あやかし姫番外編~幻の終わり~
「注意」
本編とはいっぱい違うよー(。・ω・。)
ぱられるです、ぱられる
桃の花の芳しい匂いが座敷まで運ばれてくる。
もう、春なのだ。
一人でいる屋敷は広く、しんみりとしていた。
色々なことがあったと火羅は思った。
色々なことがあって、色々なものを失ってしまった。
彩花が死んだことが、全ての切っ掛けだった。
全てがおかしくなる切っ掛けだった。
まだ幼い双子と金銀妖瞳の妖狼を残して、呆気なく彩花は逝ってしまった。
最愛の人を失った太郎は自暴自棄になり、誰の言葉も耳に入らないようだった。酒に溺れ、喧嘩に明け暮れ、あれだけ慈しんでいた子供達ですらも顧みなかった。
そして、つまらない争いで命を落とした。
孤児となった双子は、一騒動の後、葉子と火羅の手で育てることになった。
慣れ親しんだ古寺を引き払い、小さな屋敷に移り住んだ。
古寺に住み続けるには、眩しい思い出が多すぎた。
葉子は、双子におばあちゃんと呼ばれると、満更でもない顔をしていた。
火羅は、双子に、お姉ちゃんと呼ばせていた。おばちゃんと言うと、懇々と諭した。
独り立ちするまで双子を育てると、満足したように、葉子は息を引き取った。眠っているような亡骸を、彩花と太郎の墓の隣に葬った。
酒呑童子と鈴鹿御前の後を継ぎ、東西の鬼達を束ねるようになった朱桜と、双子を誰が育てるか争った。朱桜は自分の手で育てたがったが、結局葉子が押し切った。
それ以後、喧騒が嘘のように顔を合わさなくなった。黒之助とも咲夜ともそうだった。
時折顔を見せる光や沙羅から、咲夜の子供達が四方に散っていた妖狼を束ね、黒之助が天狗の中で着々と地位を固めていると聞いた。葉子が死ぬと光が寄りつかなくなり、月心が死んで仏門に入った沙羅とも、やはり縁遠くなった。
新しい家族を持った双子が屋敷を出ていき、葉子が亡くなると、火羅は彩華と暮らすようになった。それまでは、彩華の求めに応じて、火羅が出向いていた。彩華に、他の夜伽の相手がいることは知っていた。繋ぎ止められない自分が情けなかった。
一緒に暮らすようになったが、彩華は自由だった。通うだけではなく、男女問わず屋敷に連れ込みもした。そのくせ、彩華以外が火羅に触れることを許さなかった。
彩華はあちこちを飛びまわることが多く、火羅は屋敷で一人でいることが多かった。結局戻ってくるとわかっていたから、ついつい堪えてしまった。最初から歪な関係だったのだ。寂しいと言えなかった。小妖達もいない屋敷は、一人では広すぎた。
ある時、暗い顔をして帰ってくると、止められなかったと呟き、火羅の躰を求めた。
三日三晩、互いを貪り合った。
大きな戦があったと知ったのは、後々のことだった。
朱桜が従弟と謀り、天狗や妖狼を巻き込んで、時の朝廷に戦いを挑んだのだ。朱桜にとって、義姉を失ったことは、拭い去れない怨みだったのだ。
大きく激しい戦だった。
勝ったのは人だった。
朱桜も、その従弟も、鞍馬の新しい大天狗も、咲夜の子供達も、死んだ。
首謀者であった朱桜は、首を刎ねられ都で晒された。
光と白月が持ち去った朱桜の首は、穏やかな微笑みを浮かべていて、義姉とよく似ていた。
やっと安らげたのだと火羅は思った。
朱桜が死に、葉子が死んで、光は白月と一緒になるのかと火羅は考えていたが、ついぞそのようなことはなかった。光は決められなかったのだ。白月は、光君らしいと寂しげに笑っていた。
火羅は、全てが終わった後に、戦のことを知らされた。朱桜の首を見たときだった。どうして教えてくれなかったのだと泣いて抗議したが、お前を失いたくなかったのだと取り乱されると、日頃あれほど蔑ろにされているのに、それ以上強く言えなかった。
彩華が戦を避けようとしていたのが意外だった。
今考えるに、その頃から、彩華の狂気は鎮まっていたのだろう。
中央に蔓延っていた妖達がこの戦で一掃されたことで、人と神と妖の釣り合いは大きく崩れ、闇は次第に消えていった。
九尾の狐が滅んだのも大きかった。
大陸から人の軍隊と一緒に渡航した同族達と争い、互いに潰滅したのだ。
あの大妖玉藻御前も、自身の弟と相討ちになった。
火羅は、咳をした。血の混じった咳だ。左手で、口を押さえた。
利き腕ではない。利き腕はなかった。右手も右足も失っていた。
右半身を儀式に持っていかれたのだ。
