんだ、今の雷は」 …

あやかし姫~百華燎乱(3)~

「いいな、良い湯だ」 そう、男が一人ごちた。湯気がもくもくと辺りを覆っている。 また、良い湯だといった。 顔を、一洗いする。 鼻の下まで浸かると、ぶくぶくと水面に泡を立てた。 森の中。 星が、瞬いていた。 柔らかい足音。近づいてくる。 「薬酒でご…

あやかし姫~百華燎乱(2)~

「あに様、お久しゅうございます!」 「咲夜、久し振りだな!」 小さな狼を、大きな狼が、左右色の違う目を細め、見つめる。 二頭とも白い息を吐いている。 ふるふると白い尾を振り合っていた。 きゃんきゃんと、額を擦り寄せた。 咲夜。 太郎の、妹である。…