あやかし姫~妖狼の理由~
大きな狼が暗闇の森を駆け抜ける。
牛ほどの大きさ、怪しく光る金銀妖瞳。白い風が、するりと木々の間を通り抜ける。
妖狼、太郎である。
その後を、小さな狼がはあはあ息を切らしながら、必死に追いかけていた。
「疲れたか?」
「いえ、そんなことないです!」
小さな狼は気張って声をだすものの、足にはがくがく震えがきていて。
太郎は、少しずつ速さを落としていたのだが、それも限界が来たようである。
「・・・・・・やせ我慢すんな。休むぞ」
「あ・・・すみません・・・」
大きな桜の木の下で、狼二頭、休みとる。
小さな狼は腹這いになり、疲れを出来るだけ取り除こうと。
太郎が、桜を見上げた。
「まだ、桜咲ききってねえなあ」
桜は、五分咲きといったところ。
花とつぼみが半々で。
「そうですね、太郎様」
「もうちょっとで満開か」
約束した。
お花見、しようね、って。
満開になったら、みんなで見に行こうねって。
無事に、見ることができればいいけど・・・
「あの・・・・・・ごめんなさい」
小さな狼が言った。
「・・・いいよ」
太郎が、顔を小さな狼に向けた。
「本当なら、太郎様にこんなことをお頼みすることは出来ないのに!恥知らずなことなのに!私は、でも、こうするしか・・・」
「気にすんな。いや、俺は嬉しいよ。お前に頼られてさ」
「太郎様・・・ありがとうございます・・・本当に、ありがとうございます」
小さな狼は、目をうるませて。
「・・・なあ、そのさ。太郎様って気恥ずかしいから、変えてくんね?」
「え・・・おいやでございますか?」
「どうもさ、慣れなくて・・・言われるたんびにくすぐってえんだ」
「そ、それでは・・・兄様?」
「うーん、さんづけとかさ・・・」
「そんな!太郎様にそのような!」
慌てる小狼、ぶんぶん首を振る。
はあっとため息つく太郎。
「しょうがないねえ・・・この妹は・・・」
全く・・・・・・
「そろそろ、出発しましょう!兄様!」
「まだ、少ししか経ってないよ?」
「早く行かないと・・・」
妹の足に目をやる。まだ、疲れはとれきっていない。
「じゃあ、しばらく歩くか」
「兄様!」
「兄貴の言うことには従いな、咲夜」
「はあ・・・」
妹がいるなど、あの晩まで思いもしなかった。
自分の家族は父と母がいて、そしていなくなった。
今の俺の家族は、姫様、頭領、葉子、黒之助・・・寺のみんなだけだと思っていた。
「誰の、声だ・・・」
闇夜に響く旋律が、妖狼の耳に届いた。
懐かしい声だ。
これは、この声は・・・妖狼族!それも北のか!
「誰だ!」
北の妖狼族にだけ使える秘密の声。
他の妖には聞こえない、秘密の声。
久方ぶりにそれを聴き、久方ぶりにそれを使った。
「太郎様!太郎様ですね!」
「ああ、お前は?」
この声の感じは女か。それもまだ子供だな。
「咲夜ともうします!太郎様の・・・・・・」
「俺の?」
「妹です!太郎様にお願いしたいことがございます!」
「・・・・・・妹!?」
俺の!?
「どうか、どうかお聞き届け下さい!」
「う・・・あ、ああ、うん」
「断る」
妖狼は、首を横に振った。
「太郎様・・・」
「村を助けろってか。俺を追放した村を助けろってか。あんな村、滅んでしまえばいいんだ!」
「そ、そんな」
「俺を散々呪われた仔と蔑んだ奴ら。親子の縁を切り、俺を追い出す決定を下した親父。頭領の申し入れを拒絶した一族。それを助けろってか!?」
「どうか、お願いです!太郎様以外に、すがれる相手はいないんです!どうか!どうか!」
「妖狼族の掟、か。他の妖には力を借りず、ただただ自分達だけで解決せよ、か。くだらん掟だよな」
「このままでは、みんな、みんな殺されてしまいます!すでにお父上は一度敗れて腕を一本食い千切られて・・・」
「そのまま、殺されればよかったのに」
「太郎様!」
「そんなに、俺に助けてほしいのか?」
「太郎様以外に私達を助けることが出来る方など・・・」
「そうだな、他の妖が助太刀にいったら、まずそいつを殺そうとするもんな。同じ妖狼、それも同じ一族じゃないと、掟に反するっていってよ」
行ったほうがいいのか?
