小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~鬼之姫と(6)~

「……小鈴、さん」
「そう、小鈴!」
 呆気に、とられていた。西の鬼達が、呆気にとられていた。
 そんな中、小鈴とあくまで名乗る女は、軽やかな足取りで女の子に近づいた。
 それから、
「あら?」
 そう、声を漏らした。
 可愛らしい声であった。
「虎熊さん……」
 朱桜が、言った。
 鬼が一人、小鈴の前に立ち塞がっていた。
「それ以上、近づくんじゃねえよ」
 その声と同時に、肉が割れる音が響いた。
 白月が眉をひそめる。
「嫌な音じゃ。相変わらず、慣れるものではないの」
 そっと、光に耳打ちした。光が、うんと頷いた。
「せっかくの良い男が、台無しじゃ」
 口が裂け、
 角が伸び、
 爪が光り、
 眼が、爛々と輝く。
 人の皮を断ち割り、鬼の肉が現れ出でる。
 静から動へ、激しく蠢き始める。
「それ以上、うちの大事な姫君に近づいてみろ。てめえの小生意気な顔、ずたずたに裂いてやる」
 鬼が、そう言った。声も、変わっていた。
 尖り尖った牙から、息が漏れる。
 そんな、声だった。
「同感だ」
 四匹の鬼が、朱桜の前に立った。
 四ツ子は、人の姿を、脱ぎ去っていた。
 一人は、黄色の表皮に黒の縦縞を全身に浮かべていた。
 一人は、額――角と角のちょうど間――に、白く鮮やかに光る石を覗かせていた。
 一人は、全身が灰色がかり、
 一人は、黄金色の紋様をその身体に浮かべた。
 それぞれがそれぞれの、『鬼』の姿を、現した。
「……ふーん」
 小鈴が、少し考えるような仕草をする。
 周りを見渡し、光が怯えているのを見やり、可笑しそうに微笑んだ。
「頑張りすぎだぞ」
 ぽそっと、呟いた。
 巫女は、元気そうであった。不思議そうに光を見ている。
 あの子は……やっぱり、大物だぞ。
 そう、思った。
 妖気が充満する。
 鈴が、額に手をあてると、ふにゃーと鳴いて朱桜にもたれかかった。
 急にもたれかかられたので、あひゃっ! と朱桜は小さく声を出した。
 鈴ちゃんと言いながら横を見ると、鈴の姿は、なかった。
 かわりに、ずっしりと頭が重たくなった。
 不思議な感触。
 温かい。動いてる。
 つんつんと、小さな手で、触った。
 怖さは、なかった。
 何かが、あった。
 両手で、持ってみる。顔の前に、持ってくる。
 ぐったりとした、猫の姿。
 朱桜は、はっと『飼い主』に呼びかけた。
「す、鈴鹿御前さん! 鈴ちゃんが!?」
「だから、小鈴だっての……あー、鈴はね、強い妖気に当てられると、人の姿が解けちゃうの。やっぱり、まだ唯の雌猫だからね」
 からからと、猫またへの道は遠いねえと笑う。
 朱桜は、真剣な眼差しで鈴を見やった。
 鈴は、ちろちろと朱桜の指を舐めた。
「むー……儂ら、歓迎されてないのかのぉ」
 ぼんやりと、白月が呟いた。
「か、かもね」
 かたかたと、光が答えた。
「あのねえ……やめてくんないかな、そういうこと。私はね、別に喧嘩しにわざわざここまで来たわけじゃないの。そこんとこ、わかる?」
 鬼は、唸り声をあげるだけだった。
 やれやれと、小鈴が溜息を吐く。
「これが、星熊さん達の、本当の姿……初めて見るです……」
 朱桜が、言った。
 考えてみれば、強い鬼の姿は、今まで見た事がなかった。
 父の本性も、叔父の本性も、見た事がない。
 自分の、鬼となった姿も。
「にゃー」 
 鈴が、弱々しい声をあげる。
「わかってるです、鈴ちゃん……」
 よしよしと、猫の喉を撫でると、
「やめるですよ、皆さん!」
 そう、大きな声をあげた。
 鬼達は止まらなかった。
「やめるですよ!」
 もう一度、言う。
 鬼の姿は、変わらなかった。もう、いつもの優しい鬼達では、なかった。
 仲良しさんに、拒絶された。
 そう、感じた。
「やめるですよ……やめて、ほしいですよ……」
 そして、朱桜は、悲しくなった。
 弱々しい獣の声と哀しい女の子の声が絡まる。
 声は、鬼ヶ城を、うねっていく。
 幼子が二人、『友達』の名を、呼んだ。
 その『友達』は、くすんくすんと泣き始めていた。
 それでも……
 四匹の鬼は、人の姿には、ならなかった。
「……ああ言って、泣いてるけど?」
「……あの子を、守るためだ」
 鬼が、言う。
 鈴鹿御前が、それを聞いて、笑い出した。大きな声で、笑い出した。
 大音声。
 朱桜の泣き声が、きょとんと止まった。
 東の鬼姫は、お腹を抱えて笑っていた。
「何が、おかしい」
「いやね……大事に、されてるんだなあって……ちょっと、感心したぞ」
「当たり前だ」
 答えたのは、石熊だった。
 また、小鈴が笑った。
「うん、いいことだぞ。ちょっと心配してたんだ。いじめられてるんじゃないかって。鬼の暮らしに、馴染んでいないんじゃないかって」
 彩花ちゃんは、心配してなかったけどさ。
 優しいお父上さまと叔父上さまがいるんですからって。
 私はね……でも、ま、なんとかやっていけてるんだね。
 そういうと、きっと鬼達を見据えた。
「これ、なーんだ?」
 鬼姫は、また、にっと唇の両端を釣り上げると、そう、口にした。
 刀。
 何もないところから、とんと、刀を取り出したのだ。
 刀は、三本。
 突然、ふっと現れた。
 それは、数多いる西の鬼の中で、酒呑童子茨木童子に次ぐ地位と力を持つ、四天王をも震えさせる代物だった。
 小太刀、大太刀。
 そして、異様な長さを誇る太刀。
 小鈴の背丈の、ゆうに三倍はあるであろう巨大な刀であった。柄だけで、小鈴の腰まである。前面に立てば、すっぽりと人の姿を覆い隠すであろう。
 そんな、巨大な刀であった。
 鬼は、眼を見開いた。
 四匹は、血眼を、見開いた。
 小太刀と大太刀は、宙を柔らかく泳いでいる。
 巨大な刀は、ずんと大きな音を立てて、小鈴の横に突き刺さった。
「さてと……どうすんの? あんた達の大事な姫様も、これが相手じゃ、ちょっと守りきれないねえ」
 鬼が、脂汗を掻いた。
 四つ子の、強き猛き鬼は、一人の鬼に、手玉に取られていた。
 鬼の、女。
 美しい鬼の女。
 純粋な子供のようにも、妖艶な大人のようにも見える、鬼の女。
 女の目が、すっと細くなった。
「どう、するの?」
 力強い声が、女の口から、発せられた。