小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~鬼之姫と(10)~

「凄いのぅ……これ、朱桜ちゃんのものじゃろう? やっぱり、お姫様じゃのう」
 白月が、言った。
「でっっっっけぇ!」
 光が、言った。
「……まぁ、そ、そですかね……」
 朱桜が、言った。
 三者二様。
 段々、
 雛壇、
 雛人形
 大きな、大きな、雛人形
 お雛様にお内裏様。
 三人官女に五人囃子
 随身、仕丁、桃の花。
 銘は東の妖、雪妖の盟友、大妖率いる土蜘蛛で。
 精魂込めて、ただ一人の為に創られた品々。
 鬼の王の、娘のために――
「……鈴鹿さん、一体何を話してるですかね?」
「さあの。ここからじゃあ、聞こえぬ」
「ちょっと心配なのですよ」
「心配するな。鬼姫じゃぞ」
「……うん」
 素直に、朱桜は頷いた。
 大獄丸なら、茨木童子なら、げんなりとするだろうが、朱桜にとってはそれで十分だった。
「でもなー」
「ふーん?」
 なあにと、おっきな瞳を丸々と。
「もう、五月じゃぞ?」
 桃の節句はとうに過ぎて。
 雛人形とはばいばいのはずと。
「ああ、そうか。こんだけ大きいと、片付けるのが大変じゃからか」
 なるほど、なるほど。
 そうだよねっと、光と言い合う。
 納得しあい、でっかいでっかいと二人は言った。
「ふえぁ?」
「どしたー、間抜けな声出して?」
「お雛さまは、年中飾るものですよ? しまわないものですよ?」
「なぬ? ……それは違うと思うぞ」
「ふえぁ? だって、父さまが」
鈴鹿が、飾りっぱなしだと、『結婚が遅れるかも、てへ』って言っとった」
「……初耳です」
 むすー。
「初耳? あれ、おいらもそれは聞いたことあるよ。葉子さんかな、お袋かな」
 多分、両方かな。
「今度、彩花さまに聞いてみるですよ」
 確かめるです。
 そうだったら……
 父さま、嘘吐いたです。
 とっちめるです。
「あの怖い王様をなぁ、なあなあ、登りたいぞ。これでは、お雛様が小さいのじゃ」
「そうですね……大きすぎて、小さいのです」
 こんもりそびえる小山々。
 一番上は、小さくて。
「じゃあ、誰かに頼むですよ。裸足なら、登っても大丈夫ですし」
 声をかけようとした。人を呼ぼうとした。
 白月が、いらぬいらぬと、手を振った。
「じゃあ、光!」
「わかった!」
 でんでん太鼓を引っこ抜くと、ぽんぽん音を鳴らし始める。
 ぽこぽこ、ぽこぽこ。
「雲よー、でろ!」
 雲。
 小さな雲が生まれ、それはみるみるさわさわ大きくなって。
 ふわふわと、灰色雲が、三人の目の前に現れた。
「よっし!」
 でんでん太鼓を大事にしまう。
 ふよふよの雲に、朱桜はちょっぴりびっくり。
「……雲……雲です。これ、乗れるですか? 大丈夫ですか? 落っこちないですか?」
 朱桜は、心配そうに言った。
「心配するな! 儂と光はこれで旅をしたのじゃ!」
「大丈夫!」
 どうぞ、っと光が言った。
 どうぞどうぞ、っと白月が言った。
 ふーんと思案。
 なんだか、頼りない。
 柔らかそう、軟らかそう。
 二人がにこにこ。
 ぽてっと、朱桜は身を預けた。
 ぽよよんと弾んだ。
 弾み終わると、顔をうずめたまま、しばらく、動かなかった。
「あれぇ?」
「あれ?」 
 ……。
 急に、急に。
 朱桜はじたばたとし始めた。
 まるで、辛そうに、苦しそうに。
 そう、雲に、溺れているかのように。
 お子様二人が、びくぅ! となった。
「ど、どうした!?」
「朱桜ちゃん!?」
 およよとあわわと。 
 あたふたあたふた。
 そして、ぴくっと、動きが止まる。
「し、死んだ!?」
「そ、そんな!」
 何かが、
 ぞわりと、
 ざわりの、
 二人の小さな首を這っていった。
 あはははは!
 ぱったんぱったん。
 あはははは!
「面白い、面白いですよ! 海みたい! 面白い!」
 くるりと向き直ると、ぱちぱちと手を叩いた。
「そっか、良かった」
「うん、良かったのじゃ」
 朱桜は面白くて嬉しくて、二人の様子がおかしいことに全く気が付くことはなかった。
 過保護なほどに、守られて。
 朱桜は、白月や光とは、そこがちょっと違った。



