小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~鈴と鈴鹿~

 仔猫の後を追う女性。
 すれ違う者は皆一礼する。
 それぞれ額に角を生やしていた。
 「鬼」
 古来よりこの地に住みし、強大なる力を持つ妖。
 勇猛、粗暴。闇に潜み、爪研ぐ彼らは、人間から恐れられてい・・・・・・
鈴鹿御前様、鈴の散歩ですか?」
「うん。鈴のお散歩!」
 恐れら・・・・・・
「楽しいよね、ね~鈴」
「にゃん!」
 女の名前は鈴鹿御前。
 東の鬼を束ねる者。
 彼女の前を歩く仔猫、鈴は、彼女とその夫の飼い猫である。
 彼女は朝から鈴を追って、己が居城をうろうろしていた。

「なあ、鈴鹿
「なんだい、お前さん」
 朝の会話。藤原俊宗と鈴鹿御前。二人は仲の良い夫婦である。
「今日鈴を部屋の外に出してあげる日なんだけど・・・」
「そうだね。でもお前さん今日出かけるんでしょ」
 ここは鬼の城、鬼岩城。住んでいる鬼ですら道に迷う。
 鈴は仔猫なので、絶対迷子になると一部屋を与えられ、そこに飼われていた。
 しかし、そこは猫。広いところで自由に遊びたいとごねるので、俊宗が週に何回か鈴を連れて城を歩く。
 今日は俊宗が鈴と遊ぶ日なのだが、用事ができてしまったのだ・・・
「それで、鈴鹿に頼みたいんだけど・・・」
「いいよ、まかせて」
 ほっと安心のため息を。
 俊宗は鈴鹿が鈴のことをどう思っているかいまいち分からない。
 可愛がっているのか実は嫌いなのか。
 断られれば義兄である大獄丸に頼もうと思っていたのだ。
「やれやれ」
 まずは、一安心といったところ。

「どうしたの、鈴」
 鈴が暗い部屋の中に入ろうとする。
「鈴!そこは入っちゃ駄目!」
 鈴鹿御前の静止も聞かず、仔猫は部屋の中に。
 何かが倒れる音がした。
 鈴の鳴き声、ばたばた足音。
「いけない!」
 鈴鹿も部屋の中に。すぐに灯りをつける。
 そこは鈴鹿御前の着物置き場であった。
「どこ~、鈴。どこ~」
 紅い着物が落ちているのが目に入る。
 もごもごとその下で何かが動いているようす。
 着物をめくる、鈴がいた。
 鈴鹿は、鈴を抱きかかえた。
「にゃ~ん」
「よしよし、怖かっ・・・・・・」
 わなわなと鈴鹿御前の手が震えた。
 仔猫がするりと腕の中から抜け落ちる。
 鈴がかぶっていた着物は、鋭い爪で無数の傷をつけられていた。
「なんてことを!これ・・・これ俊宗があたしに買ってくれたものだよ!ひどい・・・ひどいよ!お前、なんてことしてくれたんだよ!お前なんかお前なんか・・・・・・最初からあたしは気に入らなかったんだ! 俊宗にいつもくっついて・・・俊宗は、俊宗はあたしのもんだ!」
「にゃ、にゃん!?」
 鈴鹿御前、鬼の形相。既に人の姿を解いていた。
 狂気に燃える目は、鈴を一睨みで動けなくした。
 彼女は鈴を片手に持つと、ずんずん歩いていった。

「ふん!」
 城を出る。鈴を放り投げる。
「にゃ~ん」
「出ておいき!」
 仔猫、怯えた目つき。
 ここは荒野。草木もない。ただただ砂と岩ばかり。
「にゃ~ん(泣」
「あんたはもうここのもんじゃない!城に入ったら敵とみなすからね!」
「にゃん・・・・・・」
 鈴鹿背を向ける。とぼとぼと仔猫歩いていく。
 漂う、砂埃。
 鈴、振り返り、声を出す。
 それを見もせず、鈴鹿は城に戻っていった。

