小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~桃の踊り手~

 踊る、影。
 少女が、静かに、舞っていた。
 柔らかな光が、部屋を薄く照らしている。
 女が、手拍子を。
 それに合わせて、少女が、舞う。
 ひらひらと、扇が踊る。
 決して、上手、とは言えない舞だった。
 所々、動きがぎこちなくなる。
 でも……。
 想いが、込められていた。
 少女が、しずしずと座る。
 舞終わり。女の手が、止まる。
 少女は、扇を音無く畳み、きちっと礼をした。
「どうでしょうか……」
 顔をあげ、不安げに姫様は、そう、言った。
「うん、大丈夫だよ」
 そう、葉子が答えた。
「……やー!」
「おおっ」
 小さく叫び、後ろに倒れると、姫様ごろごろっと畳の上を転がって。
 葉子がしばし、苦笑いを。
 ごろ、ごろ、ごろごろ。
 ぼくっ!
 部屋の柱にぶつかり、葉子が絶句した。
「ひ、姫様!?」
「痛い……」
 涙目に起きあがると、あたふたする葉子に、大したことないと。
「……大丈夫かな……」
「あ、頭!?」
「そうじゃなくって……明日、お披露目だよ? 心配だし恥ずかしいし……もう、やー!」
「……姫様、はっきり言わないから……」
「う……そうなんだけど……」
 明日は、雛祭り。
 毎年、旅の踊り子達が来て、村の広場で披露していたのだが、今年は他と重なってしまった。
 それで、村の人達はどうしたものかと頭を悩ませていた。
 月心が、いた。
 子供達を集め、教えていた。
 月心は、笛が吹けた。
 踊り手は……子供。
 月心と、子供達にお願いする――?
 駄目もと、であった。
「こんに……ああ、彩花さんも葉子さんも」
 月心の小屋を訪れると、古寺の二人も。
 お手伝い、であった。
「はて……どうしたのですか?」
 話を聞く。
 落ち着きない子供達も交えて。
 姫様も、葉子も。
 子供達は、すぐに乗り気になった。
「先生、やろ!」
「ねえねえ!」
「……笛は吹けますが……踊り、出来ませんよ」
 そう、静かに月心が言った。
「あ……」
「それは……」
「うえぇー」
「舞なら……クロちゃん、やれるよ」
 そう、葉子が、言った。
「本当!? 葉子さん本当!?」
 子供達が、口々に。
「うん、烏」
 姫様が、葉子の足の裏をぎゅっとつねった。
「いっつ!――え、ええ。ねえ、彩花ちゃん」
「そうですね」
 姫様にこにこと。
 ごめんと、葉子が言った。
 烏天狗の黒之助。
 舞いは、得意であった。
 黒之助、というよりも、烏天狗が得意、なのだ。
「彩花ちゃんがお願いすれば」
「そうだね……教えてくれると思います」
「あと一月しかありませんが……」
「大丈夫だよ、ね、先生!」
「……ええ……」
「彩花さんも踊るんだよね!」
「ね!」
「……はい?」
 姫様が、首を傾げた。
「一緒に踊ろうね!」
「うん、約束だよ!」
「……な、なにを……」
 姫様、うろたえていた。
 自分が踊る気など、全くなかったのだ。
「そうですか。彩花さんも、ですか。私も、練習しないといけませんね」
 あむあむと、姫様が口を開け閉めした。
「それでは、よろしくお願いします。先生、彩花さん」
「あれー、ま、まって」
 村の人。
 行ってしまった。
 きゃっきゃっと騒ぐ子供達に、葉子は、目を三日月に細めた。
 姫様に、視線を移す。
 ぎょっとした。
 姫様、呆然としていた。
 目が、泳いでいた。
 姫様――泳ぎを筆頭に、身体を動かすのは、苦手。
 もちろん、踊りも、であった。
「ま、なんとかなるでしょ。随分と上達したし」
 最初は、よろよろしてたもんねーっと。
 そう言われると、姫様、耳まで赤く染めあげた。
「なに、子供達と一緒に踊るんだ。大丈夫大丈夫」
「……私が、真ん中ですけどね」
 恨めしそうに。
 振り付けは、嬉々として黒之助が。
 立ち位置も、である。当然と、姫様を中心に据えた。
「あははは」
 乾いた笑い、であった。
「さ、布団敷いて、明日に備えて早く寝よ」
「はーい」
 


