愉快な呂布一家~馬兄弟と、従妹が一人~
遠目に映るは、涼州の荒武者。
近くに映るは、涼州の砂埃。
豪華絢爛華盛りの、鎧装束で固めた若武者一人。
獅子の兜に、鷹の羽が翻る。
錦馬超は、率いる軍から少し離れた場所で、僅かばかりの供回りと調練の様子を見やっていた。
十部軍……西涼の、豪族連合体。
悪くいえば、小勢力の寄せ集め。それでも――魔王、董卓と争ったこともあった。
だが――そこで、馬超は、苦い自嘲を唇に含ませた。
末路は、あっけないものであった。
今は、土地も兵も、全てが最強の武の物となっている。
主は――漆黒の戦姫、呂布。
呂布軍は、不思議な軍であった。それは、傘下となって初めてわかったことであった。
呂布がいて、陳宮がいるということ。
陳宮は、軍事以外のほとんどを任されているといってよかった。それは、呂布以上の権力を握っているようにも思えた。
二人で、一人。
それが、呂布軍であった。
ここまで役割がはっきりと別れている勢力は、張魯ぐらいのものであろうか。
曹操も袁紹も、軍事と政事の両方に手腕を発揮していた。
呂布は、政事に興味がない……戦、それだけしか見えていない。
運が良かったのだろうと、馬超は思う。陳宮という、己を補う忠実な男と出会えたのだから。
「兄貴ー」
「兄さーん」
「兄上ー」
馬超は、馬の首を巡らせると、兵達に休憩をとるように伝えるよう、供回りに言った。
麾下の長矛を入れて、一万の兵。それが、馬超の手勢であった。
部下が離れ、一族だけになる。
「兄貴、飯一緒に食おうぜ!」
末っ子の馬鉄が言った。
「ねえ、いいでしょ兄さん?」
次男の馬休。従妹である馬岱も、
「兄上、是非に」
そう言って、馬から降りた。
「さてと……どうしようかな」
馬休と馬鉄が、えーという顔をして、ピクニックシートを引く手を止めた。
馬岱が、バスケットケースを持ったまま、しょんぼりとうなだれた。
「あー、嘘々! 食べる! 一緒に食べるから!」
どんよりした瞳をぱーっと輝かせると、嬉々として手を動かし始める。
準備を手伝いながら、こいつら……本当、子犬みたいだなと馬超は思った。
「兄上、どう?」
「うまうま、うまうまうまうま」
「食うか話すか、どっちかにしろっていつも言ってるだろう」
「うーま」
返事のつもりなのだろう。やめない馬鉄の頬を、馬岱がつねった。
こうやってこの四人だけで集まるのは、珍しいことであった。
三兄弟と、一人の従妹。馬岱は、同じ家で育ったから、四兄妹といってもよかった。
「特に、変わりないな。そっちは?」
「また呂布さん来たよ」
「そっか」
「呂布さんが来ると、落ち込むんだよねー」
「そうだよね、馬鉄」
小さな身体を巨大な汗血馬に乗せて、呂布さんは一人で軍の間をちょろちょろしていた。
もっぱら、軍の視察。
暗殺を警戒して護衛をという者がいたが、考えてみれば呂布さんは最強の武なわけで、自分の調理した物を食べられるという超絶毒抵抗性を得ているわけで――そういうわけで、一人でいることを咎める者はいなくなった。
呂布さんが来ると、軍に緊張が走る。
ちょっと離れた場所にいるだけで、圧倒的な存在感を感じる。
そして――軍の動きが、見違えたようになる。
それまでが嘘のような動きをする。一頭の獣になる。
こうなると、指揮官は落ち込むのだ。
どうして、自分だけではこうはならないのかなと。
呂布さんは、獣をじっと見る。
それから、その軍の指揮官を呼んで、
「あの人とあの人と……あの人、頂戴!」
と、笑顔で言うのだ。
持って行かれた兵は、まず馬岱の下につくことになる。
