あやかし姫~旅の人(1)~
「おいしい」
「あい」
古寺の、麓の村の茶屋で団子を食べる二人。
一人は少女、一人は女。
古寺の姫様彩花と、そのお供の銀狐葉子。
青々と繁った田んぼを見ながら、仲良く並んで座ってみたらし団子を食べていた。
お昼時。
陽の光が影をつくり、夏の匂いが香り始めて。
二人は村の人達にお札を配って廻ってその帰り。
「葉子さん……尻尾」
「あ! よいしょっと」
満面の笑みでお団子に舌鼓を打つ葉子の裾を引き、姫様がそっと耳打ち。
葉子がちょこんと顔を見せていた銀毛尻尾を引っ込めた。
葉子は、人ではない。
妖、なのだ。
姫様はまた、ゆっくりゆっくりお団子にとりかかる。
二人の間には、冷たいお茶とほくほくのお饅頭。
「はやく~」
「まってー!」
「おいてくよ~」
子供の声、子供の足音。葉子がうん? と声のするほうに瞳を移す。
声はどんどん近づいてくる。
にぎやかな声を聞きながら、姫様がお茶に手を伸ばした。
のどを、こくりと鳴らす。
すっと涼しいものが通る。
「あ、彩花さんだ!」
「本当だ!」
「こんにちわ!」
こんにちわ!
小さい女の子が三人連れだって。
村の子供達。三人とも、見知った顔。
急いでどこかに行くようで。
姫様と葉子がのんびり茶屋で休んでるのに気づき、声をかけてきた。
「こんにちわ」
姫様がちょこんとお辞儀して。
食べる? にっこり笑ってそう言うと、お饅頭を差し出す。
子供達が、じーっとお饅頭を見る。
「なんだい、そんなに急いで。あんたらどこにいくのさ」
葉子が、お饅頭を子供達と同じようにじーっと見ながらきいた。
物欲しそうな葉子を尻目に、子供達の手が伸びた。
「……おいしい!」
「彩花さん、ありがとう!」
「う、喉に……」
こほこほと胸を叩く。
あわあわ慌てる葉子。
どうぞと、姫様が自分のお茶をその子に。
「もう、急いで食べるから……」
「びっくりしたー!」
「で、あんたらどこに行くの?」
また、葉子がきいた。
女の子達、顔を見合わす。
口を揃えて、
「先生のとこ!」
「先生?」
「うん! 彩花さん、知らないの?」
姫様、首を振る。
「葉子さん、知ってる?」
姫様が、葉子にきいた。
「いんや」
葉子も、首を振る。
えー、遅れてるんだと子供達。
「あ、そうだ! 急がないと!」
「そうだった!」
「いこ!」
またねー!
お饅頭、美味しかったー!
三人手を振ると、来たときと同じように駆けていった。
「……先生?」
「おやじ、知ってる?」
葉子が、茶屋の奥に座っていた主人に。
「ああ……」
そっけなく愛想なく、四十頃の店主は答えた。
茶屋は、店主夫婦二人で切り盛りしていた。
その腕は確か。
奥さんは、今日、店に出ていなかった。
「ふーん、で、なに?」
「なにって……先生は先生だ。子供に、字やらなんやらを教えているんだと」
「へー」
「それは立派な方ですね」
姫様が目を輝かせる。店主はやっぱり愛想なく話を続けた。
「……村はずれの小屋で、子供達を集めているな」
「あれ、でもそんな人、この村にいたっけ?」
葉子が、はてと首を傾げる。
村人の数は少ない。
皆、見知った顔。
「二週間ばかし前にこの村に来たんだ」
「それは……」
葉子の瞳が一瞬細くなり、妖しい光が宿った。
ぞくっ。
冷たい何かが店主の背を抜けていった。
きっ、と姫様が葉子を睨む。
あー、ごめん、と葉子が。
「?」
「そいで?」
続きを、たす。今の寒気は? そう思いながら店主は続けた。
「……若い男だ。賢そうに見えたな。悪い人間ではなさそうだが……そんなものか。あとは子供に尋ねた方が早いだろう」
ありがとうございます。
姫様お辞儀。
いいっていいって。
そう、店主は言った。
「葉子さん、あとでその人に会いにいきませんか?」
「……いく……今すぐ」
「え、ちょっと」
「姫様、今すぐ!」
「みんなの分は?」
古寺の、皆へのおみやげ。村におりると、いつも買うのだ。
「そんなの、あと! あとあと!」
「は、はあ。あの、お代ここに置いておきます」
姫様、葉子に引っ張られながら椅子にお金を。
「な、なあ……」
