あやかし姫~そのお出かけの日(15)~
黒之丞の手作り弁当を食べ終えた朱桜は、白蝉と並んで、黒之助と黒之丞の掃除を見ていた。
黒之助は大雑把に、黒之丞は細かく丁寧に。
黒之助が荒くやった後を、黒之丞が繕って。
二人はそんな様、であった。
「誰ぞ、来ているようだが」
「星熊童子だろう」
「……ほぉ、東の城主か」
黒之丞は、ふぅんと頷くと、枯れ葉を拾った。
星熊童子というと、妖の中では高名だが、今さら大妖でない者に驚く化け蜘蛛ではなかった。
「静か、ですね」
「……」
「何ぞ、ありましたか?」
「……」
「いえ、わかりきったことですね……何が、あったのですか?」
ぴくっと、朱桜が身動ぎした。
「言いたくないことですか?」
また、ぴくっと、身動ぎする。
しょんぼりとした朱桜は、ぽかぽか自分の頭を叩き始めた。
「駄目ですよ。痛いですよ?」
「駄目なのは、私なのです!」
黒之丞が、手を止め、大きな目を、朱桜と黒之助に交互に向ける。
黒之助も手を止めると、二人のやり取りに視線を向けた。
「駄目、ですか? それはまた、どうして?」
「……今日、火羅さんと葉子さんを、傷つけてしまったです」
「火羅と、葉子を? あの二人を? 朱桜が? あの二人だぞ?」
「らしいな」
黙って見ていよう――そう、手振りで示唆する。
わかった――そう、手振りで示唆した。
二人とも、腕を組んで、同じ姿勢で佇んでいた。
黒之丞は、森に注意を向けることを、怠らなかった。
「火羅さんと、同じになってしまいました。あの、悪い人に」
「火羅さんは、悪い人、なのですか?」
「悪い人、です、多分……」
「葉子さんは、そうは言っていませんでしたが」
「きっと、騙されてるのですよ。恐ろしい奴です。一体、どんな色仕掛けを……」
ぷふぅーと、森で、何やら妙な音がした。
黒之助が、顎を大きく開いた。
黒之丞が、怪訝そうな顔をして、
「色仕掛け?」
そう、呟いた。
「むぅ……だ、だいぶ、困惑されているのだな」
火羅はね、っと、朱桜は、身振り手振りを交えながら、白蝉に説明しだした。
朱桜と咲夜を襲ったこと。
姫様への、嫌な眼差し。
姫様も、嫌っていたこと。
それが、いつの間にか、手の平を返したこと。
「あ……ごめんです」
「よく、知っていますね」
「私は、彩花様を守るです。だから、悪い奴は、見張ってるです」
「でも、彩花さんは、悪い人だと、言っていないのでしょう?」
「……だからぁ、騙されてるですよぉ」
めそ、
めそめそ、
めそめそめそ。
「朱桜ちゃん!」
「は、はいです!」
「火羅という方を敵視するのは、やまめしょうか」
「え、え」
白蝉が声を荒げるのを、朱桜は初めて耳にした。
それは、黒之助も同じだった。
朱桜は、え、え、と、繰り返す。
白蝉は、
「多分、ためにならないと思いますよ」
そう、言った。
「彩花様の」
「朱桜ちゃんの、です。嫌われますよ?」
「き、嫌われる? だ、誰に?」
――彩花さんに。
その瞬間、朱桜の顔が、蒼冷めた。
黒之丞が、きちちと鳴く。
黒之助が、錫杖を鳴らす。
二人とも、戦構えをとっていた。
「火羅さんは、彩花さんのお友達なのでしょう? その人の悪口ばかり言って……そして、火羅さんが、朱桜ちゃんの悪口を、言わなかったら?」
「うぅぅ……」
「自然、彩花さんは、火羅さんに心を傾けるでしょうね」
黒之丞が、ぱち、ぱちと、目を開け閉めした。
「それは、俺のこと……」
「もう、遊んでくれませんよ?」
「い、いやです!」
