あやかし姫番外編~やつあしとびわ(11)~
黙って、歩く。
二人で、歩いていく。
女は、琵琶を大事そうに抱えていた。
小屋からは、随分と離れた。
女の持ち物は、琵琶と杖だけ、であった。
黒之丞は道すがら、野草を摘んでいた。自分が食べるためではない。
黒之丞は妖。
妖は――食べなくても、死ぬ事はない。
困るのは――人だ。
「街があるな」
そう言って立ち止まった。
黒之丞の大きな瞳に、建物が、映っていた。
「そうですか……」
女が言う。関心はなさそうであった。
「それに……ちと、面倒な事になりそうだ」
「面倒?」
「お前の家に来ていた男達の仲間が、こちらに向かってくる」
人の群れ。
見覚えのある顔があった。
「吉蔵……一家」
「それが、お前に金を貸した人間達の名か?」
「……そう、言っていました……」
「ふむ」
黒之丞は、立ち止まったまま、動こうとはしなかった。
女も、動かなかった。
「杖は、どうだ?」
「……悪くはないと思います」
本当の事だった。使いやすい。良く、手に馴染んでいた。
握る部分が、自分の手の平にぴったりと収まるのだ。
「琵琶、ずっと抱えているんだな」
「……ええ」
入れる袋も、一家に、取られた。
「少し、その琵琶を貸してくれ」
「なんですって?」
「琵琶を貸してくれ。袋に入れて、お前が背負えるようにしてやる」
その方が、負担が少ないだろう。
それを聞くと、何か言いたそうに、女は、口をもごもごと動かした。
色々な想いが、頭の中を駆けめぐった。
ぐるぐると回るが、発する事はなかった。
自分は、餌だ。
ふと、想いが立ち止まる。
食べられるのを、今か今かと待つ身なのだ。
もう、想いは、暴れようとはしなかった。
「わかりました」
それでも、琵琶を差し出す手は、少し震えていた。
黙って受け取ると、黒之丞は口から純白の糸を吐いていく。
琵琶を糸が包み、繭が出来た。
女に、後ろを向くように言う。大人しく、女は背を見せた。
琵琶を当てる。位置を色々と変え、この辺りかと呟く。糸を指に絡めると、女に今の位置で琵琶を押さえるよう言った。
指に絡めた糸を、肩から腰にすっと掛ける。
琵琶の繭と同化したのを確かめると、手を離すよう言う。
繭は、落ちなかった。黒之丞は、満足げに頷いた。
背に当たる柔らかい感触。
琵琶の重さと、そう、変わらない。本当に、琵琶を背負っているのだろう。
女は、琵琶と、一つになっているような感覚に襲われた。
琵琶を弾いているときと似ていた。
今なら、一緒に食べられることが出来ると思った。
「来たぞ」
黒之丞が、言った。
大勢の足音が聞こえた。乱暴な足音が。
優しくない音だと、女は思った。妖さまとは、大違いだった。
二人で、歩いていく。
女は、琵琶を大事そうに抱えていた。
小屋からは、随分と離れた。
女の持ち物は、琵琶と杖だけ、であった。
黒之丞は道すがら、野草を摘んでいた。自分が食べるためではない。
黒之丞は妖。
妖は――食べなくても、死ぬ事はない。
困るのは――人だ。
「街があるな」
そう言って立ち止まった。
黒之丞の大きな瞳に、建物が、映っていた。
「そうですか……」
女が言う。関心はなさそうであった。
「それに……ちと、面倒な事になりそうだ」
「面倒?」
「お前の家に来ていた男達の仲間が、こちらに向かってくる」
人の群れ。
見覚えのある顔があった。
「吉蔵……一家」
「それが、お前に金を貸した人間達の名か?」
「……そう、言っていました……」
「ふむ」
黒之丞は、立ち止まったまま、動こうとはしなかった。
女も、動かなかった。
「杖は、どうだ?」
「……悪くはないと思います」
本当の事だった。使いやすい。良く、手に馴染んでいた。
握る部分が、自分の手の平にぴったりと収まるのだ。
「琵琶、ずっと抱えているんだな」
「……ええ」
入れる袋も、一家に、取られた。
「少し、その琵琶を貸してくれ」
「なんですって?」
「琵琶を貸してくれ。袋に入れて、お前が背負えるようにしてやる」
その方が、負担が少ないだろう。
それを聞くと、何か言いたそうに、女は、口をもごもごと動かした。
色々な想いが、頭の中を駆けめぐった。
ぐるぐると回るが、発する事はなかった。
自分は、餌だ。
ふと、想いが立ち止まる。
食べられるのを、今か今かと待つ身なのだ。
もう、想いは、暴れようとはしなかった。
「わかりました」
それでも、琵琶を差し出す手は、少し震えていた。
黙って受け取ると、黒之丞は口から純白の糸を吐いていく。
琵琶を糸が包み、繭が出来た。
女に、後ろを向くように言う。大人しく、女は背を見せた。
琵琶を当てる。位置を色々と変え、この辺りかと呟く。糸を指に絡めると、女に今の位置で琵琶を押さえるよう言った。
指に絡めた糸を、肩から腰にすっと掛ける。
琵琶の繭と同化したのを確かめると、手を離すよう言う。
繭は、落ちなかった。黒之丞は、満足げに頷いた。
背に当たる柔らかい感触。
琵琶の重さと、そう、変わらない。本当に、琵琶を背負っているのだろう。
女は、琵琶と、一つになっているような感覚に襲われた。
琵琶を弾いているときと似ていた。
今なら、一緒に食べられることが出来ると思った。
「来たぞ」
黒之丞が、言った。
大勢の足音が聞こえた。乱暴な足音が。
優しくない音だと、女は思った。妖さまとは、大違いだった。