 もぞもぞと、寝具が動く。
 時折、形のいい手がひょこひょこと覗く。
 姫様、眠れないのだ。
 しょうがないので、布団の中で、練習を。
「姫様……」
 うっすらと目を開け、葉子が、言った。
「だって……」
 姫様、泣きそうであった。
「もう……明日、寝不足で失敗」
「失敗とか、言わないで」
 めそめそと、言った。
「なんだかなぁ……うん、お話、しよっか」
「お話?」
「そ、お話……明日のこと以外で」
 もぞもぞと動いて、顔を、見合わせて。
「お話って……なんの?」
「……なにか、ない?」
「お話……」
「なんでも、いや、明日のこと以外で、ね。なにか、ない?」
「そうですね……」
 ぽっと、頬を染めると、ふるふると姫様が頭を振った。
「……なぁに?」
 葉子が、にんまりとした。
「……な、なんでも……」
 姫様の表情が、少し硬くなった。
「なによ……お母さんに、お話しなさい!」
 姫様の黒髪を、なでなでと。
 じゃあっと。
 おそるおそる、姫様が、
「葉子さん……好きになった人、いる?」
 と、言った。
 葉子の表情が、険しくなる。
 眉間に、皺。
 ちらりと、鋭い牙が見えた。
「……その、ごめんなさい……」
 やっぱり、訊いちゃいけないんだと、姫様は思った。
「そうだね……あたいは、木助のこと、好きだったよ」
 自分の狐耳を触りながら、葉子が、言った。
「でもね……葉美のことも、同じように好きだった」
 葉美は妹だった。木助は従弟だった。
 葉子が、二人を育てた。
 二人は、夫婦になった。
 そして、葉子は、里を出た。
「葉美のようには、あたいは木助のこと、想ってなかったな……そうだね、あたいは姫様が好き。それと、同じだね」
 じっと、姫様は葉子を見ていた。
 銀狐の、姉妹。
 まだ、仲良し、ではない。それでも、前よりはましだと、葉子は言っていた。
「一人、いたけどね」
「一人?」
 姫様、驚いて。
「この古寺に、いるさ」
 えっ、と。
 ここに?
 クロさん?
 もしかして……
 金銀妖瞳の妖狼の顔が、脳裏をよぎった。
 まさか……そんなはず……
 ――いや、だよ。
「頭領」
 そう、銀狐は呟いた。
「……頭領?」
「そ、頭領」
 初耳だった。
「あたいが、頼ることが出来た。だから、ここに押しかけたんだよ……って、言ってなかったっけ?」
 こくんと、頷いた。
「そうだっけ? ……そうか、言ってなかったのかな。へへ。あたい、頼られること多かったけどね、頼れる相手、いなかったから。それで、ね。無理に、住まさせてもらったんだ。押しかけ女房ってやつなんだろうね。結局、頭領はあたいのことを想ってくれなかったけど」
「今は……」
「……頭領は、好きさね」
 そう、言った。
「姫様と同じぐらいにね」
 そう、続けた。
「……つまんない話さね」
 姫様が、ぶんぶんと首を横に。
 銀狐が、うっすらと笑った。
「姫様、好きな人いるの?」
「さ、さぁ……」
「なぁに? 誰? 月心?」
「月心さん?」
「和歌の話してるとき、姫様、嬉しそうだもの」
 ごめんね、と、銀狐は付け加えた。
 あたい達じゃ、そういう話、相手できないからと。
「誰だろうね」
 そう、姫様が言った。
 好きだけど……それは、葉子さんを好きな気持ちと、違うのだろうか。
 多分、違うんだろう。
「寝ます」
 姫様、布団をすっぽりと被った。
「あ、ちょっと!」
 自分だけずるいと、葉子がうめいた。
「明日、早起きして練習しないといけないし」
「……あいあい……」
 あたいも早起きだー、っと葉子が。
 当たり前のように、自分につき合ってくれる。
 そんな妖が姫様は好きだった。


 
 進み、出る。
 子供達を従えて。
 金色の、扇。鈴が、しゃなりと鳴る。
 静かに、なった。
 白と赤に、身を包んで。
 緊張した眼差し。
 視線が、合った。
 金銀妖瞳、が、一瞬、見えた。
 にっこりと笑うと、大丈夫と、息を吐いた。
 笛の音が、聞こえた。
 梅の、花びら。桃の、花びら。
 そして、姫様が、舞い、始めた。