小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第十四話~金の瞳と銀の瞳~

ああ、俺今どこにいんのかな・・・・・・
あれから・・・・・・群れから離れてどれぐらいたったんだろ。
親父におふくろ、元気にしてるかな・・・・・・
ったく、身体が動き辛いよ。怪我・・・・・・直りきってないもんな。
あいつ、結構強かったんだな。もうよくわかんねえけど。どんな奴っだったのかな。
あれ、親父におふくろって、どんな顔だっけ?名前なんだっけ?
あれ、俺って誰だっけ?やべ~な、ええと、俺は太郎で、妖狼で、金銀妖瞳をもっていて・・・・・・
妖狼?なんだよそれ。俺は・・・・・・狼なのか。太郎って俺の名前だっけ?
 

 川を覗き込む。その姿は間違いなく狼。金と銀の目が怪しく光る。
 雪がしんしんと積もる中、太郎は水面に映る狼の姿をじっと眺めていた。

ああ、変わった目の色をしてるよ・・・・・・
なんなんだろ、俺って?
群れで嫌われて、群れを離れても嫌われて・・・・・・そうだよ、この目・・・・・・この眼のせいで
嫌われる?誰に?俺は狼なんだ。一匹で、ずっとやってきたんだ。そうだろ?
名前なんて俺にはないよ、だってよんでくれる相手がいないんだもの。
太郎?誰の名前だろ。覚え出せないや。
そうだよ、早く腹ごしらえして傷を癒さないと。でも・・・・・・でもその前に一眠りしようかな。なんだか、なんだか眠くなってきたよ・・・・・・・
 
 雪の上に寝転がる。目をつぶる。その上に少しずつ雪が積もっていく。

ああ、お腹がひんやりするよ。お腹、壊しそう。でも、もうどうでもいいか。寝よう、とにかく寝よう、そして・・・・・・そして・・・・・・

(ここは・・・・・・?)
 狼が目を開ける。そこは川の側の自分が寝ころんだところではなかった。どこかの家の中。どこかは分からない。自分の身体に目を向ける。傷がなくなっていた。
(誰かが・・・・・・治療を?)
 部屋には誰もいない。とりあえず、起きようとする。
 どす、っという音をたてて腹這いに。まだ、体力が戻っていないようだ。
(起きることもできないのかよ・・・・・・)
 これからどうなるんだろうとぼんやりと考えた。何も思いつかない。
(まあ、でたとこ勝負か)
 正直、どうでも良かった。
「お、目を覚ましてるじゃない」
 戸を開けて女が姿を見せる。狼を見て、そういった。
「どう、元気?じゃないか。あんた妖狼族だよね」
 妖狼がうなずく。
(こいつ、よく知ってるね。なんだろ、こいつも妖かな)
 気配を感じとろうとしたが、よく分からなかった。
「あたいは九尾の狐、銀狐の葉子。あんたは」
 やはり妖。人型を取るならば上位の妖なのだろうと思う。
「俺は・・・・・・俺は・・・・・・」
 思い出せない。
「名前だよ。早く」
「俺は・・・・・・太郎」
 そうだ、そういう名前だった。
「ふ~ん、太郎ね」
 そう言うと、女は立ち去ろうとした。思い出したように振り向くと、
「頭領を呼んでくるから。すぐ戻ってくるから、おとなしくしてるんだよ」
(頭領?誰だろう)
 女の背をみながら、ぼんやりと考えた。突然、はっとした。
(名前をよんでもらったのは、いつ以来だろ)
 思い当たったのは、群れを離れるときにおふくろと話したとき。
(随分と久し振りのことなんだ)

 葉子がまた部屋に入ってきた。老人を一人連れていた。
「あんたが・・・・・・頭領?」
「いかにも、この寺の者にはそうよばれておる」
 ここが寺だということを太郎は知った。
「寺の者・・・・・・葉子みたいに皆妖なのか?」
「そうじゃ」
「あんたも・・・・・・妖なのか」
「まあ、そうじゃな」
「なんの妖なんだ?」
「さあ、なんの妖じゃろうな」
 少しの沈黙。破ったのは太郎だった。
「なぜ俺を助けた」
「さてさて、困ったものを助けるのはあたりまえのことじゃろう」
「俺が・・・・・・俺が恐ろしくないのか?」
「恐ろしい?なにがじゃ」
「この目だよ眼・・・・・・」
「別に恐ろしくなどないぞ」
(そんなわけない!)
 この眼を見て、皆俺に向かって気味が悪い、恐ろしい、呪われている、そういったのだ。
 それはどこに行っても同じことだった。
(それなのに!それなのに!)
 絶対この老人は嘘を吐いているんだ!
「なにか思ったんだろ、この金銀妖瞳を見て」
 老人がじっと太郎の顔、いやその瞳をみる。その金銀妖瞳が怪しく光る。
「そうじゃの・・・・・・綺麗な色をしとるの」
「綺麗な色だと!?」
 太郎は狼狽した。そんなことは今まで言われたことがない。
「宝石みたいじゃないか、その目」
「宝石・・・・・・褒めているのか」
「まあ、そうじゃな」
 うっすらと、妖狼の目に涙がにじむ。
「何故泣く」
「泣いてなんかいない!」
 嗚咽が漏れた。
 止めようとしても、無駄なことだった。
「あ~あ、もう」
 葉子が、くしゃくしゃの顔を布で拭いてくれた。
 とりあえずは、体力が戻るまでここにいればよかろう。そう老人はいった。
 太郎は礼をいう。それと傷の手当てをしてくれたことにも。
 それも当然のことだと、老人はいった。

 寺には、色々な妖がいた。とるに足りないものばかりだった。あの二人、老人と葉子以外はほとんどが小妖。
 その妖達は、最初おっかなびっくり太郎の寝ている部屋に入ってきた。別に何もしない。ただ見ているだけ。太郎が身体を少し動かすと、ぱっと散る。そして、また戻ってくる。

 少しずつ、太郎の体力も戻ってきた。人に変化できるようになるまで回復した。
 ある日、太郎は人の姿になると、意を決して頭領の部屋を訪れた。
「頭領!」
「おお、太郎殿。そこまで体力が戻ったのか」
「はい、おかげさまで」
「そうか、それはよかった」
「頭領、それで折り入ってお話が」
「話?」
 太郎は畳に額をこすりつけると、
「ここにおいてください」
 そう言った。
「ここに?」
「ええ、ここに。始めてなんです。始めて・・・・・・」
 自分を受け入れてくれた。
「もう、嫌なんだ・・・・・・」
 一人で、いるのは。
「だから、だから・・・・・・」
「かまわんよ」
 あっさりと言われた。
「いいんですか!」
「ああ、じゃあ」
 これを持っていってくれと
「なんです、この酒は?」
「よい宴にしようぞ」
 そういって、頭領が笑った。
 
「もう随分前の話か・・・・・・」
「どうしたんです、物思いにふけってるみたいでしたが」
「ああ、姫様。ちょっと昔のことを思い出してたんです」
「昔のこと?」
「ええ、昔のことを・・・・・・それで、何か用です?」
「村に行くんでついてきてくれませんか?」
「いいですよ」
 じっと姫様の顔を見つめる。
「なにか顔についてます?」
「いいえ何も。さ、行きましょ」
「はあ」
 ここが、ここが自分の居場所。
 それはしばらく変わらないのだろう。
 まだ、まだ変わらないでいてほしい。
 姫様を見ながら、そう太郎は考えていたのだった。