あやかし姫~雨降りやんで~
「いたちの妖、ですか?」
「うん。最近、この辺りで見たって奴がいるから、気を付けてね」
「いたち……」
「あ、馬鹿にしてるな! いたちっていっても、ただのいたちじゃないぞ! 赤牙っていって、すっごい凶暴で、大きくて、強いんだぞ! 術は使えないらしくて、女の肉を好んで……あ、全部聞いた話だけど」
小さき人が、このぐらいこのぐらいと身振り手振り。
それを、女はうんうんと聞いていた。
女の目は、閉じられている。開くことは、ない。
名を、白蝉といった。
女の前には、狛犬が、鎮座していた。
その頭の上に、手の平に乗りそうな小さな人。
羽矢風の命――土地神、であった。
「いえ、馬鹿にしているわけでは……」
「じゃあ」
ぷくぅっと頬を膨らませた。狛犬は、その下で寝そべっていた。関心なさげであった。
「いたちを、見た事がないので……」
わからないのです。
そう、言った。
「……ごめん……」
羽矢風の命が、謝る。両手を合わせて、もう一度、「ごめん」と。
白蝉は、気にするようでなく、「いいのです」と微笑み、
「心配してくれたのでしょう? ありがたいことです。でも、黒之丞さんがいますし」
「……うん、いや、ね。白蝉さんに何かあったら、大変だもん。心配っていうか、ね」
「黒之丞ねぇ……」
狛犬が口を開いた。赤い布を首に巻いた石像。
赤犬と、いった。
「そんなに、信用出来る男なのか?」
「……良い人、ですよ。ああ、良い、妖ですよ」
白蝉の声は、幸せだと、そう、言っていた。
「ふーん……」
「赤犬、信用してないの?」
羽矢風の命が狛犬の頭から飛び降りると、面と向き直った。
「あまり」
ぺちぺちと、羽矢風の命が狛犬の前足をいつも持ってる小枝で叩く。
主~、と、赤犬は情けない声を出した。
「赤犬さんも、きっと、信用してくれると思います」
そう、白蝉が言った。
「白蝉さんがそう言うんだもの。間違いないよ」
赤犬は少し、唇を尖らせた。
赤犬。
青犬。
共に、羽矢風の命を守るために存在する。
小さな土地神が、二人には絶対であった。
白蝉と黒之丞。古寺の主、八霊の紹介で、羽矢風の命の木の傍に、居を構えた。
羽矢風の命は、白蝉とはすぐに仲良くなった。
良い琵琶の音を、聞かせてくれた。
目が見えないが、「見えぬもの」が見えていた。
黒之丞は……不気味であった。
力のある――自分達よりもずっと強い妖だとは、一目でわかった。
正体は、蜘蛛だという。その影が、八脚の姿をとるところを、何度か見た。
いつも、冷徹な空気を纏っている。
あまり、好きにはなれなかった。
白蝉には、優しかった。それが、不思議でもあった。
「葉子さん、どう?」
土地神が、言った。銀狐の名を、口にした。
「熱心な方です。毎日、ここに来てますし」
葉子は、琵琶を習いに白蝉と黒之丞の住む庵を訪れていた。
「下手っぴでしょ」
「まだ、習い始めです。きっと上手になりますよ」
「どうかなぁ。葉子さんよりも、彩花さんの方が上手になりそうだけど」
同感だと、赤犬は思った。
「彩花さん……」
「あれ……あそこに住んでる……」
「葉子さんから聞かされていますが、直接お会いした事はあまり……」
「そうなんだ。いい人だよ。とってもいい人」
「みたい、ですね」
白蝉が、苦笑を浮かべた。散々、自慢話を、聞かされている。
「あら……今日は、早かったですね」
「ふぇ?」
黒之丞。
黙って、庵の入り口に立っていた。
羽矢風の命をつまらないという風に見下ろし、それから白蝉を見やった。
「雨が、止んだ」
「そうみたいですね」
「あ、本当だ」
昨日の晩から、雨が降っていた。
風雨、強く、激しくて。
耳を、乱した。
心細くなり、小さくなっていると、そっと、手を握ってくれた。
「黒之助と、会った。菓子を一つ、貰った」
「そうですか」
白蝉は、黒之丞の濡れそぼった頭に、布を置いた。
ん、と、小さく漏らすと、自分の身体を拭き始めた。
「俺は、こんなものいらん。お前が、食べるべきだろう」
そう言うと、包みを一つ渡した。
外で、青犬が忍び笑いをしているのが、赤犬の目に入った。
赤犬が、青犬の側に行く。
青犬は、
「赤。あの男のこと、好きになれそうだ」
そう、言った。
「青、どういうことだ?」
「今日も、黒之丞を見張ってたけど、烏天狗とは一度も会ってない」
