小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第二十三話~朱桜、帰る~

「むう・・・・・・」
 姫様と朱桜が仲良く座って朝食をとる。
 寺に朱桜が来てからの微笑ましい光景。
 頭領、そんな二人の様子を手に持つ手紙と交互に見比べる。
 朝から、浮かない顔。
「誰からのお手紙ですか?」
 その手をとめ、姫様が頭領に聞く。
「いや、酒呑からなんじゃが・・・」
「酒呑さまがなんと?」
 朱桜も興味津々。父さまからの手紙。
 他の妖達も視線を頭領に。渋々といった感じで頭領が。
「・・・・・・そろそろ帰ってこないか、だと」
「・・・誰が・・・ですか?」
「朱桜の他に誰かおるか」
 左手に持っていたお椀を落とす。お膳の上がめちゃくちゃに。
 かたかたと、箸を持つ右手が震えた。
「・・・姫様、こぼしちゃって」
「・・・・・・ご、ごめんなさい」
 葉子がおしぼりで汚れをふいていく。
「彩花さま、あの・・・・・・」
 朱桜の声は姫様には聞こえていないよう。もう一度、言う。
 返事は、なし。ただただ虚空を漂う視線。
「姫さん!」
「あ、はい!」
 黒之助が見かねて助け船を。ちょいちょいと朱桜を指差した。
「朱桜ちゃん・・・・・・」
「あの、私・・・・・・」
「そっか、朱桜ちゃんが帰る・・・酒呑童子様へのおみやげなんにしましょうか・・・あ、着物何か持っていきますか?」
「あ・・・・・・」
「盛大にお見送りを・・・・・・あれ、あははは・・・・・・目にごみが・・・ちょっと洗ってきます」
「・・・・・・」
「姫様、うろたえてるよ」
「珍しいな、あんな姫様久し振りだよ」
「姫さま・・・」
 三匹、朱桜を見る。
「私は・・・あの・・・」
「朱桜ちゃん、帰りたいんでしょう?」
 葉子が、尋ねる。

「・・・・・・」
 ここに来て時間がかなり経ちます。
 寺の皆はよくしてくれます。
 彩花さまは私のお姉さんのようです。本当の・・・。
 それでも・・・・・・。
「はい」
 父さまと離れて暮らすのは、やっぱり、寂しいです。

「そっか、寂しくなるね」
「・・・・・・彩花さまが・・・」
「姫様なら、大丈夫さ」
「姫様が帰ってきます!」
 廊下に顔を出していた妖が言う。
「もうか、早いな」
「全員、この部屋を出るぞ」
 頭領が言った。
「はい」
 妖達が姿を消す。頭領と朱桜だけが部屋に残っていた。
「そのほうが、いいじゃろ」
「・・・ありがとうございます」
「なに、大したことじゃないさ」
 そう言って頭領も姿を消した。

「すみません、急に出ていって・・・あれ」
 部屋には一人、朱桜。
「彩花さま・・・私・・・私帰ります」
 じわっと、姫様の目からまた涙があふれる。
「そ、そうですよね。やっぱり酒呑童子様と・・・」
「彩花さま、またすぐ会えます。すぐここに遊びにきます」
「うん、うん」
「大分人と慣れましたし・・・鬼ヶ城に戻っても大丈夫です」
「うん・・・」
「色々と・・・色々とお世話になりました」
「うん」
 二人とも涙をいっぱい溜める。
 じっと見つめ合って、二人、泣き合う。
 どれくらい時間がたっただろうか。突然姫様が朱桜の涙を自分の袖でぬぐった。
「彩花さま」
「お互い、目が真っ赤ですね」
「・・・はい」
「顔、洗ってきましょうか」
「はい」
 ぎゅっと二人手をつないで歩いていく。いつもの、ように。
 違うのは、もうすぐ「いつも」ではなくなるだけ。

「朝廷とはうまくいったのか」
「おう、ちょっとした貸しを作ってやったからな」
 朱桜が帰る日。
 迎えにきたのは鬼の王たる酒呑童子。鬼馬に乗って朝早くからやってきた。
「朱桜ちゃん、元気でね」
「沙羅さんこそ」
「風邪なんてひくんじゃないよ」
 くしゃくしゃっと葉子が朱桜の小さな頭を撫でた。
「泣いてんのか、馬鹿烏」
「泣いてなぞおらん・・・そういう馬鹿犬、お前はどうなんだ」
「汗だよ汗!」
「朱桜、そろそろ帰るぞ」
 酒呑が、声をかける。
「・・・はい」
「彩花ちゃんがいないな。どうしたんだ?」
「さっき、渡したい物がもう一つ、って」
「はあ?まだあるのか」
 鬼馬の背にはたくさんの袋が。そこには色々な物が詰め込んであった。
「父さま・・・もう少し・・・」
「待つに決まってるだろ」
 姫様が息を切らして駆けてくる。大事そうに小さな白い袋を一つ手に持って。
「遅いぞ」
「すみません、酒呑童子さま、なかなか見つからなくて・・・これ、朱桜ちゃんに」
「これは・・・」
 袋から出す。桜の押し花。淡い朱色。
 黄色い台紙に二つ貼られていた。
 一つは小さく、もう一つは大きく。姉妹のようによりそって。
 その台紙の裏には姫様の字で、
「いっぱいいっぱい、ありがとう」
 そう、書かれていた。
「これ・・・・・・ありがとうございます!大事に・・・大事にします!」
「朱桜ちゃん・・・またね」
「はい、また・・・」
 
「この部屋、また二人だけですね」
「ええ」
 その日の夜。姫様の部屋には二人だけ。
 彩花と葉子。二人で布団を敷いていた。
「前と同じですから・・・」
 布団を、だす。
「姫様、その布団は・・・」
 子供用の小さな布団。
 姫様がまだ幼かった頃の、そして、昨日まで朱桜が使っていた・・・。
「あ・・・」
 しばらく、二人とも動かなかった。
 姫様が布団を抱きしめる。
 座り込んで、泣きじゃくり始めた。
 葉子が布団ごと優しく姫様を抱きしめた。 
「あ~あ、お別れの時は泣かなかったのに」
 とんとんと背中を叩く。
「朱・ちゃんが・・るだけ・から・・・・・・泣い・ら悪・・かなって」
「うんうん、よく頑張ったね。よく我慢したよ」
 
 しんと静まりかえった寺に響く姫様の泣き声。
 
 そこに、段々と他の音が重なっていく。
 
 大小様々な妖達が、姫様と同じように泣いているのだ。
 
 その合唱は、長いこと山に響いていたのだった。