紀霊伝ノ5~紀霊の憂鬱Ⅱ~
狭くはない。
むしろ、広い部屋。
室内は、暖色系の色で整えられていた。
ベッド。
椅子。
部屋の主が好む蜂蜜が、ベッドから手の届く場所に置かれていた。
右目に刀傷を持つ「女」が、一人、椅子に座っていた。
うつら、
うつら。
女は、眠っているようであった。
主は、女をじっと見ていた。
病の主は、名を袁術といった。
女は、名を紀霊といった。
紀霊は、以前のような男装をやめた。
それは、闘う事をやめた、というわけではない。
三尖刀は、冀州一という鍛冶屋に直させていた。
「ん」
袁術が、紀霊の顔に手を伸ばす。
紀霊は、やはり眠っていた。
ガスガス! と音がした。
紀霊が目を覚ます。
傍らの刀をもった。
「……誰ですか?」
そう、言った。いつでも、刀身を抜ける体勢に入っている。
刀の扱いも手慣れた物だった。
袁術は、所在なさげに伸ばした手をもじもじとさせた。
「顔良です!」
「文醜です!」
元気の良い、野太い声がした。
その名を聞いて、紀霊が肩の力を抜いた。
顔良、
文醜。
袁術の兄、名門袁家唯一総帥・袁紹の誇る、二枚看板。
袁紹軍最強の座を争う二人、である。
よく知っていた。自分が袁術と出会ったときには、二人はもう袁紹とつるんでいた。
「一体、どうしたのですか?」
そう言いながら、ドアを開ける。
まだ、他にも人がいた。
一人は、見知った顔だった。
あと、二人。
知らない顔だった。鎧姿である事から、武将なのだろうと思った。
昨日、黒山百万の長・張燕討伐の兵が戻ってきた。
その武将であろうか。
「淳于瓊じゃないか」
袁術が言った。
「お久しゅうございます! 袁術様!」
淳于瓊――そう呼ばれた男が一礼した。
西園八校尉。
黄巾の乱後、帝を守るために設けられた官職で、曹操や袁紹、袁術が属していた。
淳于瓊も、である。
今は、袁紹の有力な武将となっていた。
「自分の才は、人に使われるためにあるのであり、人を使うためのものではない」
そういって、当時、官位では同格であった袁紹に仕える事を選び世間をあっと驚かせた。
「あとの御仁は……すまない」
袁術が申し訳なさそうに言った。
顔良、文醜がぶんぶん滅相もないと手を振った。
「知らないのも無理ないっす。昨日戻ってきたばかりっすから!」
「じゃあ、自己紹介も兼ねて」
「……やるんですか?」
見知らぬ武将が、言った。心底、嫌そうな顔をしている。
もう一人は、うおおっし!!! と顔をぱんぱんとはたいて気合いを入れていた。
「せっぇええのぉお!」
「アー、河北二枚看板が一人、顔良!!!!!!\(゜∀゜)/」
「同じく、河北二枚看板が一人、文醜!!!!!!\(`Д´)ノ」
「河北に踊る金死鳥、淳于瓊!!!!!!(・Д)ノ」
「袁紹軍一番隊隊長、高覧!!!!!!(*´Д`)ゞ」
「……同じく、袁紹軍一番隊隊長、張郃……(´・ω・`)ノ」
一人を除いてノリノリである。ビシィッとポーズまでつけている。
戦隊物みたいな。
紀霊は、固まっていた。
「「「「「我ら!!!!!!」」」」」
そこで、がん! と乱暴にドアが閉められた。
がちゃっ! と鍵が閉められた。
袁術が、えー、ちゃんと見せてヨー(´д`) という顔をした。
紀霊が、袁術を睨んだ。
ごめんなさいと、つい、謝ってしまった。
その、迫力に。
「……うわっ!」
ガリガリガリと、音がした。
ドアが引っ掻かれているのだ。
「紀霊殿ー、ガリガリ、もしもーし」
