小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~跡目争い(24)~

「成功です、成功しましたよー」
「……お前、ら」
「あんた達」
 ずんずんと朱桜が先導する森で、待っていたのは黒い男と白い女。
 細々と生える木々や草々を掻き分けた先、一人はよく知っている顔で、もう一人は僅かに、だけど忘れる訳のない顔だった。
「無事でござるか、朱桜殿、葉子殿」
 険しい顔付きの烏天狗がそこにいた。
 ちょこんと跳ねるように、朱桜は黒之助の前に出た。
「はいです、はいです、はいですよー」
 にへらとする朱桜は、いつもの童女の姿だった。
「黒之助、てめぇ」
「太郎殿は頑丈さだけが取り柄だからな」
 やはり、黒之助が一枚噛んでいたのだ。
 そうでなければ、聡い朱桜があそこまでやるはずがなかっ……やるかもしれないと、上機嫌な朱桜を見ながら太郎は思った。
「クロちゃん、そちらの方はさ、あの時の」
 太郎の背中から下りながら、葉子が言った。
 白天狗は、顔を横向けていた。まるで、朱桜を避けるように。
 こそこそと遠慮がちに動く朱桜は、黒之助を挟んで、ちょうど白天狗の反対側に場所を移した。
「なずなだ。どうも雲行きが怪しいのでな、連れてきた」
「むー、それは知りませんですよ」
 気分を害したような口ぶりに、葉子は危惧を抱いた。
 なずなは、黒之助の元許嫁で、瀧夜叉と結んだ白天狗、朱桜が恨んでいい女だ。
 黒之助も、少し緊張している。探るような眼差しは、古寺に来たばかりと同じだ。
 朱桜が童女のままなので、葉子は安堵した。
 余計な揉め事は避けたいのだ。
 火羅とは違うのさねと不思議にも思った。
「邪魔なのか?」
 なずなが、言った。
「邪魔なら、戻るが」
「戻れば殺されるぞ」
「別に構わない。瀧夜叉も死んだ、金咬も死んだ」
「一人増えても、どうということはあるまい」
 投げやりな言葉を遮るように、黒之助が言った。
 それから、助けを求めるように、顔を太郎達に向けた。
「……あたいよりは戦力になるよねぇ」
「はぁ、黒さんがどうしてもと言うなら」
 朱桜が頷いたので、太郎も是とした。
 鬼ならばいざ知らず、関わりの薄い天狗のいざこざなど太郎はどうでもよかった。
 今も、いつも、大事なことは決まっている。
 そのために、動くだけだ。
「これから、どうすんだ。姫様の居場所、掴めたのか?」
「おおよそだが」
「太郎さん!」
「太郎!」
「……どこだよ?」
 巨大な妖狼が馬乗りになっていた。
 のど元に突きつけられた錫杖は、なずなが伸ばしたものだった。
「話は最後まで聞け」
 こつっと、黒之助が獣の顎を叩く。怒気よりも、呆れの色合いが強かった。
「……おぅ」
「姫さん……各々既に承知の通り、今、二人の姫さんがいる。金咬の首を取った姫さんと、火羅と一緒にいるあの姫さんだ」
「それで?」
「火羅は、方々で目撃されている。あの姫さん、派手に暴れているようだ。もう一人の姫さんだが、二人の後を追うように動いている。拙者が知る目撃例はそうだ。ふらふらと、しかし確かに、二人の後を追っている」
「暴れてるって」
「あの御仁ならさもありなんだろう。火羅とあの姫さんが向かったのは、九州だ。もう一人の姫さんもそこに向かっているはずなのだ」
「九州、どうして九州なんだい? あの子は、もう」
 九州と聞いて、葉子が狼狽えた。
 九州を治めているのは葉子の同族、西の妖狼とその同盟者達を降した金銀九尾の狐だ。
「火羅が西の妖狼の姫君だからですか?」
 朱桜が率直に言った。
 最悪の考えだった。
 さすがにそれは、看過出来ない。
「あいつは姫君の役を下りたんだ。もう、懲り懲りなはずだぜ。いくら彩華とつるんでるからって」
「西へ西へ動いているのだ」
 そんなあやふやな理由だけで、幼い朱桜を巻き込むだろうか。
 黒之助の視線が一瞬泳いだ。
 太郎や朱桜は気づかなかったが、昔の目のようだと感じていた葉子だけは気づいた。
「クロちゃん、何を隠してるさよ」
「拙者は、隠してなど」
「隠し事は、なしさよ」
 妖狼が牙を剥く。
 朱桜があわと両手を動かす。
 剣呑な空気が流れる。
 ひやりとした、肌に突き刺さるような、嵐の前の夕暮れの空気。
 葉子がさらに言い募ろうとした。
「九州が、落ちた」
 なずなが、面のような表情のまま、ぽつりと言った。
「九尾が敗れた。それで、」
 短く、抑揚のない言葉を遮ったのは白狐だった。
「九尾が……え? ちょっと、ちょっと待つさよ、どうしてそんなことになるさよ? それは、あの姫様は、玉藻御前様を追い返したよ。でも、だから、え?」
 思わず、頭を押さえていた。
「大陸から渡ってきた妖が九州を圧巻し、九尾を追い落とした。金の一族の若頭は死に、銀の一族の若頭と玉藻御前は行方知れず。そうだな、黒之助」
 流暢に話すなずなは冷静だった。
 黒之助が、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら頷いた。
 ふぇと漏らした朱桜が心配そうに葉子を見やった。
「木助が、玉藻御前様が、行方知れず? じゃ、じゃあ、葉美は? あの子のお腹には」
「夫婦共にだ」 
 蒼白になった葉子が、腰を落とした。
「葉子殿は、もしかして九尾の?」
 それまでそっぽを向いていたなずなが、はたと顔を葉子に向けた。
「銀の若頭夫婦は、葉子殿の従弟と、妹だ」 
 なずなが、あっと小さく叫んだ。
「……そうだったのか」
 
 
 
「ねぇ、太郎」
「どうした?」
 妖狼は、背中に葉子を乗せていた。
 空には、眠ってしまった朱桜を背負い、片羽で飛ぶなずなに肩を貸す黒之助がいる。
「あたいは、役に立てないかも、しれない。いや、役に立てないさよ」
「そんなことねぇだろ」
 母親なのにねと言うと、葉子は自嘲気味に顔を歪めた。
「だから、先に言っとくさよ。姫様をさ……姫様と、帰るんだよ」
「家族だろ」
「……へ?」
「葉美も木助も、まとめて何とかしちまおうぜ。こっちには朱桜ちゃんにクロもいるんだ。そんでよ、一緒に帰るんだ。変なこと、考えんなよ。姫様の悲しむ顔、見たくねえからよ」
「……太郎に諭されるなんて、世も末さね」
 力なく笑った葉子の瞳は、確かに妖のものだった。