プロジェクト参加小説~舞い3~
「夢のような話じゃが本当よ」
翁が、また酒を口に注いだ。
雪音は、頭を下げ身じろぎせず黙って聞いていた。
「それからすぐに各地を修行と称して回ったが、似たようなことにはついぞ会わなんだな」
「黒斎様・・・・・・」
雪音が、口を開いた。
「なんじゃ」
「その雪の精は別れるときこう言いませんでしたか?貴方様を助けたのは掟破り、やってはならぬこと。このこと、他言無用にございます。もし口に出せば」
「貴方様のお命を頂戴したい、これは貴方様を助けし代償、雪の精はそういったな。しかと覚えておるよ」
「では何故でございますか、何故口に出したのですか!?」
雪音が叫んだ。
いろりの火が消えた。
暗くはならなかった。
女が、青白い光を放っていた。
姿が変わっていた。
それは、男が出会ったあのときの女であった。
「おうおう、変わっておらん。あのときのままじゃ。やはりそうであったかよ」
翁は嬉しそうであった。
白い息を吐きながら、笑った。
「五年前におぬしと会ったときもしやと思ったが、いやはや」
「気付いて、おられた?」
「人と雪の精の契りはたいそう効力が強いと聞き及んでいたのでな。わしも命は惜しい、なかなか言い出せなんだ」
「では何故ですか!?何故」
女は、顔を覆った。
「今日人に初めて、極の型を見せた」
「?・・・それが一体・・・」
「わしの至高の業よ。ただただ己の中より沸き出るままに、己の剣を磨きしわしの。今日、聖宗が見たいと言ったのは餓狼の動き。わしもそれをやろうと思うたのに、意を身体が受け付けなんだ」
「・・・・・・」
「終わったとき、分かった。今日でわしの命、潰えると。その前に、あの型を人に一度見せたいと身体が動いたのであろうよ。あやつは運がいいのう」
女は驚いていた。
男の目を見る。
澄んだ目であった。怯えも恐れもない目。
「なんじゃ、知らなんだのか。この山の主は大したことがないのう」
「そんな・・・そんなことは・・・う!?」
「やはり、今日で終わりであろう?」
こくりと、女が頷く。
泣いていた。
「おぬしに一度礼を言いたかった。おぬしに褒められたとき、本当に嬉しかった。本当に初めてであった。剣の腕を今まで磨いてきて、最も嬉しいことであった」
女が涙を、拭いた。
「私がこの山で身を投げ二百年、雪の精になりて寂しく過ごしておりました・・・」
「・・・・・・」
「貴方様を見たのはそんなとき。寂しさに身を募らせていたとき。嬉しかったあ・・・」
「・・・そうで、あったか」
「ずっと見ておりました。見ているだけでございました。ですがあのとき・・・」
すっと一息ついた。
「貴方様がこの山を去り、また一人寂しく八十年。そして、また貴方様が姿を見せたとき・・・・・・」
「貴方様は変わっていなかった・・・」
「このように年をとったがの」
翁の、照れ笑い。
姿は変わっても・・・・・・変わらないものもありますゆえ・・・
「さてと、どうしようか。わしを殺すか?」
杯を置いた。
いろりの火。女の白い肌を赤く照らす。
「情けをおかけしましょうか・・・」
女は袖元で口を隠しながら笑った。また、涙を拭う。
「ほう、それはありがたいの」
翁がにやりとした。
「代わりに、やってほしいことがございます」
「やってほしいこと?」
「ええ。また見せて下さいまし。貴方様が編み出し型を」
「ほ、この寒い中老骨に鞭打つというか・・・・・・どれがいい?」
「お好きな・・・ものを、最後に私に・・・・・・」
精一杯の女の笑顔。
雪の降る朝、翁の亡骸。
愛用の剣を握り、己の家の前で倒れていた。
翁の上に雪はなく、その口元は微笑んでいた。
見つけたのは聖宗。東の剣聖。
薄々感づいていたことで。