「袁術様ー、最後まで、ガリガリ、見て下さいよー」
「せっかく徹夜で考えたのにー」
「紀霊、ああ言ってる事だし……」
「ああ、もう! そんなことを考えている暇があったら、技の一つでも身につけなさい!」
「でも、なかなか格好良か」
「……はい?」
「……ごめんなさい」
じろりと睨まれ、また謝った。
「うわ! なんの騒ぎですか!」
「おお、甄洛様」
「ひどいんですよー、紀霊殿がドアを閉じられて」
「はい?」
甄洛。
袁紹の長女。
養女、である。引き取り手のなかった彼女を、袁紹が養子に迎え入れたのだ。
袁術と争い、最後はクジで決めた。
結局二人で面倒を見たのだが。
家、一緒だったし。
紀霊も顔良、文醜も子育てを手伝った。
「紀霊姉さまー」
甄洛は、紀霊のことをここに来てから姉さまと呼んでいた。
紀霊でいいですというと、グスングスン泣き出した。
それから今も、姉さまのままだ。
「ああ、甄洛殿か」
ちょこっとドアをあけた。
隙間から、大の大人がいじいじと落ち込んでいるのが見えた。
四人は、最後まで見てもらえなかったから。
一人は、どうして私がこんなことをという後悔。
「一体、これは?」
「知りません!」
ぴしゃんと言い放つと、甄洛を急いで中に入れる。
息を、ついた。ふと部屋の主を見ると、腕を回していた。
変身、といいそうな。
仮面OイOー。
紀霊に睨まれて、ゴメンヨー(´・ω・`) と言った。
「あー、わかりました! 顔良さん達、自己紹介やってたんでしょ!」
「よくわかったな」
袁術が言った。
「わかりますよ、袁術オジサマ」
「……(´・ω・`)ションボリ」
おじさま、という言葉に、傷付いたらしい。
以外とガラスのハートなのだ。
「どうです! 格好良かったでしょ! 私も一緒に考えたんですよ!(人*´∀`)」
エヘヘと笑う。
紀霊が、がくっとなった。
「……いや……その……うん……」
どう言っていいのかわからなかった。
正直、それはないだろうと思っていたのだが、こう目を輝かせながら言われると……
「ま、まあまあかな」
そう、言うしかなかった。
「あ、そうですか……じゃあ、また父上と皆さんと一緒に考えますね!」
「……」
ああ、そういえばお二方はこういうの好きだったなーと紀霊は思った。
たしか、宦官戦隊ジュウジョージだったっけ?
毎週日曜日、朝早く起きて並んで見ていた。
「また暇なときに田豊さんも誘わないと♪」
「……田豊殿も!」
田豊は、袁紹の軍師であった。
袁術を殺せと献策したこともある。
紀霊は、この老人が苦手であった。
いつも、笑わないのだ。
以外すぎ――いつもしかめっ面の翁が、ポーズを決める。
噴きそうになった。
「ええ。姉さまもどうです?」
「……いや、遠慮させてもらいます」
「では、私が(*´∀`)」
「病人は黙って身体を癒して下さい!」
「……(´・ω・`)アウー」
「……外が、静かに」
「そういえば……」
もう、去ったのだろうか。
今、自分達が置かれている立場を今更ながら紀霊は思い出した。
異質な、存在。いつ、殺されてもおかしくはないのだ。
気を、抜きすぎていた。
不興を買ったかもしれない。
顔良、文醜は袁紹と非常に近い。
しまったと思った。急いで、ドアを開ける。
「あー、袁紹!!!!!!(*´∀`)ノ」
「顔良!!!!!!\(゜∀゜)/」
「文醜!!!!!!\(`Д´)ノ」
「淳于瓊!!!!!!(・Д)ノ」
「高覧!!!!!!(*´Д`)ゞ」
「張郃(´・ω・`)ノ」
