小説置き場2

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第二十話(2)~あやかし姫~

「皆集まりましたか?」
「何だ、何すんだ?」
「そこ、尻尾踏むな!」
「これ尻尾か?」
 押し合いへし合い。
 妖達はわいわいがやがや騒ぎ立てて。
「し・ず・か・に!来てない人いる~?来てなかったら返事して~」
 隣同士顔を見合わす。どうやら、皆集まっているようで。
「急に呼んでごめんね」
 一礼してから筆を持って机に向かう。机の上には紙の束が。
「そこの貴方!」
 筆の先を一匹の妖に向ける。
「は、はい!」
 彩花は何かを紙に書き始めた。
「貴方はこれから湯野彦です」
「へ?」
「今から皆に名前を付けていきたいと思います」
「ほ~」
「ほ~」
「ほ~」
「嫌なら、いいですけど・・・・・・」
 彩花が悲しそうな顔になる。
 一斉に妖達がざわめく。
「そ、そんなことないですよ」
「嬉しいですよ」
「本当?」
「本当、本当。おいらは?」
「じゃあ、貴方は・・・・・・末っ子だから鎌之末ね」
「おいら、鎌之末?にゃは」
 かまいたちはうれしそうに紙を持って宙を舞った。
「うん、次の人~」

「どうしたの?嬉しそうだねあんたら」
「名前付けてもらったんです」
 口々に言う妖達。
 己の名の書かれた紙を、誇らしげに葉子に見せる。
「名前?頭領にかい?」
「いいえ、彩花ちゃんにです」
「彩花ちゃんが・・・・・・」
「というわけでおいらはこれからこんな名前です」
「ええっと・・・・・・鎌・・・・・・」
 葉子には、読めなかった。子供の拙い字。でも、一生懸命な字。
「鎌之末!」
「ふ~ん。ありゃ、皆名前着けてもらったのかい?」
 見れば、寺の小妖達がどんどん廊下に出てくる。
 嬉しそうに、紙を抱えて。
「そうですよ。いいでしょう~」
「彩花ちゃんは?」
「部屋にいますよ」

「お疲れ様です」
「葉子さん・・・・・・」
 机に突っ伏している彩花の横に座る。彩花が顔を上げた。
「なんでまたこんなことを?」
「だって・・・・・・名前がないのは嫌ですよ」
「嫌・・・・・・うん、そうだね」
「ちゃんと葉子さんも名前覚えてあげてね」
「彩花ちゃんは全部覚えてるの?」
「えへ」
「忘れちゃった?」
 にっと笑ってわしわしと葉子は彩花の頭を撫でた。
 彩花もにっと笑った。
「ちゃ~んと覚えてます」

「というわけなので、頭領様も太郎さんもクロさんもちゃんと覚えて下さい!」
「うわ、面倒くさ!」
「むう、区別がつくかどうか・・・・・・」
「・・・・・・どうじゃろ。自信ないのう」
 正直三人、いや葉子も含めて四人には小妖の区別がほとんどつかない。
 力の強い妖には力の弱い妖は、皆一緒に見えるのだ。
「一生懸命考えたのに・・・・・・」
 彩花が顔を下に向けた。
「彩花ちゃん?」
「そうですね、皆の区別がつかないって言ってましたもんね。でも、でも・・・・・・」
 おしまいの方では嗚咽混じり。
「もう、絶交です。三人とも大嫌いです!」
「ええ!?」
「どうせ私なんて私なんて・・・・・・」
 今にも寺を出て行きそう。
 頭領、絶句。太郎と黒之助、大慌て。
「覚える、覚えるから」
「そんなにいじけないで下さいよ!」
「嘘です。皆、大好きです!」
 そう、言った。
 彩花はもう、笑っていた。
 
「彩花ちゃん」
 銀狐がおいでおいでと彩花を手招き。
「どうしたの?」
 不思議そうに彩花は葉子の後を着いていく。
「皆がお礼をしたいって」
「はい?」
 部屋に入る。妖達がそこにいた。
 鎌之末が後ろに回り、彩花の頭に何かをつけた。
 手をのばす。手にとってよく見てみる。それはそれは綺麗なかんざし。
 絵巻物に出てくるような、綺麗な綺麗なかんざしであった。
「どうしたの、これ」
 きらきらと光るそれを、大事そうに手の中に納めて。
「きれいでしょ」
「うん!」
「あげます」
「いいの?」
「いいんです。姫様のものですよ」
「・・・・・・?」
 ひめさま?そう彩花は呟いた。
「この寺の姫様ですよ。彩花ちゃんは」
「我らの名付け主、一番偉い!」
「姫・・・・・・様?」
「そうです。さしずめあやかし姫といったところで」
「ありがとう・・・・・・うん、大事にするね」
 きらきらとした目を向ける。かんざしに、ではない。
 それは、妖達に向けられていた。
 
 これ以後寺に姫様と呼ぶ声が、賑やかに響くようになったそうである。