小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

陥陣営

高順:呂布軍筆頭武将! 渋いぞ、いぶし銀って感じだ。鼻に横一文字の傷があるぞ! 貂蝉と……
貂蝉呂布張遼の義姉! みんなのまとめ役! 大人の魅力の持ち主だ! 高順と……
夏侯惇曹操軍筆頭武将! 曹操の従兄弟、隻眼の猛将
李典:曹操軍武将! 夏侯惇の副将。手先が器用

夏侯惇殿!」

「おう」

 乱世の群雄の一人たる曹操の腹心、夏侯惇の前に立つは、今回の戦で副将としてつけられた李典

 慎重な性格の男であった。まだ、取り立てられて日が浅い

 子供のように顔を輝かせている

 またかよ……と夏侯惇はうんざりした気分になった

「見て下され、これを!」

「これ、なに?」

「投石器の模型でございます!」

 木で組んだ李典いわく投石器とやらの模型を、地面に置く

 小石を乗せ、紐を外すと、ぴゅーっと小石が飛んだ

 飛んで、夏侯惇の眼帯に当たった

「……」

「あ……」

「……」

 ふきふきと眼帯についた汚れをとると、夏侯惇が口を開いた

「なあ、もうわざわざ作ったおもちゃを見せに来なくていいから」

「お、おもちゃじゃないです! これは立派な」

「おもちゃだろうが」

「う、うう……」

 李典が怯んでしまった

 しまった、と夏侯惇は舌打ちした

「……あのねえ、お前が発明好きなのはよくわかったから。そういうことは曹操とやってろ」

「と、殿と! そんな畏れおおくて!」

「俺ならいいのかよ……」

「あ、あうー」

曹操、そういうの大好きだからすっげー喜ぶと思う」

 許褚と楽しそうに「遊んで」いる姿が脳裏に浮かんだ

 その後ろに暗い顔でどんより佇んでいる自分と荀彧の姿はなんなのだろう

 とりあえず、気にしないでおこうか

「本当ですか!」

「ああマジマジ、マジ」

 喜びながら退出していく副官の背を、なんだかな~っと眺める夏侯惇

 布陣して既に二日。

 その間小沛の劉備に使者を送ったが、門を堅く閉じて何も動きをみせなかった

 曹操も、もうすぐ準備が整うだろうか

 肝心の呂布に、動きはなかった

呂布め……動かないのか」
 
 動かぬのなら、それもまたよし、そう思った



「高順さま……」

貂蝉さま、そろそろ城に戻られたほうがよろしいかと」

「はい……」

 呂布軍筆頭武将高順と呂布の義姉貂蝉

 二人は色々あって、夫婦になった

 二人の愛の結晶が、貂蝉のお腹には宿っていて

 軍の最後尾に二人はいた。二万の軍は、二人にあわせてゆっくりと歩を進めていた

 今回、呂布軍のなかで高順の軍だけが動く

 目指すは、徐州に侵入した夏侯惇

「その……高順さまだけで大丈夫なのでしょうか」

「……戦に、絶対はございません」

「……」

「でも……必ず、戻ります」

「はい!」

 貂蝉の馬が、その歩みをとめた

 高順の馬が、駆けていく

 高順の愛馬、蛇眼

 呂布の愛馬である赤兎には負けるが、良い馬だった

 貂蝉は、高順の背を見送った

 膨らんだお腹を、馬上でさすった



「やっぱり、動いたか……」

夏侯惇殿! 斥候によると敵将高順、兵二万とのことです!」

呂布じゃないのか!」

「は、はあ」

 高順、よく知っている名だ

 都に火をつけた董卓

 それを知り、退き始めた呂布

 連合軍の中で唯一追いかけた曹操

 あのとき、曹操軍を伏兵によって蹴散らしたのが高順だった

 あの屈辱、忘れられるわけがない

「動くぞ」

「え! し、しかし殿の命令は拠点の確保だと……」

呂布ならいざ知らず高順など……目障りな蠅は蹴散らすのみ!」

「か、夏侯惇殿!」

「李典……黙って俺に従え」

 臆病すぎるほどに慎重。曹操が李典のことをそう評していた

 それは長所にもなれば短所にもなる

「……ぎょ、御意」



「やはり動いたか。陥陣営も舐められたものだな」

 呂布殿の、いったとおりだ

 せっかく作った陣地を離れ、こちらに向かってくる

 夏侯惇は堅く陣を守って、曹操を待てばよかったのだ

 そうなれば、こちらとしては打つ手がなくなっていた

 軍の動き。よく観察する

 悪くはない

 袁術の軍とは全く違う

「だが……」

 高順が右手をあげ、全軍突撃の合図を送る。呂布軍の十八番の戦い方

 方々で土煙があげる

 無数の、馬のいななき

 騎馬兵の異常な多さが呂布軍の特徴だった

「この軍に……たとえ呂布殿が率いていなくても……蹴散らせぬものなどない」

 それだけの自信が、高順にはあった


 
 ぶつかり合いの後、すぐに夏侯惇は陣地を離れたことを後悔した

 軍を、抜かれたのだ。ばらばらになりかけた

 原野戦では、無類の強さを誇るのが呂布

 たとえ、呂布さん自らが率いていなくてもそれは変わらない

 夏侯惇は、呂布「軍」を甘く見過ぎたのだ
 
 一旦軍をまとめ直し、堅く固めた。夏侯惇だからできた事だった

 高順も、軍を一度退いた

 また、突撃を始めた。全軍ではなく、波状。何度も、繰り返される

 少しずつ、兵が削り取られていく

 これは、よくない。そう夏侯惇は思った

 少しずつ、軍を後退させる

 陣地に戻ろうとしたのだ。陣地は、堅く守りを固めてあった

 高順が来る前に、出来る限りの備えをしていたのだ

 不意に、大きな衝撃がきた

 また、全軍での突撃

 支えきれなかった

 本隊だけが、なんとか踏みとどまった

「高順め!」

 高順は、陣頭で指揮をしていた。明るく輝く桃色の鎧が、嫌でも右目に映った。

 不意に、後方からざわめきが起こった

 小沛の門が開いたのだ

 劉の、旗

 劉備の、軍

 劉備軍が、整然と動き出したのだった