紀霊は、ずるずると膝をついた。
むしろ、広い部屋。
室内は、暖色系の色で整えられていた。
ベッド。
椅子。
部屋の主が好む蜂蜜が、ベッドから手の届く場所に置かれていた。
右目に刀傷を持つ「女」が、一人、椅子に座っていた。
うつら、
うつら。
女は、眠っているようであった。
主は、女をじっと見ていた。
病の主は、名を袁術といった。
女は、名を紀霊といった。
紀霊は、以前のような男装をやめた。
それは、闘う事をやめた、というわけではない。
三尖刀は、冀州一という鍛冶屋に直させていた。
「ん」
袁術が、紀霊の顔に手を伸ばす。
紀霊は、やはり眠っていた。
ガスガス! と音がした。
紀霊が目を覚ます。
傍らの刀をもった。
「……誰ですか?」
そう、言った。いつでも、刀身を抜ける体勢に入っている。
刀の扱いも手慣れた物だった。
袁術は、所在なさげに伸ばした手をもじもじとさせた。
「顔良です!」
「文醜です!」
元気の良い、野太い声がした。
その名を聞いて、紀霊が肩の力を抜いた。
顔良、
文醜。
袁術の兄、名門袁家唯一総帥・袁紹の誇る、二枚看板。
袁紹軍最強の座を争う二人、である。
よく知っていた。自分が袁術と出会ったときには、二人はもう袁紹とつるんでいた。
「一体、どうしたのですか?」
そう言いながら、ドアを開ける。
まだ、他にも人がいた。
一人は、見知った顔だった。
あと、二人。
知らない顔だった。鎧姿である事から、武将なのだろうと思った。
昨日、黒山百万の長・張燕討伐の兵が戻ってきた。
その武将であろうか。
「淳于瓊じゃないか」
袁術が言った。
「お久しゅうございます! 袁術様!」
淳于瓊――そう呼ばれた男が一礼した。
西園八校尉。
黄巾の乱後、帝を守るために設けられた官職で、曹操や袁紹、袁術が属していた。
淳于瓊も、である。
今は、袁紹の有力な武将となっていた。
「自分の才は、人に使われるためにあるのであり、人を使うためのものではない」
そういって、当時、官位では同格であった袁紹に仕える事を選び世間をあっと驚かせた。
「あとの御仁は……すまない」
袁術が申し訳なさそうに言った。
顔良、文醜がぶんぶん滅相もないと手を振った。
「知らないのも無理ないっす。昨日戻ってきたばかりっすから!」
「じゃあ、自己紹介も兼ねて」
「……やるんですか?」
見知らぬ武将が、言った。心底、嫌そうな顔をしている。
もう一人は、うおおっし!!! と顔をぱんぱんとはたいて気合いを入れていた。
「せっぇええのぉお!」
「アー、河北二枚看板が一人、顔良!!!!!!\(゜∀゜)/」
「同じく、河北二枚看板が一人、文醜!!!!!!\(`Д´)ノ」
「河北に踊る金死鳥、淳于瓊!!!!!!(・Д)ノ」
「袁紹軍一番隊隊長、高覧!!!!!!(*´Д`)ゞ」
「……同じく、袁紹軍一番隊隊長、張郃……(´・ω・`)ノ」
一人を除いてノリノリである。ビシィッとポーズまでつけている。
戦隊物みたいな。
紀霊は、固まっていた。
「「「「「我ら!!!!!!」」」」」
そこで、がん! と乱暴にドアが閉められた。
がちゃっ! と鍵が閉められた。
袁術が、えー、ちゃんと見せてヨー(´д`) という顔をした。
紀霊が、袁術を睨んだ。
ごめんなさいと、つい、謝ってしまった。
その、迫力に。
「……うわっ!」
ガリガリガリと、音がした。
ドアが引っ掻かれているのだ。
「紀霊殿ー、ガリガリ、もしもーし」
「袁術様ー、最後まで、ガリガリ、見て下さいよー」