彩華と同じ存在になろうと切に望み、八霊の遺した儀式を行ったが、失敗した。その後、彩華の夜の相手を務めたことはない。もう、務められなかった。
背中の火傷を消し去るほどの深い傷が、体中に残っている。肌の残っている部分の方が少ないほどであった。顔も、白い布を巻いて隠している。
人目に晒したくなかった。彩花が羨やんだ胸も、無惨なものだ。
右目も、右耳もない。臓腑も幾つか失っている。動くのにも萎えた左足では一苦労だ。だから、大抵、床に伏していた。
夜の相手を務められなくなり、屍同然となり、今度こそ彩華に捨てられると思ったが、甲斐甲斐しく世話してくれた。儀式に失敗してからが、一番優しくされたように思う。愛されているのかどうかは、わからない。
咳が止まらなかった。掌に巻いた白い包帯が吐き出した血で染まっている。
そろそろだろうと、火羅は思った。随分と長生きした。人とつがいになり、先立たれ、静かな余生を過ごしていた黒之丞も沙羅も、既に亡くなっている。北で乱を起こした光も潰えた。一緒にはならなかったが、白月が光の最後を手に入れた。親しかった者達は、みんな、死んだ。双子も天寿を全うした。
誰にも看取られず、孤独に死ぬのか――それも、悪くなかった。
気になるのは彩華のことだ。
火羅は、彩華がいたから、彩花が死んでも耐えられた。
太郎も葉子も黒之助も朱桜も、耐えられなかった。
彩華は――大丈夫だろう。所詮自分は、彩華の玩具で、何時でも放り出せる。そう思うと、全てが虚しかった。そして、嬉しかった。彩華なら、大丈夫だ。心配ない。
気分が楽になった。
背中に手が当てられていて、そこから暖かみが広がっていた。
「火羅……大丈夫か?」
「彩華……帰ってたの」
「ああ」
「随分と長い留守だったわね。今回の相手を、よほど気に入ったのかしら?」
「んふ、いい男よ」
何とも言いようのない顔をしていた。いつもの傲岸不遜が、どこにもない。彩華には似つかわしくなかった。
儀式に失敗してから、夜の相手を求めることはなくなったと、火羅は知っていた。
「そう……」
「灼いているのか?」
「まさか、呆れてるの」
「そうかよ。話がまとまった。これで義理は果たした。やっと自由の身よ」
身体を持ち上げられた。それから、縁側に運ばれた。多分、縁側だろう。よく、そうやって、懐かしい場所に運んでくれる。
今日は小春日和のようだ。目はほとんど見えないが、鼻でなんとなくわかった。
「よかったじゃない」
あやかし姫――そう、彩華も、呼ばれるようになっていた。
本人は嫌がっていたが、皆はそう呼んだ。
火羅がその名で呼んだことはない。
残った妖達を束ねているのは事実だった。
他に束ねられる者はいなかったのだ。
「二人で、宿でもやろうか。人も、妖も、神も、関係なく泊まれる、宿を」
「悪くないわね。温泉宿なんて、どう? 北の温泉は、よかったわよ」
金銀妖瞳の山姥がやっていた温泉宿も、今は朽ち果てている。
妖は、人よりずっと寿命が長いけれど、不死ではなかった。
「ねぇ、彩華……」
口元を拭われた。
左手を強く握られている。
何度も弄ばれた、冷たい指だった。
「言うな」
喋るたびに、赤いものが口から溢れた。
ひたひたと彩華を汚していく。
風が心地良かった。
黒髪が流れている。
紅髪と混ざり合った。
「彩華にとって」
「それ以上、喋るな」
「私は、何だったの?」
「喋るな……火羅」
「教えてよ……私は、貴方にとって、」
答えは決まっている。
それでも尋ね続けた。
「妾の、最愛の人だったよ」
違う、答えだ。
聞きたかった。
ずっと、聞きたかった。
「……そっかぁ……うん」
最後に目にしたのは、彩華の泣き顔だった。
いつもいつも泣かされたから、最後は泣かしてやったと、火羅は思った。
彩花と赤麗に、いい土産話が出来た。
火羅の左手が――力無く垂れた。
「ちぇっ……妾は何時、そっちへいけるのだろうなぁ」
少女が、庭の片隅の小さな紅い石に、話しかけていた。
「お前がいなくなって寂しくあるよ……ああ、客人だ。何やら、楽しげな匂いがするな」
ようこそ――そう、軽やかな声を出すと、彩華は妖達の生き残りを従え、宿の客を出迎えた。
石は、庭の片隅に、ぽつんと一つ置かれていた。
真っ赤な、真っ赤な、石だった。
ってなわけで、かんなりBADENDなあやかし姫でしたー
ここからイカダさんのすんばらしいお話に続くわけです(。・ω・。)
で、本編は何時?