そう言うと、おんおんと狛犬は笑った。
「うん。最近、この辺りで見たって奴がいるから、気を付けてね」
「いたち……」
「あ、馬鹿にしてるな! いたちっていっても、ただのいたちじゃないぞ! 赤牙っていって、すっごい凶暴で、大きくて、強いんだぞ! 術は使えないらしくて、女の肉を好んで……あ、全部聞いた話だけど」
小さき人が、このぐらいこのぐらいと身振り手振り。
それを、女はうんうんと聞いていた。
女の目は、閉じられている。開くことは、ない。
名を、白蝉といった。
女の前には、狛犬が、鎮座していた。
その頭の上に、手の平に乗りそうな小さな人。
羽矢風の命――土地神、であった。
「いえ、馬鹿にしているわけでは……」
「じゃあ」
ぷくぅっと頬を膨らませた。狛犬は、その下で寝そべっていた。関心なさげであった。
「いたちを、見た事がないので……」
わからないのです。
そう、言った。
「……ごめん……」
羽矢風の命が、謝る。両手を合わせて、もう一度、「ごめん」と。
白蝉は、気にするようでなく、「いいのです」と微笑み、
「心配してくれたのでしょう? ありがたいことです。でも、黒之丞さんがいますし」
「……うん、いや、ね。白蝉さんに何かあったら、大変だもん。心配っていうか、ね」
「黒之丞ねぇ……」
狛犬が口を開いた。赤い布を首に巻いた石像。
赤犬と、いった。
「そんなに、信用出来る男なのか?」
「……良い人、ですよ。ああ、良い、妖ですよ」
白蝉の声は、幸せだと、そう、言っていた。
「ふーん……」
「赤犬、信用してないの?」
羽矢風の命が狛犬の頭から飛び降りると、面と向き直った。
「あまり」
ぺちぺちと、羽矢風の命が狛犬の前足をいつも持ってる小枝で叩く。
主~、と、赤犬は情けない声を出した。
「赤犬さんも、きっと、信用してくれると思います」
そう、白蝉が言った。
「白蝉さんがそう言うんだもの。間違いないよ」
赤犬は少し、唇を尖らせた。
赤犬。
青犬。
共に、羽矢風の命を守るために存在する。
小さな土地神が、二人には絶対であった。
白蝉と黒之丞。古寺の主、八霊の紹介で、羽矢風の命の木の傍に、居を構えた。
羽矢風の命は、白蝉とはすぐに仲良くなった。
良い琵琶の音を、聞かせてくれた。
目が見えないが、「見えぬもの」が見えていた。
黒之丞は……不気味であった。
力のある――自分達よりもずっと強い妖だとは、一目でわかった。
正体は、蜘蛛だという。その影が、八脚の姿をとるところを、何度か見た。
いつも、冷徹な空気を纏っている。
あまり、好きにはなれなかった。
白蝉には、優しかった。それが、不思議でもあった。
「葉子さん、どう?」
土地神が、言った。銀狐の名を、口にした。
「熱心な方です。毎日、ここに来てますし」
葉子は、琵琶を習いに白蝉と黒之丞の住む庵を訪れていた。
「下手っぴでしょ」
「まだ、習い始めです。きっと上手になりますよ」
「どうかなぁ。葉子さんよりも、彩花さんの方が上手になりそうだけど」
同感だと、赤犬は思った。
「彩花さん……」
「あれ……あそこに住んでる……」
「葉子さんから聞かされていますが、直接お会いした事はあまり……」
「そうなんだ。いい人だよ。とってもいい人」
「みたい、ですね」
白蝉が、苦笑を浮かべた。散々、自慢話を、聞かされている。
「あら……今日は、早かったですね」
「ふぇ?」
黒之丞。
黙って、庵の入り口に立っていた。
羽矢風の命をつまらないという風に見下ろし、それから白蝉を見やった。
「雨が、止んだ」
「そうみたいですね」
「あ、本当だ」
昨日の晩から、雨が降っていた。
風雨、強く、激しくて。
耳を、乱した。
心細くなり、小さくなっていると、そっと、手を握ってくれた。
「黒之助と、会った。菓子を一つ、貰った」
「そうですか」
白蝉は、黒之丞の濡れそぼった頭に、布を置いた。
ん、と、小さく漏らすと、自分の身体を拭き始めた。
「俺は、こんなものいらん。お前が、食べるべきだろう」
そう言うと、包みを一つ渡した。
外で、青犬が忍び笑いをしているのが、赤犬の目に入った。
赤犬が、青犬の側に行く。
青犬は、
「赤。あの男のこと、好きになれそうだ」
そう、言った。
「青、どういうことだ?」
「今日も、黒之丞を見張ってたけど、烏天狗とは一度も会ってない」
そう言うと、おんおんと狛犬は笑った。