小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第十五話(2)~父、かえる~

「いやはや、場所ぐらい先に言ってくれ」
「ぬしがさきさきいくからじゃろう」
「おう朱桜、これもうまいぞ」
 膝の上に乗せた娘に菓子を薦める。居間は酒呑が持ってきた京の菓子でいっぱいに。
「人の話を最後まで・・・・・・」
「どうだ、朱桜。ここは楽しいか」
「はい」
「もうよいわ・・・・・・」
 居間には姫様、頭領、朱桜、茨木、酒呑。他の妖達はそこから遠く。茨木の妖気を避けるために籠もっていた。
 いつもの三人もそこにいる。あまり茨木に近づきたくはないのだ。
「しかしあれだな、誰も朱桜をいじめるやつは」
 いないだろうなと、ねっとりした視線を頭領に投げつける。
「みんな、みんな本当によくしてくれています」
「ならいいが」
「なあ、茨木、あれは・・・・・・」
「相当なもんだろ」
 頭領と茨木が口もとを隠してひそひそと。
 酒呑はそれを気にする様子もなく。
 姫様はさっきからじっと鬼の親子を見ていた。
 菓子にも手をつけず、ただ、じっと。
「どうした、顔になにかついてるか?」
「い、いえ、なにも」
 酒呑がその視線に気付いた。
「さっきから菓子にも手をつけていないし」
「え、あ、美味しいですね、この八つ橋」
 慌てる姫様。目の前の菓子に手をのばす。
「そうか、いっぱいあるからな」
 また、酒呑はその視線を娘に移す。
 姫様は口をもぐもぐ動かしながら、さっきのようにじっと、じっと、二人を見つめていた。
 朱桜がそんな姫様に顔を向けると、そっと姫様は視線を外した。
「で、おぬしら、何のようじゃ」
「よう?」
「兄が久し振りに朱桜の顔を見たいと」
「それだけ?」
「それだけ」
「まあ、朱桜殿がこっちにきてもう一ヶ月経つが・・・・・・おぬし」
「なんだ」
「ちょくちょく覗いてたじゃろ」
「あれ、気付いてた?」
「うむ、気付いてた」
「兄上!」
「ちょっと覗いただけだ。茨木も心配だって言ってたじゃないか」
「いや、いえ、そうですが」
「なんじゃ、おぬしら。そんなに心配なら連れて帰ればよかろう」
 茨木と酒呑が顔を合わす。
「そういうわけにもいかんのだ」
 それは、さっきまでの声とは違う厳しい声。
「どういうことじゃ」
「最近、朝廷の動きがおかしい」
「朝廷?・・・・・・あれか」
「まだ、もめておる。なかなか収まらぬわ」
 なにかを吐き捨てるように。
「今度頼光が来る。それで片がつくだろうが・・・・・・」 
「それまでは、朱桜もここにいることになるだろうよ」
 まだ、こっちは物騒だから。
「目的が、変わってしまったな」
「八霊。この娘のこと、よろしく頼む」
 酒呑が、朱桜を横に座らせ、頭を深々と。
「ああ」
「彩花殿もよろしく頼む」
 また、深々と頭を下げた。
「え、ええ」
 少し、頭領が眉を上げた。いつもの彩花とは違う。そんな気がした。

 それから、朱桜が姫様と話したときの話などをした。
 時間はすぐに経つ。
 二人が、その腰をあげた。

「朱桜。良い子にしてるんだよ」
「はい、父さまもお元気で」
「く~」
 ひし、っと親子は抱き合った。
「兄上、ちょっと恥ずかしいです」
「なんで、誰も見てないぞ?」
 ちゃんと頭領と姫様が見ている。それに茨木も。どうやら頭が飛んでいるらしい。
「いえ、そのですね」
「お前、彩花殿にさきを越されたのが腹立たしいんだろ」
「は、はああ!?それは関係ないでしょう!」
「関係ない・・・・・・図星か」
 くすくすと朱桜が。そして、茨木に、
「叔父上も、お元気で」
 そう言った。
「うん!?・・・・・・ああ、朱桜も、元気でな」
 茨木がその大きな手を朱桜の頭に置いた。

「行ってしまいましたね」
「うん」
「大丈夫でしょうか」
「よろよろしていたな」
 鬼馬三兄弟は、角のぶつけ合いを喧嘩に発展させていた。
 おかげで三匹ともぼろぼろに。
 酒呑と茨木の鬼馬は、よたよたよたよた危なっかしく飛んでいった。
「さ、中に入りましょうか。冷える前に」
「彩花さん」
「どうしたの?」 
「彩花さんは・・・・・・」
 朱桜は空をじっと見つめていた。姫様達に背を向けて。その背は少し、震えていた。
「私のこと嫌いになったの?」
「え?」
「今日の彩花さん、いつもと違う」
 なにかが、違うと。
 姫様は困った顔で、朱桜に近づく。
 朱桜がうつむく。声を立てずに、泣いていた。
 姫様はそっと、その震える小さな背中を抱きしめた。すうっと姫様目を閉じる。
「ごめんね」
「彩花さん・・・・・・」
「やっぱり、私おかしかったですか?」
 いたずらが見つかった子供のように舌をすこし。
「私には、両親がいませんから・・・・・・」
「・・・・・・」
 はっとする朱桜。姫様はかまわず言葉を続ける。
「だから・・・・・・だから朱桜ちゃんが羨ましかったんです」
「・・・彩花・・・・・・さん」
「いいなあ、って」
「・・・・・・ごめんなさい」
「朱桜ちゃんが謝ることないですよ・・・・・・これは・・・・・・これは私のわがままですから」
 きゅっと力を込める。
「ごめんね」
 そう姫様は言った。
 知らず知らずのうちに、彩花の目からも涙がこぼれ落ちていた。
「姫様、朱桜ちゃん。風邪引きますよ」
 葉子が声をかけた。寺の全ての妖が、そこにいた。茨木の妖気が消えたので、皆で出てきていたのだった。
「どこから聞いてました?」
「さあ、どこからでしょうね」
 ごしごしと二人は赤い目をこすり。じっと顔を見合わせた。
「中にはいりましょうか」
「はい」
 二人手をつなぐ。そして、皆でゆっくり建物の中に。
 夕日が、その紅い光を隠そうとしていた。
「良いお父さまですね」
 姫様がそっと朱桜の耳元に。
「ええ」
 朱桜が、小さく、頷いた。
「良い父さまです。そして良い叔父上です」
「そうですね」
「彩花さまには皆がいます」
「さま?」
「私も・・・・・・その中にいますか?」
「ええ・・・・・・ええ、いますよ」
 握った手に力が込められる。それは朱桜のほうからだった。