雛人形ね……」
「にゃあぁ」
「鈴! お前、白月達に」
「にゃ!」
 小鈴が、鈴を抱きかかえた。
 鈴は、大人しく抱きかかえられた。
「よしよし……馬鹿。別に、寂しくなんか、ないんだぞ」



「凄いですねぇ。ちょっと沈むんですね」
 雲の上に、正座のお子様。
 ふわりふわりと、ゆっくりゆっくり上がっていく。
 ゆったりと、やんわりと……
「遅いです……」
 のろのろ、のろり。
 やっと二段目に達した頃、朱桜がぽそっと言った。
「……どしたのじゃ?」
 白月が、ちょいちょいと光の袖を引っ張った。
「……重い」
「はい?」
「はわ?」
「重くて、浮かない」
 そう言うと、ぽこんと殴られた。
 二人同時に。
 朱桜と白月は、うわーいと手を叩き合った。
「ほぅ、桃の木じゃのう」
 触ってもよいか?
 瞳をきらきらさせながら、雪妖の巫女は鬼の姫に。
 朱桜はちょっと嫌そう。
 でも、わくわくしている白月に、駄目だとは言えなかった。
「うぱー」
 息吐きながら、ちょんちょんと。
 大きな桃の木。緑の葉が茂り、桃の実がなって。
 その間も、むっつり黙る光の元、灰色雲は、進んでいく。
「どしたですか? 機嫌悪そうなのですよ」
「ん……なんにもない……」
 痛かったですか?
 痛くないよ。
 ……そう言ったけど、痛かった。
 二人の会話。
 白月は、雲から乗り出し楽しそう。
 そして……ぷち。
「ちぎれてもうた」
 申し訳なさそうに、白月が言った。
「……にゃはー!」
 桃の実。ちょこんと摘んで哀しそうに、朱桜に差し出した。
「駄目! それは駄目! 豆はいいけど、木もいいけど、それは駄目!」
 朱桜は、すんごい勢いで跳び上がった。
 怯えていた。
 光の背中で、震えていた。
「朱桜ちゃん? 桃じゃよ? 美味しそうな……取ってもうたのは悪いと思っておるけど」
「いや! やなのですよ!」
「白ちゃん! 駄目!」
 光が、言う。
「桃がぁ……好き嫌いじゃのう」
 うんうんと頷くと、ぱくんと桃を、呑み込んだ。
 あむあむ、うまうま。
 種を、ぽんと手の平に吐き出す。
「これは?」
「……す、捨ててですよ! そこ、その辺でいいですから!」
 桃の木の根。
 そこを指差す。
「わかったのじゃ」
 ぽいと投げる。
 そうしてる間に、ふわふわ雲は、桃の木を越えた。
「……どしたぁ? そんなに、怯える事なのか? すまんことをしたのう」
「……光君は、平気なんですね」
「桃は……東はいいけど西は駄目ってお袋が言ってた」
 おいら、好きだし。
 儂もすきー。
 にぱー。
「そうなのですか……ふにゅー」
 いじいじ、いじいじ。
「彩花さまだって、苦手なもの、あるもん」
「まあまあ……」
 微妙な空気。
 それは、飾ってある牛車の牛の首が動いた事で、ぱりんぱりんと砕け散って。
「動いた! 動いたぞ! 造りもんじゃろ!? ど、どうなっとるんじゃぁ!?」
「……あれはですねー」
 白月に、実は式神さんで、あの牛車には乗れるのです。
 そう、教えた。
 もうと鳴く牛。
 尻尾を触る。
「うーん、朱桜ちゃんはものしりさんじゃあ。なんだか……そう、なんだか、お姉さんみたいじゃのう」
 お姉さんみたい、
 お姉さんみたい、
 お姉さんみたい……
 そう言われると、朱桜はくすぐったいやらこそばゆいやら。
 すっごくすっごく……嬉しかった。
 だから……
 白月が、
「儂、百年以上生きてるのになぁー」
 そう、言った。
 そう、言ったのに、朱桜の舞い上がった心に届くことはうっかりなかった。