小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~旅の人(8)~

 子供達が、姫様達が持ってきたお菓子を食べる。
 太郎が、本をぱらぱらとめくる。
 月心が、太郎を見る。
 姫様が、月心を見る。
 葉子が、太郎と姫様を見る。
 部屋の所々に置かれた器に、水滴が落ちる。
 ぽつんぽつんと、音をたて続ける。
「彩花さん! これ、美味しい!」
 男の子が、言った。
 口の周りに、食べかすをいっぱい付けながら。
 餡かす、である。
「……」
 姫様は無反応。
 何も答えなかった。
 じっと、見ていた。
 声が、聞こえていないのだ。
 集中していた。
「彩花さーん!」
 もう一度、言う。
 そして姫様の顔の前で小さな手をぶんぶん。
 姫様、ふぇ? っと声を出した。
「……あ! はいはい、どうしたの?」
「もう! 美味しかったってさっきから言ってるの!」
「そう……良かったね」
「うん!」
「先生も、食べようよ」
「そうだよ!」
「そうですねえ……それじゃあ……」
 よろしいでしょうかと、姫様に。
「どうぞ、頂いて下さい」
 姫様、笑いながら月心のほうに差し出す。
 残っているのはみたらし団子、であった。
 よく、姫様が茶屋で食べているもの。
 太郎が少し視線を動かした。
 そしてまた、本に視線を戻した。
「あたいは、ないからねえ……」
 紅を塗ったように赤い唇を押さえながら葉子がいいなあっと。
「葉子さん、今日どれだけ食べたと思っているんですか?」
 姫様、少し顔をひきつらせて。
 ちぇっ。
 そう言うと、葉子が立ち上がる。
 太郎の傍に、立つ。
 太郎の持つ本を覗き込む。
 覗き込みながら小さく小さく、唇を震わす。
 音が、人の耳では聞き取れないぐらい小さい音が、太郎の耳に届く。
 妖の奏でる、細き声。
『どう? なんか分かった?』
『いーや、全然。第一、俺字が読めないし』
『……あんた、そうだったね……って、なんであんた読んでるふりしてるのさ! まったく、役に立たない! えーっとどれどれ……あれ、あたいにも読めないよ』
『封印がされてやがんだ。結構なもんだぜ、これ』
『……面白いもんだね。この封、最近のもんだよ』
『ああ……』
 月心が、みたらし団子を口にするのが見えた。
「気に、いらねえ……」
 それは、誰にも聞こえない、太郎の胸の内での声だった。
「お腹、いっぱいになったー!」
「うまかったー!」
「じゃあ、雨もやんだし遊びに行くー!」
 子供達、食べ終える。
 食べ終わると、遊びたくなるというもので。
 無邪気に言うと、さっそく飛び出そうと。
「こらこら」
 子供達の提案に、姫様が駄目だよと。
「そう、ですねえ……そうしましょうか」
「いいのですか?」
「いいんじゃないですか?」
 にこにこと笑いながら、串を置いて。
 月心は、姫様に、子供達に、そう言った。
「やった!」
「行こう!」
「早く早く!」
 子供達、姫様を引っ張る。姫様を連れて、わーっと、走る。
 月心、立ち上がる。
 葉子が、
「あー、まてー!」
 そう大きな声を出して、子供達と姫様を追いかけていく。
 太郎が、静かに本を棚に置いた。
 月心の後に、皆の最後に小屋を出た。
 出たところで、瞳を細めた。
 左右の瞳の色が、一瞬変わった。
 金銀妖瞳。
 地面に、手を伸ばす。何かを、つまんだ。
 持ち上げて、顔の高さまで。
「……なんだ、これ?」
 木片、であった。小さい。手のひらに乗るぐらいの大きさ。
 字が、書かれていた。
 薄い、光が感じられた。
「……もって、帰るか」
 くんと臭いを嗅ぐ。
 太郎は、いやな顔をした。
「同じ臭いじゃねえか……」
 そう言い、その木のかけらを懐にいれた。

「彩花さん! 花の首飾りの作り方、教えて!」
 草原。
 小屋の近く。
 草花が競うように生い茂って。
「教えて!」
「前に教えたでしょうに……」
「忘れた!」
「そうそう、そうなの!」
「はいはい」
 姫様、女の子達に編み方を。
 花を摘み、ひゅっと振る。滴を、落とす。
 それから、器用に編み込んでいく。
 みるみるうちに、一つ出来上がった。
 女の子達、姫様を見よう見まね。
 なかなか出来ないようと四苦八苦。姫様が、一人一人丁寧に教えて。
「葉子さん、虫取り手伝って!」
「なんであたいがさあ!」
 こちらは銀狐葉子。
 男の子達に囲まれていた。
「だって、上手だもん!」
「すっげー上手だった!」
「……そら、巧いけどねえ~」
 えっへんと、胸を張る。
 虫取りは、昔に、随分と昔に腕を磨いたのだ。
 誰にも負けない、自信がある。
「だーかーらー、お願い!」
「あーったわかった!」
 じゃーねえっと、男の子達を連れて草むらをこそこそする銀狐。
 月心は、そんな皆から少し離れて。
 後ろに、太郎がいた。ひっそりと、いた。
 振り返らずに、月心が話しかけた。
「彩花さんは、お優しい方なのですね」
 あんなに、子供達が楽しそうに。
「おうよ、優しい人だ」
 妖狼が、瞳を細める。優しい光を帯びていた。
「物腰にも、どことなく気品があります。彩花さんは、やんごとなき身分の姫君、なのでしょうか」
「姫君……いいや」
「そうですか? 葉子さんが彩花さんのことを姫様とおしゃっていましたが?」
 あの、阿呆!
 口には出さないが、そう葉子に。
「……さあ、なんのことかわかんねえな」
「秘密、なのですね」
「さあな」
「……綺麗な、方ですね」
「……おう」
「……」
「……」
 沈黙が、二人を覆った。
 子供達のはしゃぐ声と姫様と葉子のはしゃぐ声が、聞こえてきた。