小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~妖狼の琵琶~

 赤麗は歌が好きだった。
 火羅のためだけに歌ってくれた。
 素朴な歌声が好きだった。
 そんな思い出も昔のこと、赤麗は儚くなったのだ。
 今は、彩花がいる。
 ほろり、ほろりと、琵琶を弾く。
 名人芸とまではいかないまでも、聞かせられるようになるまで腕を磨いた。
 近隣の妖達を招いた宴で琵琶を弾くのは、妖狼の姫君としての義務だったのだ。
 今は、自分の意志で弾いていた。
 腰を地面に下ろし、足を横に流し、彩花が耳を傾けてくれる。
 それだけで十分だった。
 万の客などいらない。
 かってのように、技巧を凝らすわけではない。
 想いに任せた、流れるような調べ。
 二人だけの舞台だった。
 はだけた肩、紅の髪。
 胸元を晒し、尾をくねらす。
 残雪と新芽、夜気は冷たい。
 白梅がほんのりと色づいている。
 上弦の蒼月が笑っている。
 風は緩やかに黒髪と戯れ、闇は包み込むような優しさを帯びている。
 穏やかな旋律が大気に溶け込んでいく。
 歌が、聞こえてくるようだ。
 素朴で優しい歌だった。
 旋律と交わるのを、確かに聞いた。
 確かに寄り添ってくれていた。
 撥を止める。
 火羅は、一つ、息を吐いた。
 顔を隠すように、髪を弄んだ。
 目を閉じている彩花は、余韻に浸っているようだった。
 万雷の拍手よりも胸に滲みた。
 気配が消えるのを感じる。
 聞いてくれたのと、火羅は思った。
 彩花の吐息が、静かに漏れた。