「ふん、なんだいなんだい!最初からあたしは気に入らなかったんだ!ここに来たときだってそうだ!俊宗にべったりひっついちゃって!雨の中鳴いてたから、なんて俊宗に言わせてさ!おかげであたしが雨に濡れたよ!」

「あたしの名前をとって鈴なんて名前つけてさ!あたしはそんなこと一言も許しちゃいないよ!ふんだ!」

「皆から餌もらって、兄上まで鈴のこと・・・あいつは、みんなを騙してるんだ、悪い奴なんだ!」

「あたしがご飯を食べてたら、膝の上に乗ってきて・・・駄目って言っても乗ってきて・・・」

「朝起きたら、いつの間にかあたしの布団に入ってきていて・・・あったかくて、ぎゅっと抱きしめて・・・」

「急に病気になって・・・・・・皆で看病して・・・弱々しい声で鳴いて、ずっとあたしが側にいて・・・死んじゃやだって・・・」

「あたし・・・あたし・・・・・・」

「ごめんね、鈴・・・ごめんね」

「土蜘蛛の翁も元気そうでなにより・・・誰だ!」
 藤原俊宗。帰ってきて早々、目の前に怪しい人影。
「あたし・・・」
鈴鹿・・・鈴鹿か!?どうしたんだ!何があったんだ!」
 鈴鹿御前の格好は、朝出かける前に会ったのとは全然違った。
 長く艶やかだった髪は、ばさばさに。
 顔には涙の流れた痕。
 全身砂埃。力無く揺れる。
 そして何より、目に力がなかった。
「鈴が、いないの」
「え・・・」
「あたしが怒って城から追い出したの・・・でもでも・・・後から探してもどこにもいないの。ずっと探してるのに・・・どうしよう・・・あたし・・・なんてことを・・・」
「ずっと探してたのか。この広い荒野を・・・」
「うん・・・・・・見つからないよう・・・」
「大丈夫・・・・・・大丈夫だよ。だって鈴だよ、お前の名をもらったんだよ」
「・・・・・・でも・・・」
「とにかく城に戻ってみんなにも探してもらおう?みんなで探せば、見つかるさ」
「うん」
 
「あー、鈴鹿、俊宗。一緒だっ・・・どうしたんだ、鈴鹿!その格好!?」
「兄上、鈴が・・・鈴が見つからないの!どうしよう・・・」
「鈴?」
 大獄丸が、首を捻った。
「鈴なら、お前の部屋にいるぞ」
「え・・・」
「俺が外にいるのを見つけて、城に入れたんだ。大方、迷子になって外に出たんだろうって」
「・・・・・・」
「やけに鈴鹿の部屋の前で鳴くから、そこに入れておいたんだけど。悪かったか?」
 ばっと無言で駆け出す。
「なあ、俊宗。一体何があったんだ?」
「兄上、ありがとうございます」
「は?」

 部屋に入る。
 鈴鹿の布団の上で丸くなって寝ている鈴。
「よかった・・・」
 鈴鹿は、へなへなと腰を落とした。
「にゃん」
 その音に仔猫目覚める。顔を上げる。
「よかった・・・よかったよ・・・」
 仔猫が鈴鹿に近づく、手をぺろぺろ舐める。汚れを、落とすように・・・
「鈴・・・くすぐったい・・・」
 鈴鹿御前が鈴を抱き上げる。
 鈴は抵抗しない。嬉しそうに、鳴き声をあげるだけ。
「鈴、ごめんね。あたしのこと、許してくれる?」
「にゃん」
「本当に、許してくれる?」
「にゃーん」
 当然、というように、また仔猫は可愛らしい声で鳴いた。

「なにやってんだ、鈴鹿?」
「縫い物」
「それ、鈴が前に駄目にした・・・」
「そうだよ」
「それで、何作るんだ?」
「鈴の寝床」
「そっか、冬寒いもんな」
「うん。鈴、暖かいよう~」
「にゃ~ん」