あやかし姫~旅の人(13)~
「姫様が行かないとなると……どう、我々のことを月心殿に説明すればいいのだ?」
埃が立ちこめる部屋。
黒之助の一室。
なにやら雑多なものがこちらあちらに散乱していた。
一つだけ、よく磨かれた綺麗な箱が置いてある。
大切に飾ってあった。
拙い絵が、描かれていて。
「なんだって? うげ、なんだこれ!」
「あ―。気をつけないと、その辺はたちの悪い物が」
「クロちゃん! 先に言って!」
葉子が、髪を乱しながら涙目になって右手をふっている。
紫色の煙が、巻き付いていた。
「落ち着け落ち着け」
黒之助が脇に抱えていた錫杖を手に持つと、その煙を叩いた。
煙は銀狐の手を離れ、するすると本の中に消えていった。
「び、びっくりしたあ!」
「それで、どうする?」
「んあ。月心には、『彩花さまに頼まれた』っていえばいいんじゃない?」
「それでいいか。断ったら……まあ、勝手にやればいいわけで。出来れば、広い場所に出て欲しいな。そっちのほうがやりやすい」
「そうだねえ……月心を狙っているんだから……木森原。あそこは? 小屋からも近いし、あそこに連れてこ」
「いいな……小屋から、出てくれればいいが」
「ふふん。もう、この術は破れてるとか言えばいいっしょ」
「騙すのか?」
「人聞きの悪い!」
「木森原か。そこなら、思いっきりやれる」
戻ってくるなり、ここはどうかと提案する葉子と黒之助。
なるほどと妖狼が言う。
「でしょでしょ」
我ながらいい考えでしょ?
そう葉子が言った。
「頭領は?」
「頭領は、まだ」
「頭領、なにやってるのさ?」
「自分のへや―」
「へや―」
「ぶつくさいってる―」
妖達が答える。
「……村の人の迷惑にならないように結界を貼っているのでしょう」
「僕ら、大丈夫かな?」
「しんぱい―」
「姫様しんぱい!」
ぶるぶる、震えていた。
小妖。
力の弱い彼らには、結界というのは恐怖の対象。
「大丈夫ですよ、頭領なら」
「できたできた。これでいくら暴れても大丈夫じゃよ」
頭領が居間に戻ってくる。
妖達がお互いの無事を確かめる。
なにも変わりなかった。
ほっと、一安心。
胸や胸らしき物をなで下ろす。
「一晩、村の連中は何が起きても起きん」
ぜ―ったいに起きぬ。
翁が、笑った。
「起きないってことは……村で火事が起きたりしたら?」
姫様、葉子の言葉を聞くと心配そうに。
上目遣いで頭領を。
「それは……わしがなんとか、しよう」
「お願いします」
「準備は上々。あとは、」
「叩くだけだ。太郎、へまするなよ」
黒烏が言葉をつなぐ。
妖狼がむっとした。
「誰にむかって……」
「おぬしだおぬし」
「あんたら、今から一緒に戦うってのに喧嘩しないの!」
「葉子さんの言うとおりですよ」
仲良く仲良く。
太郎の毛深い狼の手と、黒之助の人の手を、つなぐ。
仲良く仲良く。
姫様が、もう一度言った。
「……では、いこうか」
「お―し」
「わかった」
三匹、庭にでる。煙が巻き起こった。
葉子と黒之助も、妖の姿になったのだ。
白き妖狼。
九尾の銀狐。
烏天狗。
各々、力持つあやかし達。
黒之助は大きな袋を背中にしょっていた。
縁側に妖達を引き連れて立つ姫様に、まず葉子が近づいた。
「頭領、いってくるね。姫様、今日は一人だけど、平気だよね? 一人で、寝られるよね?」
「葉子さん、そんな心配。もう、子供じゃないんだからね」
「そだね。んじゃあ、行ってきます!」
銀狐が、姫様の頭をぽんと叩く。
それから九尾をくねらせると、すっとその姿を消した。
「拙者もいきます。頭領、何かあったらよろしく」
「わかった」
「クロさん、月心さんのこと、よろしくね」
「御意」
錫杖を、しゃんと鳴らす。
闇夜に、その姿を消した。
「俺も行ってくらあ」
「太郎さん、クロさんと喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「わかったわかった」
「本当かなあ?」
「……多分」
「多分じゃだめ―!」
ぽこんと、妖狼のおでこを叩いた。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい」
妖狼が、己の額を姫様の額に近づける。
姫様目を閉じた。
すっと、額をくっつけた。
妖狼が額を離し、一吠えして姿を消した。
「……行ってらっしゃい」
「あとは、待つだけじゃのう」
「頭領は?」
「わしは、もしものとき」
どかっと、縁側に座った。
姫様も、その隣にすっと座る。
「葉子はああ言っとったが……寝ないのじゃろう」