今、馬岱は、魏延と共に呂布麾下の隊長を務めていた。
「ねえ、馬岱ねぇ。呂布さんの麾下ってどんな感じ?」
「うーんとね……厳しいっすわー」
「「「うわー」」」
疲れた目をする従妹を、兄弟は慈悲深く見やった。
「凄いね、馬岱の姉貴。呂布さんの麾下、それも隊長……認められたってことだよね」
「魏延がいるから……そんなに、凄いとは思わないよ……」
本当のことだった。
一応、同格となっているが、自然と、務めが長い魏延の方が上という風に。
仕事も、麾下新入りご一行の調練を行っていることが多かった。
「凄い凄い」
「そうかなー」
「凄いぞ、馬岱」
頭を撫でられた。
馬超に。
舞い上がるような気持ち。
至福。
「が、頑張ります!!!」
「お、おう」
「え、あ、頑張ります……」
恥ずかしくなり、玉子入りサンドイッチをちょこっと囓った。
「そういや、これ、誰が作ったんだ?」
「呂布さん」
馬鉄が即答した。
「グワッ!!!」
ブーと盛大に吹き出すお二人。ぺっぺと吐き出すと、水を大量に飲んだ。
顔が、面白いように青ざめていく。
馬超の兜の獅子が、心なしか悲しそうな面立ちになった。
「え、嘘、嘘だよ」
「つ、ついて良い嘘と悪い嘘が……」
曹操をその手料理で毒殺しようとした人だ。
陳宮や高順が死の淵を泳いだことも、一度や二度ではないと聞く。
一度、馬超は呂布さんが作った料理を見たことがあるが、それはもうおぞましい代物であった。
何気なく近づいた胡車児が、頭から食われ、助け出すのに一苦労するぐらいの。
いや可笑しいだろ、料理に食べられるなど、と突っ込んでみたが、これが呂布軍の日常だったらしい。
「私はいつも勝ちましたよ」
とは、かって講師を務めていた貂蝉の弁である。ちなみに、同じく講師を務めていた高順は何度か負けたそうな。
つまり――貂蝉>呂布さんの料理>高順ということが成り立つ。
どんな珍品を使ったのだと尋ねると、至って普通の「豆腐とわかめのお味噌汁」の具であった。
「失敗したよー」と呂布さんはすんすん泣いていたが、本当に泣きたいのは気持ち悪い液を頭から滴らせる胡車児であろう。もはや泣く気力もなく、虚ろな眼差しで医務室に運ばれていったが。
この時、
「胡車児さんごと真っ二つ」
と、血走った目を向ける張遼をとめるのに臧覇が必死だったことは一応付け加えておく。
狂が発動したらしい。
「頼むから、そういうのやめて。ホントしゃれになんないから」
「ごめんよー。でも誰? 馬岱の姉貴が持ってきたけど?」
「じゃあ、馬岱ねぇじゃない?」
「ほう、馬岱が作ったのか。それは凄いな」
「え……えへへ。す、凄いでしょ。朝から頑張ったんだよ!」
褒めて褒めて。褒めてよ兄上ー♪
「えらいえらい」
もう一回、至福の時。
幸せーと、にこにこしながら馬岱は思った。
「馬岱さんの奢り?」
「う、うむ。私の奢りだ。何でもいいぞ。遠慮するな」
「うん!」
どれがいいかなーと、お品書きを見ている魏延に、
「きょ、今日はすまないな。朝早くに急に作ってもらって」
「全然いいよ。僕、料理するの好きだから」
そう言って、またお品書きに目を落とす。
「ここの麻婆豆腐食べてみたかったんだ。高いから、なかなか行けなくて……味付けが他のお店とかわってるんだって。食べて覚えて、帰ったら試してみよっと。あ、馬岱さん味見してね」
「……ごめんなさい」
「え?」
「もうなんていうか、色々とごめんなさい。勘弁して下さい。ほんと、生きててすみません」
「ええええええ!!!???」
はぁと、馬岱は溜息を吐き、魏延の顔を眺めた。