北の英雄の、死であった。
翁が、また酒を口に注いだ。
雪音は、頭を下げ身じろぎせず黙って聞いていた。
「それからすぐに各地を修行と称して回ったが、似たようなことにはついぞ会わなんだな」
「黒斎様・・・・・・」
雪音が、口を開いた。
「なんじゃ」
「その雪の精は別れるときこう言いませんでしたか?貴方様を助けたのは掟破り、やってはならぬこと。このこと、他言無用にございます。もし口に出せば」
「貴方様のお命を頂戴したい、これは貴方様を助けし代償、雪の精はそういったな。しかと覚えておるよ」
「では何故でございますか、何故口に出したのですか!?」
雪音が叫んだ。
いろりの火が消えた。
暗くはならなかった。
女が、青白い光を放っていた。
姿が変わっていた。
それは、男が出会ったあのときの女であった。
「おうおう、変わっておらん。あのときのままじゃ。やはりそうであったかよ」
翁は嬉しそうであった。
白い息を吐きながら、笑った。
「五年前におぬしと会ったときもしやと思ったが、いやはや」
「気付いて、おられた?」
「人と雪の精の契りはたいそう効力が強いと聞き及んでいたのでな。わしも命は惜しい、なかなか言い出せなんだ」
「では何故ですか!?何故」
女は、顔を覆った。
「今日人に初めて、極の型を見せた」
「?・・・それが一体・・・」
「わしの至高の業よ。ただただ己の中より沸き出るままに、己の剣を磨きしわしの。今日、聖宗が見たいと言ったのは餓狼の動き。わしもそれをやろうと思うたのに、意を身体が受け付けなんだ」
「・・・・・・」
「終わったとき、分かった。今日でわしの命、潰えると。その前に、あの型を人に一度見せたいと身体が動いたのであろうよ。あやつは運がいいのう」
女は驚いていた。
男の目を見る。
澄んだ目であった。怯えも恐れもない目。
「なんじゃ、知らなんだのか。この山の主は大したことがないのう」
「そんな・・・そんなことは・・・う!?」
「やはり、今日で終わりであろう?」
こくりと、女が頷く。
泣いていた。
「おぬしに一度礼を言いたかった。おぬしに褒められたとき、本当に嬉しかった。本当に初めてであった。剣の腕を今まで磨いてきて、最も嬉しいことであった」
女が涙を、拭いた。
「私がこの山で身を投げ二百年、雪の精になりて寂しく過ごしておりました・・・」
「・・・・・・」
「貴方様を見たのはそんなとき。寂しさに身を募らせていたとき。嬉しかったあ・・・」
「・・・そうで、あったか」
「ずっと見ておりました。見ているだけでございました。ですがあのとき・・・」
すっと一息ついた。
「貴方様がこの山を去り、また一人寂しく八十年。そして、また貴方様が姿を見せたとき・・・・・・」
「貴方様は変わっていなかった・・・」
「このように年をとったがの」
翁の、照れ笑い。
姿は変わっても・・・・・・変わらないものもありますゆえ・・・
「さてと、どうしようか。わしを殺すか?」
杯を置いた。
いろりの火。女の白い肌を赤く照らす。
「情けをおかけしましょうか・・・」
女は袖元で口を隠しながら笑った。また、涙を拭う。
「ほう、それはありがたいの」
翁がにやりとした。
「代わりに、やってほしいことがございます」
「やってほしいこと?」
「ええ。また見せて下さいまし。貴方様が編み出し型を」
「ほ、この寒い中老骨に鞭打つというか・・・・・・どれがいい?」
「お好きな・・・ものを、最後に私に・・・・・・」
精一杯の女の笑顔。
雪の降る朝、翁の亡骸。
愛用の剣を握り、己の家の前で倒れていた。
翁の上に雪はなく、その口元は微笑んでいた。
見つけたのは聖宗。東の剣聖。
薄々感づいていたことで。
北の英雄の、死であった。