あやかし姫番外編~やつあしとびわ(10)~
「ああ、そうだ……」
女はそう言うと、一つ、黒之丞から離れた。
「一緒だ」
また、一つ、離れた。
「あの人と、一緒だ。あの人も、私に優しく近づいて、そして、奪っていった。あなたも、そうなんだ。そうに決まってる」
「……」
黒之丞は押し黙った。
それに――幻に怯えたのか。そう、思った。
「どうして、私ばかりこんな目に……。私は、何も悪い事はしていないのに。ずっと、静かに暮らしていたのに。どうして!」
「知るか」
黒之丞が、一つ、近づいた。
女は、もう、下がらなかった。
「知るわけないだろう。それに、俺は妖だ。優しくない、妖……そうか、妖か……」
にたりと、笑った。
「妖さま……」
「お前は、俺に食べて欲しいと言った。自分を、食べて欲しいと。つまり、お前は、俺の餌だ」
「妖さまは、人は食べないと」
女が、言った。少し、落ち着いてきていた。
女は、杖をずっと持っていた。
「気が変わった。俺は、お前を餌にすることにした。琵琶もそうだ」
「琵琶も、餌」
妖さま……
私を、餌だと、言った。
餌か。
ぼりぼりと、食べられるんだ。
それの方がいい。もう、うんざりだ。
静かに、暮らしたかった。そうやって、暮らしていた。
でも、本当は、一人は嫌だったのだ。
あの人は、こんな私を好いてくれた。そう、思った。
そして――私は、あの人を好いた。
でも……想いは、この手から、零れ落ちていった。
残酷に。非道く、残酷に。
もう、未練はない。そう、未練はない。
早く、食べて欲しい。
私を、早く。跡形もなく、消し去って欲しい。
それが、私にはお似合いだ。
「……琵琶を、取ってこい」
女は、早足に小屋に戻ると、琵琶を抱え、黒之丞の前に立った。
無表情に女と琵琶を見やると、黒之丞はくるりと背を向けた。
「行くぞ」
それは、二度目の言葉。
一度否定した、言葉。
「?」
「お前は、餌だ。だから、俺に従え」
「……あの?」
「つべこべ言うな。歩け」
とつとつと、話す。
命令口調、では、なかった。
「私は、もう、」
女は、いやだと、首を振った。
「しつこい」
すたすたと、歩き出す。
足音が、遠ざかっていく。
どうして、歩かなければならないの?
まさか、本当に、私を知り合いに頼むつもりなの?
食べると、餌だと、言ったのに。
そうか、知り合いだという妖と一緒に、私をがじがじ食べるのか。
女は、どうしようか、迷った。
人は、信じられない。人は……
妖さまは?
どうなのだろう。妖さまの考える事は、よく、わからない。
人も、わからないけれど。
女が、まだ、迷っているときだった。
黒之丞が立ち止まり、女の方に向き直った。
すっと、息を吸った。ぎちぎちと手を、開いたり閉じたり。
大きな瞳は、女と琵琶を映し出していた。
「お前の弾く琵琶の音」
「……はい」
「いい、音色だった」
「はい」
「食べてやる。食べてやるから、ついてこい」
それだけ言うと、また、歩き出した。
褒められる事は、嫌いじゃ、ない。
特に、琵琶の事は。私の、全てなのだから。
「……置いていかれたら、食べられない」
そう呟くと、女も歩き出した。
二人の距離。
先に歩き出した分、黒之丞のほうが前であった。
しばらくすると、女の隣に、黒之丞の姿が。
女の邪魔になりそうな小石を、そっと除けながら、黒之丞はゆっくりと歩いていた。
女はそう言うと、一つ、黒之丞から離れた。
「一緒だ」
また、一つ、離れた。
「あの人と、一緒だ。あの人も、私に優しく近づいて、そして、奪っていった。あなたも、そうなんだ。そうに決まってる」
「……」
黒之丞は押し黙った。
それに――幻に怯えたのか。そう、思った。
「どうして、私ばかりこんな目に……。私は、何も悪い事はしていないのに。ずっと、静かに暮らしていたのに。どうして!」
「知るか」
黒之丞が、一つ、近づいた。
女は、もう、下がらなかった。
「知るわけないだろう。それに、俺は妖だ。優しくない、妖……そうか、妖か……」
にたりと、笑った。
「妖さま……」
「お前は、俺に食べて欲しいと言った。自分を、食べて欲しいと。つまり、お前は、俺の餌だ」
「妖さまは、人は食べないと」
女が、言った。少し、落ち着いてきていた。
女は、杖をずっと持っていた。
「気が変わった。俺は、お前を餌にすることにした。琵琶もそうだ」
「琵琶も、餌」
妖さま……
私を、餌だと、言った。
餌か。
ぼりぼりと、食べられるんだ。
それの方がいい。もう、うんざりだ。
静かに、暮らしたかった。そうやって、暮らしていた。
でも、本当は、一人は嫌だったのだ。
あの人は、こんな私を好いてくれた。そう、思った。
そして――私は、あの人を好いた。
でも……想いは、この手から、零れ落ちていった。
残酷に。非道く、残酷に。
もう、未練はない。そう、未練はない。
早く、食べて欲しい。
私を、早く。跡形もなく、消し去って欲しい。
それが、私にはお似合いだ。
「……琵琶を、取ってこい」
女は、早足に小屋に戻ると、琵琶を抱え、黒之丞の前に立った。
無表情に女と琵琶を見やると、黒之丞はくるりと背を向けた。
「行くぞ」
それは、二度目の言葉。
一度否定した、言葉。
「?」
「お前は、餌だ。だから、俺に従え」
「……あの?」
「つべこべ言うな。歩け」
とつとつと、話す。
命令口調、では、なかった。
「私は、もう、」
女は、いやだと、首を振った。
「しつこい」
すたすたと、歩き出す。
足音が、遠ざかっていく。
どうして、歩かなければならないの?
まさか、本当に、私を知り合いに頼むつもりなの?
食べると、餌だと、言ったのに。
そうか、知り合いだという妖と一緒に、私をがじがじ食べるのか。
女は、どうしようか、迷った。
人は、信じられない。人は……
妖さまは?
どうなのだろう。妖さまの考える事は、よく、わからない。
人も、わからないけれど。
女が、まだ、迷っているときだった。
黒之丞が立ち止まり、女の方に向き直った。
すっと、息を吸った。ぎちぎちと手を、開いたり閉じたり。
大きな瞳は、女と琵琶を映し出していた。
「お前の弾く琵琶の音」
「……はい」
「いい、音色だった」
「はい」
「食べてやる。食べてやるから、ついてこい」
それだけ言うと、また、歩き出した。
褒められる事は、嫌いじゃ、ない。
特に、琵琶の事は。私の、全てなのだから。
「……置いていかれたら、食べられない」
そう呟くと、女も歩き出した。
二人の距離。
先に歩き出した分、黒之丞のほうが前であった。
しばらくすると、女の隣に、黒之丞の姿が。
女の邪魔になりそうな小石を、そっと除けながら、黒之丞はゆっくりと歩いていた。