本編とはいっぱい違うよー(。・ω・。)
ぱられるです、ぱられる
桃の花の芳しい匂いが座敷まで運ばれてくる。
もう、春なのだ。
一人でいる屋敷は広く、しんみりとしていた。
色々なことがあったと火羅は思った。
色々なことがあって、色々なものを失ってしまった。
彩花が死んだことが、全ての切っ掛けだった。
全てがおかしくなる切っ掛けだった。
まだ幼い双子と金銀妖瞳の妖狼を残して、呆気なく彩花は逝ってしまった。
最愛の人を失った太郎は自暴自棄になり、誰の言葉も耳に入らないようだった。酒に溺れ、喧嘩に明け暮れ、あれだけ慈しんでいた子供達ですらも顧みなかった。
そして、つまらない争いで命を落とした。
孤児となった双子は、一騒動の後、葉子と火羅の手で育てることになった。
慣れ親しんだ古寺を引き払い、小さな屋敷に移り住んだ。
古寺に住み続けるには、眩しい思い出が多すぎた。
葉子は、双子におばあちゃんと呼ばれると、満更でもない顔をしていた。
火羅は、双子に、お姉ちゃんと呼ばせていた。おばちゃんと言うと、懇々と諭した。
独り立ちするまで双子を育てると、満足したように、葉子は息を引き取った。眠っているような亡骸を、彩花と太郎の墓の隣に葬った。
酒呑童子と鈴鹿御前の後を継ぎ、東西の鬼達を束ねるようになった朱桜と、双子を誰が育てるか争った。朱桜は自分の手で育てたがったが、結局葉子が押し切った。
それ以後、喧騒が嘘のように顔を合わさなくなった。黒之助とも咲夜ともそうだった。
時折顔を見せる光や沙羅から、咲夜の子供達が四方に散っていた妖狼を束ね、黒之助が天狗の中で着々と地位を固めていると聞いた。葉子が死ぬと光が寄りつかなくなり、月心が死んで仏門に入った沙羅とも、やはり縁遠くなった。
新しい家族を持った双子が屋敷を出ていき、葉子が亡くなると、火羅は彩華と暮らすようになった。それまでは、彩華の求めに応じて、火羅が出向いていた。彩華に、他の夜伽の相手がいることは知っていた。繋ぎ止められない自分が情けなかった。
一緒に暮らすようになったが、彩華は自由だった。通うだけではなく、男女問わず屋敷に連れ込みもした。そのくせ、彩華以外が火羅に触れることを許さなかった。
彩華はあちこちを飛びまわることが多く、火羅は屋敷で一人でいることが多かった。結局戻ってくるとわかっていたから、ついつい堪えてしまった。最初から歪な関係だったのだ。寂しいと言えなかった。小妖達もいない屋敷は、一人では広すぎた。
ある時、暗い顔をして帰ってくると、止められなかったと呟き、火羅の躰を求めた。
三日三晩、互いを貪り合った。
大きな戦があったと知ったのは、後々のことだった。
朱桜が従弟と謀り、天狗や妖狼を巻き込んで、時の朝廷に戦いを挑んだのだ。朱桜にとって、義姉を失ったことは、拭い去れない怨みだったのだ。
大きく激しい戦だった。
勝ったのは人だった。
朱桜も、その従弟も、鞍馬の新しい大天狗も、咲夜の子供達も、死んだ。
首謀者であった朱桜は、首を刎ねられ都で晒された。
光と白月が持ち去った朱桜の首は、穏やかな微笑みを浮かべていて、義姉とよく似ていた。
やっと安らげたのだと火羅は思った。
朱桜が死に、葉子が死んで、光は白月と一緒になるのかと火羅は考えていたが、ついぞそのようなことはなかった。光は決められなかったのだ。白月は、光君らしいと寂しげに笑っていた。
火羅は、全てが終わった後に、戦のことを知らされた。朱桜の首を見たときだった。どうして教えてくれなかったのだと泣いて抗議したが、お前を失いたくなかったのだと取り乱されると、日頃あれほど蔑ろにされているのに、それ以上強く言えなかった。
彩華が戦を避けようとしていたのが意外だった。
今考えるに、その頃から、彩華の狂気は鎮まっていたのだろう。
中央に蔓延っていた妖達がこの戦で一掃されたことで、人と神と妖の釣り合いは大きく崩れ、闇は次第に消えていった。
九尾の狐が滅んだのも大きかった。
大陸から人の軍隊と一緒に渡航した同族達と争い、互いに潰滅したのだ。
あの大妖玉藻御前も、自身の弟と相討ちになった。
火羅は、咳をした。血の混じった咳だ。左手で、口を押さえた。
利き腕ではない。利き腕はなかった。右手も右足も失っていた。
右半身を儀式に持っていかれたのだ。