今日のランチは魏延印のサンドイッチでしたとさ、チャンチャン♪
近くに映るは、涼州の砂埃。
豪華絢爛華盛りの、鎧装束で固めた若武者一人。
獅子の兜に、鷹の羽が翻る。
錦馬超は、率いる軍から少し離れた場所で、僅かばかりの供回りと調練の様子を見やっていた。
十部軍……西涼の、豪族連合体。
悪くいえば、小勢力の寄せ集め。それでも――魔王、董卓と争ったこともあった。
だが――そこで、馬超は、苦い自嘲を唇に含ませた。
末路は、あっけないものであった。
今は、土地も兵も、全てが最強の武の物となっている。
主は――漆黒の戦姫、呂布。
呂布軍は、不思議な軍であった。それは、傘下となって初めてわかったことであった。
呂布がいて、陳宮がいるということ。
陳宮は、軍事以外のほとんどを任されているといってよかった。それは、呂布以上の権力を握っているようにも思えた。
二人で、一人。
それが、呂布軍であった。
ここまで役割がはっきりと別れている勢力は、張魯ぐらいのものであろうか。
曹操も袁紹も、軍事と政事の両方に手腕を発揮していた。
呂布は、政事に興味がない……戦、それだけしか見えていない。
運が良かったのだろうと、馬超は思う。陳宮という、己を補う忠実な男と出会えたのだから。
「兄貴ー」
「兄さーん」
「兄上ー」
馬超は、馬の首を巡らせると、兵達に休憩をとるように伝えるよう、供回りに言った。
麾下の長矛を入れて、一万の兵。それが、馬超の手勢であった。
部下が離れ、一族だけになる。
「兄貴、飯一緒に食おうぜ!」
末っ子の馬鉄が言った。
「ねえ、いいでしょ兄さん?」
次男の馬休。従妹である馬岱も、
「兄上、是非に」
そう言って、馬から降りた。
「さてと……どうしようかな」
馬休と馬鉄が、えーという顔をして、ピクニックシートを引く手を止めた。
馬岱が、バスケットケースを持ったまま、しょんぼりとうなだれた。
「あー、嘘々! 食べる! 一緒に食べるから!」
どんよりした瞳をぱーっと輝かせると、嬉々として手を動かし始める。
準備を手伝いながら、こいつら……本当、子犬みたいだなと馬超は思った。
「兄上、どう?」
「うまうま、うまうまうまうま」
「食うか話すか、どっちかにしろっていつも言ってるだろう」
「うーま」
返事のつもりなのだろう。やめない馬鉄の頬を、馬岱がつねった。
こうやってこの四人だけで集まるのは、珍しいことであった。
三兄弟と、一人の従妹。馬岱は、同じ家で育ったから、四兄妹といってもよかった。
「特に、変わりないな。そっちは?」
「また呂布さん来たよ」
「そっか」
「呂布さんが来ると、落ち込むんだよねー」
「そうだよね、馬鉄」
小さな身体を巨大な汗血馬に乗せて、呂布さんは一人で軍の間をちょろちょろしていた。
もっぱら、軍の視察。
暗殺を警戒して護衛をという者がいたが、考えてみれば呂布さんは最強の武なわけで、自分の調理した物を食べられるという超絶毒抵抗性を得ているわけで――そういうわけで、一人でいることを咎める者はいなくなった。
呂布さんが来ると、軍に緊張が走る。
ちょっと離れた場所にいるだけで、圧倒的な存在感を感じる。
そして――軍の動きが、見違えたようになる。
それまでが嘘のような動きをする。一頭の獣になる。
こうなると、指揮官は落ち込むのだ。
どうして、自分だけではこうはならないのかなと。
呂布さんは、獣をじっと見る。
それから、その軍の指揮官を呼んで、
「あの人とあの人と……あの人、頂戴!」
と、笑顔で言うのだ。
持って行かれた兵は、まず馬岱の下につくことになる。
今、馬岱は、魏延と共に呂布麾下の隊長を務めていた。
