小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第十五話(1)~父、きたる~

 朱桜が古寺に来て一ヶ月あまり。
 今日もいつもと変わりない、のどかな一日を送る・・・・・・はずだった。
 姫様と朱桜のゆっくりとした昼食。
 その片付けを終え、昼寝でもしようかと三人で布団を敷き直していたときのこと。
「どうかしましたか」
 急に朱桜が顔を上げた。目を向けるは門の方角。それから、部屋を急いで出ていく。
「あ、朱桜ちゃん?」
 姫様も急いであとを追いかけようと。困ったのは銀狐の葉子。
「え、姫様!?あたしは?」
「すみません、お布団お願いします」
「はあ」
 一礼して姫様も部屋から出ていく。
 しょうがないねえと葉子が一人寂しく布団を持ったときだった。
「あ・・・・・・!」
 胸を押さえてうずくまる。まるで心臓を鷲掴みされたよう。
 その目に映る薄青幕の帯。
「朱桜ちゃん、これを感じて・・・・・・」

「どうした、鬼馬?」
 本をめくる手をとめ、鬼馬を見る。
 愛馬である鬼馬が、きーきーきーきー鳴き始めた。
「おーよしよし」
 鳴き止ませようと喉元を撫でてやる。鬼馬は、何かを訴えるように鳴き止まない。
 どうしたものか。そのときだった、視界に薄青幕の帯が入ったのは。
「ああ、そういうことか」
 納得するように頷く。鬼馬を肩に乗せると、頭領も自分の部屋を出ていった。

「朱桜ちゃん早い・・・・・・追いつけない」
 見かけは五歳ぐらいなのに・・・・・・その血の為せる業なのか。
 そのとき、妖達がよろよろと廊下を歩いてくるのが視界に入った。
 それはなにかから逃げるように。姫様と逆の方向に皆向かっていた。
「どうしたんです、皆さん?」
「姫様!」
「なんで言ってくれないんですか!」
「せっかく日向ぼっこしていたのに!」
 妖達が姫様を取り囲む。
 いつものように素早く、ではない。
 ゆっくりとであった。
「な、なんのことですか?」
「姫様、姫様はいいですけど私達は・・・・・・」
「う、また強くなってきた」
「うお、もろに触っちまった」
 気分が悪そうに。顔色を悪くしている妖もいた。
「た、耐えれん」
「今日はまた一段と酷いね」
「すみません姫様、それじゃあ」
 またよろよろと歩いていく。
「あ」
 声をあげる。ぽんと手をうつ。
 姫様も思い当たることがあるようだった。

 寺の門には人影が二つ、大きな影も二つ。
 四つの影が、門の前に。
 影の一つは門をくぐろうと。
 もう一つの影がそれを押しとどめている。
「なぜ入ってはいかんのだ」
「一応、許可を得てからのほうがよいでしょう」
「えー、早く会いたい」
「わがままをいうな!」
「お前・・・・・・妖気漏れすぎ」
 その影の言葉通り、薄青幕の妖気は片方の影から発せられていた。
「誰のせいで・・・・・・」
「お前のせいだろ?」
「むう」
「はいろっかな」
「駄目!」

 これは・・・・・・父さまの・・・・・・
 朱桜が姿を現す。走ってきたはずなのに、とくに疲れた様子はない。
 影に近づく。
「父さま!」
 朱桜は大きな、姫様が聞いたことのない大きな声をだした。
「朱桜!」
 男が押しとどめていた影を投げ飛ばす。
 そのまま走って近寄ると、父さまと呼ばれた男は朱桜を抱き上げた。
 くるりと、華が、一回り。
 ゆっくりと朱桜を地面に下ろす。男は目線を朱桜に合わすようにその場に腰を下ろした。
「元気にしてたか、朱桜?」
「はい!父さま!」

「やはりおぬしらか」
 いつのまにか頭領が投げられた影の横に。
 それはゆっくり、霞のごとく。
「おう、八霊か。すまん、引っ張ってくれ」
「うちの鬼馬が騒ぐとおもえば・・・・・・」
 頭領の鬼馬は、二匹の色違いの鬼馬と嬉しそうにその角をぶつけあっていた。
「お前より鬼馬の方が先に気がついたか」
「兄弟だしな」
「それより早くしてくれ」
 影は地面におもいっきりめりこんでいた。手の先しか地表にでていない。
「えらく地面にめりこんだもんだの」
「思いっきり投げられた」
「放っておくのも悪くはないのう」
 かっかっかと頭領が笑う。妖気がいっそう濃くなった。
「冗談じゃ」
「貴様が言うと冗談に聞こえん」

 やっと、やっと追いついた・・・・・・
 姫様息が上がっている。なんとか息を整えようと。
(まだ、まだ声が出せない)
 見慣れた女の子がいる。そして、見たことのある男も。
(息が・・・・・・整った)
 あれは、あの人は・・・・・・
「お久し振りです、酒呑童子様!」
「おう、彩花殿。久し振りじゃな。大きくなられた」
 それは、鬼の王の名。朱桜の父で、茨木の兄。
 茨木童子とよく似た顔、そっくりの背格好。
 こちらのほうが人懐っこい雰囲気を醸しだしていた。妖気を発していないからであろう。
 本当に、よく似ていた。
「彩花さん」
 朱桜が姫様に。それを聞いて、
「お、おう!?」
 酒呑が驚いたふうに声をあげる。しげしげと二人を見比べる。嬉しそうに言った。
「どうやらここに預けたことは」
 無駄ではなかったようだと。

「酒呑」
「兄上!」
「八霊、茨木」
「また突然じゃの」
「なに。驚かそうと思ってな」
「十分驚きました・・・・・・」
 姫様が呆れたように言う。
「そう、やっぱそう?いやそう言われると嬉しいね」
(この人は・・・・・・本当にいつもながら・・・・・・)
「立ち話もなんだし。寺に入らんか」
「そうさせてもらうよ」
 寺に行こうとして、酒呑はその歩みを止める。
 ひょいっと朱桜を持ち上げ、酒呑童子は幼子をその両肩に乗せた。
「と、父さま!?」
「なんだ、恥ずかしいか」
「・・・・・・少し」
 ちょっと顔が赤くなる。一応人前なのだから、と。
「そうか。俺は恥ずかしくないぞ」
 そういって、のっしのっしと酒呑は再び歩き出す。肩車をしたままで。
「親ばかが」
 茨木が苦笑いしながらそう呟いた。酒呑が振り向く。
「なにかいったか」
「いいえ、なにも」
 肩をすくめ、妖気をまき散らしながら酒呑の横につく。
 姫様はじっとその姿を見ていた。
 ふるふると頭を振り、姫様も寺に向かう。
 頭領は、皆の一番あとだった。
「あやつら、寺のどこに行く気じゃ」
 渋い顔で、そうつぶやいた。
 鬼馬の方はまだ楽しそうに角をぶつけ合っているので、そのまま放っておいたのだった。