小説置き場2

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あやかし姫~旅の人(13)~

「姫様が行かないとなると……どう、我々のことを月心殿に説明すればいいのだ?」
 埃が立ちこめる部屋。
 黒之助の一室。
 なにやら雑多なものがこちらあちらに散乱していた。
 一つだけ、よく磨かれた綺麗な箱が置いてある。
 大切に飾ってあった。
 拙い絵が、描かれていて。
「なんだって? うげ、なんだこれ!」
「あ―。気をつけないと、その辺はたちの悪い物が」
「クロちゃん! 先に言って!」
 葉子が、髪を乱しながら涙目になって右手をふっている。
 紫色の煙が、巻き付いていた。
「落ち着け落ち着け」
 黒之助が脇に抱えていた錫杖を手に持つと、その煙を叩いた。
 煙は銀狐の手を離れ、するすると本の中に消えていった。
「び、びっくりしたあ!」
「それで、どうする?」
「んあ。月心には、『彩花さまに頼まれた』っていえばいいんじゃない?」
「それでいいか。断ったら……まあ、勝手にやればいいわけで。出来れば、広い場所に出て欲しいな。そっちのほうがやりやすい」
「そうだねえ……月心を狙っているんだから……木森原。あそこは? 小屋からも近いし、あそこに連れてこ」
「いいな……小屋から、出てくれればいいが」
「ふふん。もう、この術は破れてるとか言えばいいっしょ」
「騙すのか?」
「人聞きの悪い!」



「木森原か。そこなら、思いっきりやれる」
 戻ってくるなり、ここはどうかと提案する葉子と黒之助。
 なるほどと妖狼が言う。
「でしょでしょ」
 我ながらいい考えでしょ?
 そう葉子が言った。
「頭領は?」
「頭領は、まだ」
「頭領、なにやってるのさ?」
「自分のへや―」
「へや―」
「ぶつくさいってる―」
 妖達が答える。
「……村の人の迷惑にならないように結界を貼っているのでしょう」
「僕ら、大丈夫かな?」
「しんぱい―」
「姫様しんぱい!」
 ぶるぶる、震えていた。
 小妖。
 力の弱い彼らには、結界というのは恐怖の対象。
「大丈夫ですよ、頭領なら」
「できたできた。これでいくら暴れても大丈夫じゃよ」
 頭領が居間に戻ってくる。
 妖達がお互いの無事を確かめる。
 なにも変わりなかった。
 ほっと、一安心。
 胸や胸らしき物をなで下ろす。
「一晩、村の連中は何が起きても起きん」
 ぜ―ったいに起きぬ。
 翁が、笑った。
「起きないってことは……村で火事が起きたりしたら?」
 姫様、葉子の言葉を聞くと心配そうに。
 上目遣いで頭領を。
「それは……わしがなんとか、しよう」
「お願いします」
「準備は上々。あとは、」
「叩くだけだ。太郎、へまするなよ」
 黒烏が言葉をつなぐ。
 妖狼がむっとした。 
「誰にむかって……」
「おぬしだおぬし」
「あんたら、今から一緒に戦うってのに喧嘩しないの!」
「葉子さんの言うとおりですよ」
 仲良く仲良く。
 太郎の毛深い狼の手と、黒之助の人の手を、つなぐ。
 仲良く仲良く。
 姫様が、もう一度言った。
「……では、いこうか」
「お―し」
「わかった」
 三匹、庭にでる。煙が巻き起こった。
 葉子と黒之助も、妖の姿になったのだ。
 白き妖狼。
 九尾の銀狐。
 烏天狗
 各々、力持つあやかし達。
 黒之助は大きな袋を背中にしょっていた。
 縁側に妖達を引き連れて立つ姫様に、まず葉子が近づいた。
「頭領、いってくるね。姫様、今日は一人だけど、平気だよね? 一人で、寝られるよね?」
「葉子さん、そんな心配。もう、子供じゃないんだからね」
「そだね。んじゃあ、行ってきます!」
 銀狐が、姫様の頭をぽんと叩く。
 それから九尾をくねらせると、すっとその姿を消した。
「拙者もいきます。頭領、何かあったらよろしく」
「わかった」
「クロさん、月心さんのこと、よろしくね」
「御意」
 錫杖を、しゃんと鳴らす。
 闇夜に、その姿を消した。
「俺も行ってくらあ」
「太郎さん、クロさんと喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「わかったわかった」
「本当かなあ?」
「……多分」
「多分じゃだめ―!」
 ぽこんと、妖狼のおでこを叩いた。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 妖狼が、己の額を姫様の額に近づける。
 姫様目を閉じた。
 すっと、額をくっつけた。
 妖狼が額を離し、一吠えして姿を消した。
「……行ってらっしゃい」
「あとは、待つだけじゃのう」
「頭領は?」
「わしは、もしものとき」
 どかっと、縁側に座った。
 姫様も、その隣にすっと座る。
「葉子はああ言っとったが……寝ないのじゃろう」
「ええ」
「そうか」
 二人、妖達と庭を眺めていた。