「ええ」
「そうか」
二人、妖達と庭を眺めていた。
埃が立ちこめる部屋。
黒之助の一室。
なにやら雑多なものがこちらあちらに散乱していた。
一つだけ、よく磨かれた綺麗な箱が置いてある。
大切に飾ってあった。
拙い絵が、描かれていて。
「なんだって? うげ、なんだこれ!」
「あ―。気をつけないと、その辺はたちの悪い物が」
「クロちゃん! 先に言って!」
葉子が、髪を乱しながら涙目になって右手をふっている。
紫色の煙が、巻き付いていた。
「落ち着け落ち着け」
黒之助が脇に抱えていた錫杖を手に持つと、その煙を叩いた。
煙は銀狐の手を離れ、するすると本の中に消えていった。
「び、びっくりしたあ!」
「それで、どうする?」
「んあ。月心には、『彩花さまに頼まれた』っていえばいいんじゃない?」
「それでいいか。断ったら……まあ、勝手にやればいいわけで。出来れば、広い場所に出て欲しいな。そっちのほうがやりやすい」
「そうだねえ……月心を狙っているんだから……木森原。あそこは? 小屋からも近いし、あそこに連れてこ」
「いいな……小屋から、出てくれればいいが」
「ふふん。もう、この術は破れてるとか言えばいいっしょ」
「騙すのか?」
「人聞きの悪い!」
「木森原か。そこなら、思いっきりやれる」
戻ってくるなり、ここはどうかと提案する葉子と黒之助。
なるほどと妖狼が言う。
「でしょでしょ」
我ながらいい考えでしょ?
そう葉子が言った。
「頭領は?」
「頭領は、まだ」
「頭領、なにやってるのさ?」
「自分のへや―」
「へや―」
「ぶつくさいってる―」
妖達が答える。
「……村の人の迷惑にならないように結界を貼っているのでしょう」
「僕ら、大丈夫かな?」
「しんぱい―」
「姫様しんぱい!」
ぶるぶる、震えていた。
小妖。
力の弱い彼らには、結界というのは恐怖の対象。
「大丈夫ですよ、頭領なら」
「できたできた。これでいくら暴れても大丈夫じゃよ」
頭領が居間に戻ってくる。
妖達がお互いの無事を確かめる。
なにも変わりなかった。
ほっと、一安心。
胸や胸らしき物をなで下ろす。
「一晩、村の連中は何が起きても起きん」
ぜ―ったいに起きぬ。
翁が、笑った。
「起きないってことは……村で火事が起きたりしたら?」
姫様、葉子の言葉を聞くと心配そうに。
上目遣いで頭領を。
「それは……わしがなんとか、しよう」
「お願いします」
「準備は上々。あとは、」
「叩くだけだ。太郎、へまするなよ」
黒烏が言葉をつなぐ。
妖狼がむっとした。
「誰にむかって……」
「おぬしだおぬし」
「あんたら、今から一緒に戦うってのに喧嘩しないの!」
「葉子さんの言うとおりですよ」
仲良く仲良く。
太郎の毛深い狼の手と、黒之助の人の手を、つなぐ。
仲良く仲良く。
姫様が、もう一度言った。
「……では、いこうか」
「お―し」
「わかった」
三匹、庭にでる。煙が巻き起こった。
葉子と黒之助も、妖の姿になったのだ。
白き妖狼。
九尾の銀狐。
烏天狗。
各々、力持つあやかし達。
黒之助は大きな袋を背中にしょっていた。
縁側に妖達を引き連れて立つ姫様に、まず葉子が近づいた。
「頭領、いってくるね。姫様、今日は一人だけど、平気だよね? 一人で、寝られるよね?」
「葉子さん、そんな心配。もう、子供じゃないんだからね」
「そだね。んじゃあ、行ってきます!」
銀狐が、姫様の頭をぽんと叩く。
それから九尾をくねらせると、すっとその姿を消した。
「拙者もいきます。頭領、何かあったらよろしく」
「わかった」
「クロさん、月心さんのこと、よろしくね」
「御意」
錫杖を、しゃんと鳴らす。
闇夜に、その姿を消した。
「俺も行ってくらあ」
「太郎さん、クロさんと喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「わかったわかった」
「本当かなあ?」
「……多分」
「多分じゃだめ―!」
ぽこんと、妖狼のおでこを叩いた。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい」
妖狼が、己の額を姫様の額に近づける。
姫様目を閉じた。
すっと、額をくっつけた。
妖狼が額を離し、一吠えして姿を消した。
「……行ってらっしゃい」
「あとは、待つだけじゃのう」
「頭領は?」
「わしは、もしものとき」
どかっと、縁側に座った。
姫様も、その隣にすっと座る。
「葉子はああ言っとったが……寝ないのじゃろう」
「ええ」
「そうか」
二人、妖達と庭を眺めていた。