奥から、もじもじと店主が話しかけてきた。
珍しい事だった。
「はい?」
「およ?」
急いてる葉子も、少し落ち着いて。
「嫁さん……腰痛めてよ……その、な……その……」
「ああ、すぐにお札とお薬、届けますね」
「悪いな」
姫様がみやげを買うと、いつもおまけしてくれる。
そんな茶屋の主人だった。
「ねえ、葉子さん、どうしてそんなに慌ててるの?」
せかせか前をゆく銀狐に姫様が。
あのねえ、そう葉子はつぶやき歩を止めた。
蝉のにぎやかな鳴き声が、二人の耳に。
「先生とやらが悪い奴だったらどうすんですか。さっさと行って会って確かめないと!」
「でも、茶屋のご主人は悪い人じゃないって……」
「そんなの、あてになるもんか!」
「……」
葉子の激しい剣幕。姫様、押し黙る。
「……姫様に、もし何かあったら……災いの種は早いめに摘み取るが吉、です」
ふっと、あの白い夢が、姫様の脳裏をよぎった。
真っ赤に染まった太郎の姿も。
「あ……」
姫様の声の色が変化した。
さっと、葉子の表情が変わる。
「姫様、あたいは心配性なんでね……」
申し訳なさそうに、そう言った。
ふーっと、姫様は大きく息をついた。
「あたい達、ですよね」
「……あ、姫様を先に帰した方がよかった」
そっちの方が安全だと。
「まだ、その方が悪い人だと決まった訳じゃないですし……私も会ってみたいですし」
「でも……」
「それに、葉子さんが守ってくれるし」
ね? 葉子さん?
「ま、まあね」
葉子が鼻高々と。腰に手をやり胸をはる。
葉子も、おのが力に自信をもつ強き妖。
九尾の銀狐なのだ。
「さ、行きましょう」
えっへんと胸はる葉子を置いて、今度は姫様がさきにすたすたと。
「……あれー?」
姫様まってー。
葉子の間の抜けた声に、姫様はくすりと笑みをこぼした。
「あい」
古寺の、麓の村の茶屋で団子を食べる二人。
一人は少女、一人は女。
古寺の姫様彩花と、そのお供の銀狐葉子。
青々と繁った田んぼを見ながら、仲良く並んで座ってみたらし団子を食べていた。
お昼時。
陽の光が影をつくり、夏の匂いが香り始めて。
二人は村の人達にお札を配って廻ってその帰り。
「葉子さん……尻尾」
「あ! よいしょっと」
満面の笑みでお団子に舌鼓を打つ葉子の裾を引き、姫様がそっと耳打ち。
葉子がちょこんと顔を見せていた銀毛尻尾を引っ込めた。
葉子は、人ではない。
妖、なのだ。
姫様はまた、ゆっくりゆっくりお団子にとりかかる。
二人の間には、冷たいお茶とほくほくのお饅頭。
「はやく~」
「まってー!」
「おいてくよ~」
子供の声、子供の足音。葉子がうん? と声のするほうに瞳を移す。
声はどんどん近づいてくる。
にぎやかな声を聞きながら、姫様がお茶に手を伸ばした。
のどを、こくりと鳴らす。
すっと涼しいものが通る。
「あ、彩花さんだ!」
「本当だ!」
「こんにちわ!」
こんにちわ!
小さい女の子が三人連れだって。
村の子供達。三人とも、見知った顔。
急いでどこかに行くようで。
姫様と葉子がのんびり茶屋で休んでるのに気づき、声をかけてきた。
「こんにちわ」
姫様がちょこんとお辞儀して。
食べる? にっこり笑ってそう言うと、お饅頭を差し出す。
子供達が、じーっとお饅頭を見る。
「なんだい、そんなに急いで。あんたらどこにいくのさ」
葉子が、お饅頭を子供達と同じようにじーっと見ながらきいた。
物欲しそうな葉子を尻目に、子供達の手が伸びた。
「……おいしい!」
「彩花さん、ありがとう!」
「う、喉に……」
こほこほと胸を叩く。
あわあわ慌てる葉子。
どうぞと、姫様が自分のお茶をその子に。
「もう、急いで食べるから……」
「びっくりしたー!」
「で、あんたらどこに行くの?」
また、葉子がきいた。
女の子達、顔を見合わす。
口を揃えて、
「先生のとこ!」
「先生?」
「うん! 彩花さん、知らないの?」
姫様、首を振る。
「葉子さん、知ってる?」
姫様が、葉子にきいた。
「いんや」
葉子も、首を振る。
えー、遅れてるんだと子供達。
「あ、そうだ! 急がないと!」
「そうだった!」
「いこ!」
またねー!