「じゃあ、これからは、悪口言わない」
「で、でも、火羅は」
「朱桜殿」
「く、クロさん」
「拙者が見ていますゆえ、大丈夫でござろうよ」
「……う、う、う……」
頭を、抱える。
角が、伸び縮みする。
「き、嫌われたく、ないです。彩花様に、嫌われたくないです。ずっとずっと、私のお姉さんでいてほしいのです」
「じゃあ、決まりかな?」
「で、でも……」
「朱桜ちゃんは、彩花さんが火羅さんにとられるのが、嫌なの?」
小さく、ほんの小さく、朱桜は、顎を引いた。
「……大丈夫ですよ。朱桜ちゃんや葉子さんが大好きな彩花さんなら」
「そう、かな……」
「私は、彩花さんをよく知るわけではありませんが……ご本人の声、お三方の声から考えるに……大丈夫だと、思います」
「……信じられる?」
「さぁ。結局の所、朱桜ちゃんの心持ちしだいですが」
「信じられます。私の彩花様なら」
「そう」
「ありがとです」
ぺこんとお辞儀。
「いえいえ」
「本当にありがとです」
「たまには、声を聞かせてね」
「はいです! 喜んでです!」
森の妖気が、引いていた。
黒之丞は、白蝉に近づくと、
「さっきのは、俺のことか?」
そう、尋ねた。
「はい?」
「はいです?」
黒之助が笑い声をあげる。
朱桜と白蝉が、同じように小首を傾げたのだ。
「お、俺と、羽矢風の? あ、あいつ、俺の」
白蝉が、反対側に小首を傾ける。
黒之助は、きちんと首に糸を付けているのだなと、思った。
「ねぇねぇ、クロさんクロさん」
「何でしょうか」
「きちんと、見張ってるですよ。色仕掛けに、迷うては駄目ですよ」
「……」
どこでそんな言葉を――詳しく問うと、大妖とその弟に背後から襲われそうだから、黒之助は聞かなかったことにしておいた。
朱桜のあの姿なら、迷うかもしぬなと、ふと思った。
黒之助は大雑把に、黒之丞は細かく丁寧に。
黒之助が荒くやった後を、黒之丞が繕って。
二人はそんな様、であった。
「誰ぞ、来ているようだが」
「星熊童子だろう」
「……ほぉ、東の城主か」
黒之丞は、ふぅんと頷くと、枯れ葉を拾った。
星熊童子というと、妖の中では高名だが、今さら大妖でない者に驚く化け蜘蛛ではなかった。
「静か、ですね」
「……」
「何ぞ、ありましたか?」
「……」
「いえ、わかりきったことですね……何が、あったのですか?」
ぴくっと、朱桜が身動ぎした。
「言いたくないことですか?」
また、ぴくっと、身動ぎする。
しょんぼりとした朱桜は、ぽかぽか自分の頭を叩き始めた。
「駄目ですよ。痛いですよ?」
「駄目なのは、私なのです!」
黒之丞が、手を止め、大きな目を、朱桜と黒之助に交互に向ける。
黒之助も手を止めると、二人のやり取りに視線を向けた。
「駄目、ですか? それはまた、どうして?」
「……今日、火羅さんと葉子さんを、傷つけてしまったです」
「火羅と、葉子を? あの二人を? 朱桜が? あの二人だぞ?」
「らしいな」
黙って見ていよう――そう、手振りで示唆する。
わかった――そう、手振りで示唆した。
二人とも、腕を組んで、同じ姿勢で佇んでいた。
黒之丞は、森に注意を向けることを、怠らなかった。
「火羅さんと、同じになってしまいました。あの、悪い人に」
「火羅さんは、悪い人、なのですか?」
「悪い人、です、多分……」
「葉子さんは、そうは言っていませんでしたが」
「きっと、騙されてるのですよ。恐ろしい奴です。一体、どんな色仕掛けを……」
ぷふぅーと、森で、何やら妙な音がした。