「せっかく徹夜で考えたのにー」
「紀霊、ああ言ってる事だし……」
「ああ、もう! そんなことを考えている暇があったら、技の一つでも身につけなさい!」
「でも、なかなか格好良か」
「……はい?」
「……ごめんなさい」
じろりと睨まれ、また謝った。
「うわ! なんの騒ぎですか!」
「おお、甄洛様」
「ひどいんですよー、紀霊殿がドアを閉じられて」
「はい?」
甄洛。
袁紹の長女。
養女、である。引き取り手のなかった彼女を、袁紹が養子に迎え入れたのだ。
袁術と争い、最後はクジで決めた。
結局二人で面倒を見たのだが。
家、一緒だったし。
紀霊も顔良、文醜も子育てを手伝った。
「紀霊姉さまー」
甄洛は、紀霊のことをここに来てから姉さまと呼んでいた。
紀霊でいいですというと、グスングスン泣き出した。
それから今も、姉さまのままだ。
「ああ、甄洛殿か」
ちょこっとドアをあけた。
隙間から、大の大人がいじいじと落ち込んでいるのが見えた。
四人は、最後まで見てもらえなかったから。
一人は、どうして私がこんなことをという後悔。
「一体、これは?」
「知りません!」
ぴしゃんと言い放つと、甄洛を急いで中に入れる。
息を、ついた。ふと部屋の主を見ると、腕を回していた。
変身、といいそうな。
仮面OイOー。
紀霊に睨まれて、ゴメンヨー(´・ω・`) と言った。
「あー、わかりました! 顔良さん達、自己紹介やってたんでしょ!」
「よくわかったな」
袁術が言った。
「わかりますよ、袁術オジサマ」
「……(´・ω・`)ションボリ」
おじさま、という言葉に、傷付いたらしい。
以外とガラスのハートなのだ。
「どうです! 格好良かったでしょ! 私も一緒に考えたんですよ!(人*´∀`)」
エヘヘと笑う。
紀霊が、がくっとなった。
「……いや……その……うん……」
どう言っていいのかわからなかった。
正直、それはないだろうと思っていたのだが、こう目を輝かせながら言われると……
「ま、まあまあかな」
そう、言うしかなかった。
「あ、そうですか……じゃあ、また父上と皆さんと一緒に考えますね!」
「……」
ああ、そういえばお二方はこういうの好きだったなーと紀霊は思った。
たしか、宦官戦隊ジュウジョージだったっけ?
毎週日曜日、朝早く起きて並んで見ていた。
「また暇なときに田豊さんも誘わないと♪」
「……田豊殿も!」
田豊は、袁紹の軍師であった。
袁術を殺せと献策したこともある。
紀霊は、この老人が苦手であった。
いつも、笑わないのだ。
以外すぎ――いつもしかめっ面の翁が、ポーズを決める。
噴きそうになった。
「ええ。姉さまもどうです?」
「……いや、遠慮させてもらいます」
「では、私が(*´∀`)」
「病人は黙って身体を癒して下さい!」
「……(´・ω・`)アウー」
「……外が、静かに」
「そういえば……」
もう、去ったのだろうか。
今、自分達が置かれている立場を今更ながら紀霊は思い出した。
異質な、存在。いつ、殺されてもおかしくはないのだ。
気を、抜きすぎていた。
不興を買ったかもしれない。
顔良、文醜は袁紹と非常に近い。
しまったと思った。急いで、ドアを開ける。
「あー、袁紹!!!!!!(*´∀`)ノ」
「顔良!!!!!!\(゜∀゜)/」
「文醜!!!!!!\(`Д´)ノ」
「淳于瓊!!!!!!(・Д)ノ」
「高覧!!!!!!(*´Д`)ゞ」
「張郃(´・ω・`)ノ」
紀霊は、ずるずると膝をついた。