お饅頭、美味しかったー!
三人手を振ると、来たときと同じように駆けていった。
「……先生?」
「おやじ、知ってる?」
葉子が、茶屋の奥に座っていた主人に。
「ああ……」
そっけなく愛想なく、四十頃の店主は答えた。
茶屋は、店主夫婦二人で切り盛りしていた。
その腕は確か。
奥さんは、今日、店に出ていなかった。
「ふーん、で、なに?」
「なにって……先生は先生だ。子供に、字やらなんやらを教えているんだと」
「へー」
「それは立派な方ですね」
姫様が目を輝かせる。店主はやっぱり愛想なく話を続けた。
「……村はずれの小屋で、子供達を集めているな」
「あれ、でもそんな人、この村にいたっけ?」
葉子が、はてと首を傾げる。
村人の数は少ない。
皆、見知った顔。
「二週間ばかし前にこの村に来たんだ」
「それは……」
葉子の瞳が一瞬細くなり、妖しい光が宿った。
ぞくっ。
冷たい何かが店主の背を抜けていった。
きっ、と姫様が葉子を睨む。
あー、ごめん、と葉子が。
「?」
「そいで?」
続きを、たす。今の寒気は? そう思いながら店主は続けた。
「……若い男だ。賢そうに見えたな。悪い人間ではなさそうだが……そんなものか。あとは子供に尋ねた方が早いだろう」
ありがとうございます。
姫様お辞儀。
いいっていいって。
そう、店主は言った。
「葉子さん、あとでその人に会いにいきませんか?」
「……いく……今すぐ」
「え、ちょっと」
「姫様、今すぐ!」
「みんなの分は?」
古寺の、皆へのおみやげ。村におりると、いつも買うのだ。
「そんなの、あと! あとあと!」
「は、はあ。あの、お代ここに置いておきます」
姫様、葉子に引っ張られながら椅子にお金を。
「な、なあ……」
奥から、もじもじと店主が話しかけてきた。
珍しい事だった。
「はい?」
「およ?」
急いてる葉子も、少し落ち着いて。
「嫁さん……腰痛めてよ……その、な……その……」
「ああ、すぐにお札とお薬、届けますね」
「悪いな」
姫様がみやげを買うと、いつもおまけしてくれる。
そんな茶屋の主人だった。
「ねえ、葉子さん、どうしてそんなに慌ててるの?」
せかせか前をゆく銀狐に姫様が。
あのねえ、そう葉子はつぶやき歩を止めた。
蝉のにぎやかな鳴き声が、二人の耳に。
「先生とやらが悪い奴だったらどうすんですか。さっさと行って会って確かめないと!」
「でも、茶屋のご主人は悪い人じゃないって……」
「そんなの、あてになるもんか!」
「……」
葉子の激しい剣幕。姫様、押し黙る。
「……姫様に、もし何かあったら……災いの種は早いめに摘み取るが吉、です」
ふっと、あの白い夢が、姫様の脳裏をよぎった。
真っ赤に染まった太郎の姿も。
「あ……」
姫様の声の色が変化した。
さっと、葉子の表情が変わる。
「姫様、あたいは心配性なんでね……」
申し訳なさそうに、そう言った。
ふーっと、姫様は大きく息をついた。
「あたい達、ですよね」
「……あ、姫様を先に帰した方がよかった」
そっちの方が安全だと。
「まだ、その方が悪い人だと決まった訳じゃないですし……私も会ってみたいですし」
「でも……」
「それに、葉子さんが守ってくれるし」
ね? 葉子さん?
「ま、まあね」
葉子が鼻高々と。腰に手をやり胸をはる。
葉子も、おのが力に自信をもつ強き妖。
九尾の銀狐なのだ。
「さ、行きましょう」
えっへんと胸はる葉子を置いて、今度は姫様がさきにすたすたと。
「……あれー?」
姫様まってー。
葉子の間の抜けた声に、姫様はくすりと笑みをこぼした。