小説置き場2

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錦、対、戦姫(5)

 踊りを見ているようであった。
 二人の動きにただただ魅入っていた。
 一人は、徒手
 一人は、剣。
 一人は、女。
 一人は、男。
 色の白い、髪を短く切った女が、壁にもたれかかり、飽きることなく眺めていた。
 雛は、呂布の義姉・貂蝉呂布軍筆頭高順、二人の動きに魅入っていた。
「すごい……」
 ごくりと、唾を飲み込む。
「互角、でしょうか」
「違いますね」
 否定された。
 隣を見ると、賈詡の姿があった。
 さっきまで、隣には人の姿はなかった。
 別にもう、驚く事ではないが。
 食い入るように、二人の動きを見ている。その技を、盗まんとするように。
「互角じゃあ」
「高順殿の方が、押されています」
 高順の顔をじっと見やる。
 なるほど、少し苦しそうであった。
 鼻の上の傷を、汗が伝っている。
 貂蝉の顔を見て、雛は、少し怖気を催した。
 汗など、かいていない。にこにこと、笑みを崩していない。
 貂蝉が、攻め始めた。
 早く終わらせようというかのように。
 動きが、俊敏さを増す。高順が防戦一方になる。もう、攻勢に出られなくなっていた。
 高順が、壁に追いやられる。
 貂蝉が、拳を固める。
 大きな音が起こり、雛はびくりと顔を伏せた。
 恐る恐る顔を上げる。
 賈詡の背中。
 白煙。
 高順が、ぺたんと腰を落としていた。
 貂蝉の腕が、その上で、壁にめり込んでいた。
 腕を引き抜く。
 高順の顔が、青ざめていた。
 壁。
 ぽっかりとした穴が空いていた。
貂蝉さま……」
「……ちょっと、やりすぎましたか」
「こんなのくらったら、死にますよ」
「いやですわー」
 大袈裟なと貂蝉が笑った。
 高順も、力無く微笑んで。
「さすがに、呂布さまの義姉であられますね」
「そうですね」
 賈詡の中身のない袖が、白煙に揺れていた。
 子供達をこの場に連れてこなかったことに、雛はやっと合点がいった。
貂蝉殿、高順殿」
 賈詡が呼びかける。
 二人が、賈詡の方を見やる。それから、貂蝉が、そっと高順に手を差し伸べた。
「少し、お話があります」
 そう、賈詡が言った。



 睨みあっていた。
 呂布
 馬超
 どちらも、赤い馬。汗血馬。
 呂布麾下。
 馬超麾下。
 濃い、濃い、殺気が渦巻いていた。
 澄んだ、真っ黒な殺気。
 淀んだ、黒く濁った殺気。
 その場にだけ、戦はなく、それでいて、濃密な戦の場を形成していた。
「もう、この戦、終わりだね」
 馬超は答えなかった。
 射抜くように、鷹のような鋭い視線を送っているだけだった。
「その人達が、一番強いんだよね。この、私が出る瞬間まで、温存しておいたんだ。いい、考えだよね」
「……光栄だな。最強と詠われる戦姫に褒められるとは」
「詠われるんじゃない、最強なの」
 ぴしゃりと、言い放った。
「それでも、少し甘すぎたかな。それに、こちらの動きをあまり考えていなかったようだし」
「なに?」
「私は、三万の兵を率いてきた。貴方は、二万の兵を率いてきた」
 斥候の言ったとおりだと、馬超は思った。
「貴方は、二千の兵を温存していた。私は……」
 この漆黒の麾下。
 三百。
「一万五千の兵を、温存した」
「……一万五千だと!」
「それで、勝てると思った。だから、半分を後方に送ったの。多すぎても、駄目だしね。でも、勝てなかった。それは、ちょっとびっくり」
 三万の兵を、涼州の荒武者達が押していたのではないのか。
 顔を伏せた。少し、歯ぎしりした。
 それでは、相手の方が少ないではないか。
 簡単にひっくり返されたのも、納得がいった。
 二倍。
 馬鹿な。
 半分。
 馬超の、鷹の羽根飾りが、虚しく揺れた。
「降参、してくれないかな? もう、この戦は終わりだし」
 全軍を、投入したという事か。
「……まだ、だな」
 馬超が、どんよりと濁った目で、呂布を見つめた。
「ふーん?」
「一騎打ちを、願う」
「いいよ」
 その瞬間、けらけらと嗤う呂布の元へ、錦馬超は馬を走らせた。
 刀。
 呂布は、方天画戟をだらりと下げていた。
 楽しそうに、嬉しそうに、嗤っていた。
 右手。片手で刀を掲げる。
 呂布が、眉をひそめた。
 左手で、部下から刀を受け取る。
 ――二刀。
 呂布の顔から、はっきりと、笑みが消えた。