黒之助が、顎を大きく開いた。
黒之丞が、怪訝そうな顔をして、
「色仕掛け?」
そう、呟いた。
「むぅ……だ、だいぶ、困惑されているのだな」
火羅はね、っと、朱桜は、身振り手振りを交えながら、白蝉に説明しだした。
朱桜と咲夜を襲ったこと。
姫様への、嫌な眼差し。
姫様も、嫌っていたこと。
それが、いつの間にか、手の平を返したこと。
「あ……ごめんです」
「よく、知っていますね」
「私は、彩花様を守るです。だから、悪い奴は、見張ってるです」
「でも、彩花さんは、悪い人だと、言っていないのでしょう?」
「……だからぁ、騙されてるですよぉ」
めそ、
めそめそ、
めそめそめそ。
「朱桜ちゃん!」
「は、はいです!」
「火羅という方を敵視するのは、やまめしょうか」
「え、え」
白蝉が声を荒げるのを、朱桜は初めて耳にした。
それは、黒之助も同じだった。
朱桜は、え、え、と、繰り返す。
白蝉は、
「多分、ためにならないと思いますよ」
そう、言った。
「彩花様の」
「朱桜ちゃんの、です。嫌われますよ?」
「き、嫌われる? だ、誰に?」
――彩花さんに。
その瞬間、朱桜の顔が、蒼冷めた。
黒之丞が、きちちと鳴く。
黒之助が、錫杖を鳴らす。
二人とも、戦構えをとっていた。
「火羅さんは、彩花さんのお友達なのでしょう? その人の悪口ばかり言って……そして、火羅さんが、朱桜ちゃんの悪口を、言わなかったら?」
「うぅぅ……」
「自然、彩花さんは、火羅さんに心を傾けるでしょうね」
黒之丞が、ぱち、ぱちと、目を開け閉めした。
「それは、俺のこと……」
「もう、遊んでくれませんよ?」
「い、いやです!」
「じゃあ、これからは、悪口言わない」
「で、でも、火羅は」
「朱桜殿」
「く、クロさん」
「拙者が見ていますゆえ、大丈夫でござろうよ」
「……う、う、う……」
頭を、抱える。
角が、伸び縮みする。
「き、嫌われたく、ないです。彩花様に、嫌われたくないです。ずっとずっと、私のお姉さんでいてほしいのです」
「じゃあ、決まりかな?」
「で、でも……」
「朱桜ちゃんは、彩花さんが火羅さんにとられるのが、嫌なの?」
小さく、ほんの小さく、朱桜は、顎を引いた。
「……大丈夫ですよ。朱桜ちゃんや葉子さんが大好きな彩花さんなら」
「そう、かな……」
「私は、彩花さんをよく知るわけではありませんが……ご本人の声、お三方の声から考えるに……大丈夫だと、思います」
「……信じられる?」
「さぁ。結局の所、朱桜ちゃんの心持ちしだいですが」
「信じられます。私の彩花様なら」
「そう」
「ありがとです」
ぺこんとお辞儀。
「いえいえ」
「本当にありがとです」
「たまには、声を聞かせてね」
「はいです! 喜んでです!」
森の妖気が、引いていた。
黒之丞は、白蝉に近づくと、
「さっきのは、俺のことか?」
そう、尋ねた。
「はい?」
「はいです?」
黒之助が笑い声をあげる。
朱桜と白蝉が、同じように小首を傾げたのだ。
「お、俺と、羽矢風の? あ、あいつ、俺の」
白蝉が、反対側に小首を傾ける。
黒之助は、きちんと首に糸を付けているのだなと、思った。
「ねぇねぇ、クロさんクロさん」
「何でしょうか」
「きちんと、見張ってるですよ。色仕掛けに、迷うては駄目ですよ」
「……」
どこでそんな言葉を――詳しく問うと、大妖とその弟に背後から襲われそうだから、黒之助は聞かなかったことにしておいた。
朱桜のあの姿なら、迷うかもしぬなと、ふと思った。