彩華と同じ存在になろうと切に望み、八霊の遺した儀式を行ったが、失敗した。その後、彩華の夜の相手を務めたことはない。もう、務められなかった。
背中の火傷を消し去るほどの深い傷が、体中に残っている。肌の残っている部分の方が少ないほどであった。顔も、白い布を巻いて隠している。
人目に晒したくなかった。彩花が羨やんだ胸も、無惨なものだ。
右目も、右耳もない。臓腑も幾つか失っている。動くのにも萎えた左足では一苦労だ。だから、大抵、床に伏していた。
夜の相手を務められなくなり、屍同然となり、今度こそ彩華に捨てられると思ったが、甲斐甲斐しく世話してくれた。儀式に失敗してからが、一番優しくされたように思う。愛されているのかどうかは、わからない。
咳が止まらなかった。掌に巻いた白い包帯が吐き出した血で染まっている。
そろそろだろうと、火羅は思った。随分と長生きした。人とつがいになり、先立たれ、静かな余生を過ごしていた黒之丞も沙羅も、既に亡くなっている。北で乱を起こした光も潰えた。一緒にはならなかったが、白月が光の最後を手に入れた。親しかった者達は、みんな、死んだ。双子も天寿を全うした。
誰にも看取られず、孤独に死ぬのか――それも、悪くなかった。
気になるのは彩華のことだ。
火羅は、彩華がいたから、彩花が死んでも耐えられた。
太郎も葉子も黒之助も朱桜も、耐えられなかった。
彩華は――大丈夫だろう。所詮自分は、彩華の玩具で、何時でも放り出せる。そう思うと、全てが虚しかった。そして、嬉しかった。彩華なら、大丈夫だ。心配ない。
気分が楽になった。
背中に手が当てられていて、そこから暖かみが広がっていた。
「火羅……大丈夫か?」
「彩華……帰ってたの」
「ああ」
「随分と長い留守だったわね。今回の相手を、よほど気に入ったのかしら?」
「んふ、いい男よ」
何とも言いようのない顔をしていた。いつもの傲岸不遜が、どこにもない。彩華には似つかわしくなかった。
儀式に失敗してから、夜の相手を求めることはなくなったと、火羅は知っていた。
「そう……」
「灼いているのか?」
「まさか、呆れてるの」
「そうかよ。話がまとまった。これで義理は果たした。やっと自由の身よ」
身体を持ち上げられた。それから、縁側に運ばれた。多分、縁側だろう。よく、そうやって、懐かしい場所に運んでくれる。
今日は小春日和のようだ。目はほとんど見えないが、鼻でなんとなくわかった。
「よかったじゃない」
あやかし姫――そう、彩華も、呼ばれるようになっていた。
本人は嫌がっていたが、皆はそう呼んだ。
火羅がその名で呼んだことはない。
残った妖達を束ねているのは事実だった。
他に束ねられる者はいなかったのだ。
「二人で、宿でもやろうか。人も、妖も、神も、関係なく泊まれる、宿を」
「悪くないわね。温泉宿なんて、どう? 北の温泉は、よかったわよ」
金銀妖瞳の山姥がやっていた温泉宿も、今は朽ち果てている。
妖は、人よりずっと寿命が長いけれど、不死ではなかった。
「ねぇ、彩華……」
口元を拭われた。
左手を強く握られている。
何度も弄ばれた、冷たい指だった。
「言うな」
喋るたびに、赤いものが口から溢れた。
ひたひたと彩華を汚していく。
風が心地良かった。
黒髪が流れている。
紅髪と混ざり合った。
「彩華にとって」
「それ以上、喋るな」
「私は、何だったの?」
「喋るな……火羅」
「教えてよ……私は、貴方にとって、」
答えは決まっている。
それでも尋ね続けた。
「妾の、最愛の人だったよ」
違う、答えだ。
聞きたかった。
ずっと、聞きたかった。
「……そっかぁ……うん」
最後に目にしたのは、彩華の泣き顔だった。
いつもいつも泣かされたから、最後は泣かしてやったと、火羅は思った。
彩花と赤麗に、いい土産話が出来た。
火羅の左手が――力無く垂れた。
「ちぇっ……妾は何時、そっちへいけるのだろうなぁ」
少女が、庭の片隅の小さな紅い石に、話しかけていた。
「お前がいなくなって寂しくあるよ……ああ、客人だ。何やら、楽しげな匂いがするな」
ようこそ――そう、軽やかな声を出すと、彩華は妖達の生き残りを従え、宿の客を出迎えた。
石は、庭の片隅に、ぽつんと一つ置かれていた。
真っ赤な、真っ赤な、石だった。
ってなわけで、かんなりBADENDなあやかし姫でしたー
ここからイカダさんのすんばらしいお話に続くわけです(。・ω・。)
で、本編は何時?