行きたくないと俺の頭を黒い声が駆け回る。
だが、俺が行かなかったら村は全滅だとこの娘は言う。
そうなれば、妹も・・・
「一つ、聞きたい」
「な、何でしょうか?」
「お前は、俺の目のことをどう思う?」
この、金銀妖瞳のことを。
「言ってみろ。正直にな」
「・・・見てみたいと思っていました」
「へえ・・・」
嘘では、ない。そのぐらいは分かる。
「村のみんなは、汚れたものだって言ってました。汚いって・・・でも、私は・・・」
これも嘘では、ない。
「なんだ?」
「きっと、綺麗なんだろうなって、さぞかし綺麗なものなんだろうなって、そう思っていました。呪われているなんてこと、きっとないって」
この娘の言葉に嘘はない。
ああ、そうか。
そう、言うか。それは、しょうがないね。
「分かった」
妖狼が、大きく頷いた。
「ほ、本当でございますか!」
「ああ。明日の夜ここを出発する」
「明日の夜ですか・・・そんな、遅いんじゃあ」
「早く行ってもしょうがねえだろ。敵は三日後に来るって言ったんだ」
「はあ・・・」
「しばらく、潜んでいろ。後で連絡する」
「・・・分かりました」
咲夜の声が、途絶えた。
妖狼は、ふと振り向いた。
誰かに見られているような気がして。
振り向いた先には夜の闇と、静かな寺があるだけで。
はあ、っとため息をついた。
「言えないな、こりゃあ・・・」
言えば、みんな心配する。加勢すると言い出すに決まってる。
「だが、駄目だ」
そして、妖狼族と応援に駆けつけた頭領達がまず争うことになる。
差し伸べられた助けの手を、遠慮無く噛み千切る奴らだ、妖狼族は。
「・・・わりい、姫さま。今回は、俺一緒にいられねえや・・・」
そう言うと妖狼は、静かに身体を横たえた。
牛ほどの大きさ、怪しく光る金銀妖瞳。白い風が、するりと木々の間を通り抜ける。
妖狼、太郎である。
その後を、小さな狼がはあはあ息を切らしながら、必死に追いかけていた。
「疲れたか?」
「いえ、そんなことないです!」
小さな狼は気張って声をだすものの、足にはがくがく震えがきていて。
太郎は、少しずつ速さを落としていたのだが、それも限界が来たようである。
「・・・・・・やせ我慢すんな。休むぞ」
「あ・・・すみません・・・」
大きな桜の木の下で、狼二頭、休みとる。
小さな狼は腹這いになり、疲れを出来るだけ取り除こうと。
太郎が、桜を見上げた。
「まだ、桜咲ききってねえなあ」
桜は、五分咲きといったところ。
花とつぼみが半々で。
「そうですね、太郎様」
「もうちょっとで満開か」
約束した。
お花見、しようね、って。
満開になったら、みんなで見に行こうねって。
無事に、見ることができればいいけど・・・
「あの・・・・・・ごめんなさい」
小さな狼が言った。
「・・・いいよ」
太郎が、顔を小さな狼に向けた。
「本当なら、太郎様にこんなことをお頼みすることは出来ないのに!恥知らずなことなのに!私は、でも、こうするしか・・・」
「気にすんな。いや、俺は嬉しいよ。お前に頼られてさ」
「太郎様・・・ありがとうございます・・・本当に、ありがとうございます」
小さな狼は、目をうるませて。
「・・・なあ、そのさ。太郎様って気恥ずかしいから、変えてくんね?」
「え・・・おいやでございますか?」
「どうもさ、慣れなくて・・・言われるたんびにくすぐってえんだ」
「そ、それでは・・・兄様?」
「うーん、さんづけとかさ・・・」
「そんな!太郎様にそのような!」
慌てる小狼、ぶんぶん首を振る。
はあっとため息つく太郎。
「しょうがないねえ・・・この妹は・・・」
全く・・・・・・
「そろそろ、出発しましょう!兄様!」
「まだ、少ししか経ってないよ?」
「早く行かないと・・・」
妹の足に目をやる。まだ、疲れはとれきっていない。
「じゃあ、しばらく歩くか」
「兄様!」
「兄貴の言うことには従いな、咲夜」
「はあ・・・」
妹がいるなど、あの晩まで思いもしなかった。
自分の家族は父と母がいて、そしていなくなった。
今の俺の家族は、姫様、頭領、葉子、黒之助・・・寺のみんなだけだと思っていた。
「誰の、声だ・・・」
闇夜に響く旋律が、妖狼の耳に届いた。
懐かしい声だ。
これは、この声は・・・妖狼族!それも北のか!
