あやかし姫~妖狼の琵琶~
赤麗は歌が好きだった。
火羅のためだけに歌ってくれた。
素朴な歌声が好きだった。
そんな思い出も昔のこと、赤麗は儚くなったのだ。
今は、彩花がいる。
ほろり、ほろりと、琵琶を弾く。
名人芸とまではいかないまでも、聞かせられるようになるまで腕を磨いた。
近隣の妖達を招いた宴で琵琶を弾くのは、妖狼の姫君としての義務だったのだ。
今は、自分の意志で弾いていた。
腰を地面に下ろし、足を横に流し、彩花が耳を傾けてくれる。
それだけで十分だった。
万の客などいらない。
かってのように、技巧を凝らすわけではない。
想いに任せた、流れるような調べ。
二人だけの舞台だった。
はだけた肩、紅の髪。
胸元を晒し、尾をくねらす。
残雪と新芽、夜気は冷たい。
白梅がほんのりと色づいている。
上弦の蒼月が笑っている。
風は緩やかに黒髪と戯れ、闇は包み込むような優しさを帯びている。
穏やかな旋律が大気に溶け込んでいく。
歌が、聞こえてくるようだ。
素朴で優しい歌だった。
旋律と交わるのを、確かに聞いた。
確かに寄り添ってくれていた。
撥を止める。
火羅は、一つ、息を吐いた。
顔を隠すように、髪を弄んだ。
目を閉じている彩花は、余韻に浸っているようだった。
万雷の拍手よりも胸に滲みた。
気配が消えるのを感じる。
聞いてくれたのと、火羅は思った。
彩花の吐息が、静かに漏れた。