「ねえ、馬岱ねぇ。呂布さんの麾下ってどんな感じ?」
「うーんとね……厳しいっすわー」
「「「うわー」」」
疲れた目をする従妹を、兄弟は慈悲深く見やった。
「凄いね、馬岱の姉貴。呂布さんの麾下、それも隊長……認められたってことだよね」
「魏延がいるから……そんなに、凄いとは思わないよ……」
本当のことだった。
一応、同格となっているが、自然と、務めが長い魏延の方が上という風に。
仕事も、麾下新入りご一行の調練を行っていることが多かった。
「凄い凄い」
「そうかなー」
「凄いぞ、馬岱」
頭を撫でられた。
馬超に。
舞い上がるような気持ち。
至福。
「が、頑張ります!!!」
「お、おう」
「え、あ、頑張ります……」
恥ずかしくなり、玉子入りサンドイッチをちょこっと囓った。
「そういや、これ、誰が作ったんだ?」
「呂布さん」
馬鉄が即答した。
「グワッ!!!」
ブーと盛大に吹き出すお二人。ぺっぺと吐き出すと、水を大量に飲んだ。
顔が、面白いように青ざめていく。
馬超の兜の獅子が、心なしか悲しそうな面立ちになった。
「え、嘘、嘘だよ」
「つ、ついて良い嘘と悪い嘘が……」
曹操をその手料理で毒殺しようとした人だ。
陳宮や高順が死の淵を泳いだことも、一度や二度ではないと聞く。
一度、馬超は呂布さんが作った料理を見たことがあるが、それはもうおぞましい代物であった。
何気なく近づいた胡車児が、頭から食われ、助け出すのに一苦労するぐらいの。
いや可笑しいだろ、料理に食べられるなど、と突っ込んでみたが、これが呂布軍の日常だったらしい。
「私はいつも勝ちましたよ」
とは、かって講師を務めていた貂蝉の弁である。ちなみに、同じく講師を務めていた高順は何度か負けたそうな。
つまり――貂蝉>呂布さんの料理>高順ということが成り立つ。
どんな珍品を使ったのだと尋ねると、至って普通の「豆腐とわかめのお味噌汁」の具であった。
「失敗したよー」と呂布さんはすんすん泣いていたが、本当に泣きたいのは気持ち悪い液を頭から滴らせる胡車児であろう。もはや泣く気力もなく、虚ろな眼差しで医務室に運ばれていったが。
この時、
「胡車児さんごと真っ二つ」
と、血走った目を向ける張遼をとめるのに臧覇が必死だったことは一応付け加えておく。
狂が発動したらしい。
「頼むから、そういうのやめて。ホントしゃれになんないから」
「ごめんよー。でも誰? 馬岱の姉貴が持ってきたけど?」
「じゃあ、馬岱ねぇじゃない?」
「ほう、馬岱が作ったのか。それは凄いな」
「え……えへへ。す、凄いでしょ。朝から頑張ったんだよ!」
褒めて褒めて。褒めてよ兄上ー♪
「えらいえらい」
もう一回、至福の時。
幸せーと、にこにこしながら馬岱は思った。
「馬岱さんの奢り?」
「う、うむ。私の奢りだ。何でもいいぞ。遠慮するな」
「うん!」
どれがいいかなーと、お品書きを見ている魏延に、
「きょ、今日はすまないな。朝早くに急に作ってもらって」
「全然いいよ。僕、料理するの好きだから」
そう言って、またお品書きに目を落とす。
「ここの麻婆豆腐食べてみたかったんだ。高いから、なかなか行けなくて……味付けが他のお店とかわってるんだって。食べて覚えて、帰ったら試してみよっと。あ、馬岱さん味見してね」
「……ごめんなさい」
「え?」
「もうなんていうか、色々とごめんなさい。勘弁して下さい。ほんと、生きててすみません」
「ええええええ!!!???」
はぁと、馬岱は溜息を吐き、魏延の顔を眺めた。
今日のランチは魏延印のサンドイッチでしたとさ、チャンチャン♪