「誰だ!」
北の妖狼族にだけ使える秘密の声。
他の妖には聞こえない、秘密の声。
久方ぶりにそれを聴き、久方ぶりにそれを使った。
「太郎様!太郎様ですね!」
「ああ、お前は?」
この声の感じは女か。それもまだ子供だな。
「咲夜ともうします!太郎様の・・・・・・」
「俺の?」
「妹です!太郎様にお願いしたいことがございます!」
「・・・・・・妹!?」
俺の!?
「どうか、どうかお聞き届け下さい!」
「う・・・あ、ああ、うん」
「断る」
妖狼は、首を横に振った。
「太郎様・・・」
「村を助けろってか。俺を追放した村を助けろってか。あんな村、滅んでしまえばいいんだ!」
「そ、そんな」
「俺を散々呪われた仔と蔑んだ奴ら。親子の縁を切り、俺を追い出す決定を下した親父。頭領の申し入れを拒絶した一族。それを助けろってか!?」
「どうか、お願いです!太郎様以外に、すがれる相手はいないんです!どうか!どうか!」
「妖狼族の掟、か。他の妖には力を借りず、ただただ自分達だけで解決せよ、か。くだらん掟だよな」
「このままでは、みんな、みんな殺されてしまいます!すでにお父上は一度敗れて腕を一本食い千切られて・・・」
「そのまま、殺されればよかったのに」
「太郎様!」
「そんなに、俺に助けてほしいのか?」
「太郎様以外に私達を助けることが出来る方など・・・」
「そうだな、他の妖が助太刀にいったら、まずそいつを殺そうとするもんな。同じ妖狼、それも同じ一族じゃないと、掟に反するっていってよ」
行ったほうがいいのか?
行きたくないと俺の頭を黒い声が駆け回る。
だが、俺が行かなかったら村は全滅だとこの娘は言う。
そうなれば、妹も・・・
「一つ、聞きたい」
「な、何でしょうか?」
「お前は、俺の目のことをどう思う?」
この、金銀妖瞳のことを。
「言ってみろ。正直にな」
「・・・見てみたいと思っていました」
「へえ・・・」
嘘では、ない。そのぐらいは分かる。
「村のみんなは、汚れたものだって言ってました。汚いって・・・でも、私は・・・」
これも嘘では、ない。
「なんだ?」
「きっと、綺麗なんだろうなって、さぞかし綺麗なものなんだろうなって、そう思っていました。呪われているなんてこと、きっとないって」
この娘の言葉に嘘はない。
ああ、そうか。
そう、言うか。それは、しょうがないね。
「分かった」
妖狼が、大きく頷いた。
「ほ、本当でございますか!」
「ああ。明日の夜ここを出発する」
「明日の夜ですか・・・そんな、遅いんじゃあ」
「早く行ってもしょうがねえだろ。敵は三日後に来るって言ったんだ」
「はあ・・・」
「しばらく、潜んでいろ。後で連絡する」
「・・・分かりました」
咲夜の声が、途絶えた。
妖狼は、ふと振り向いた。
誰かに見られているような気がして。
振り向いた先には夜の闇と、静かな寺があるだけで。
はあ、っとため息をついた。
「言えないな、こりゃあ・・・」
言えば、みんな心配する。加勢すると言い出すに決まってる。
「だが、駄目だ」
そして、妖狼族と応援に駆けつけた頭領達がまず争うことになる。
差し伸べられた助けの手を、遠慮無く噛み千切る奴らだ、妖狼族は。
「・・・わりい、姫さま。今回は、俺一緒にいられねえや・・・」
そう言うと妖狼は、静かに身体を横たえた。