小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~それぞれの、~

 男と子供。
 二人手をつなぎ、小さな庭の小さな小さな石の前に。
 石には、何か字が彫ってある。
 庭の草花が、石を飾り立てるように咲いていた。
「これが、父様?」
 女の子が口を開く。
「そうだ、これだ」
 男が、答えた。
 男の額には角があり。
 美しい、鬼。
 子に角はなけれどそれは確かに父子であって。
 それは、鬼の王たる酒呑童子とその娘の朱桜であった。
「何か、言ってやれ」
「あの・・・・・・」
 朱桜が、石の前で腰を下ろす。
「私は・・・幸せです、母様」
「・・・」
「今、幸せです」
「外が、騒がしいな・・・」
 敷地の外が五月蠅い。
 人が慌てふためいている。
 盗まれた、消えた、そうわめいている。
「なんだ、一体・・・?」
「父様、叔父上は?」
 朱桜が腰をあげつつ酒呑童子に。
 朱桜の叔父、酒呑童子の弟茨木童子鬼ヶ城にとどまった。
「茨木は・・・あいつは、いいってさ」
「ふ~ん」
「うん」
「父様。もう少し、ここにいていい?」
「ああ、俺は少し家の中を見てくる」
「はい」
「・・・じー」
「父様?」
「何かあったら、すぐ呼べ!絶対呼べ!!必ず呼べ!!!」
 真剣な顔であった。
「はあ・・・」
 酒呑童子が姿を消す。
 朱桜は庭をまわり、枝を拾い上げた。
 葉もなく花もなく、折れて落ちて枯れた枝。
「母様、これ・・・」
 枝を小さな石の前に置き、また腰をおろす。
 朱桜の小さな手の平で、置いた枝をこすった。
「私の・・・・・・大切な友達に、教えてもらったの」
 枝に花がで、咲き誇り。
 梅の、華。
 朱桜は座って、ただ座って。
 酒呑童子が戻って来るまで長いこと、小さな石の前で座っていた。



「にゃー」
「おー、よしよし。遊んでほしいか?」 
 東北の大妖、鬼姫鈴鹿御前。
 その夫たる藤原俊宗と、愛猫鈴は一人と一匹でお留守番。
「鈴、いくとこないもんな」
「にゃん?」
「俺は、今日行くところがないもの・・・人の身を捨てたとき、全部一緒に置いてきたもの」
「にゃん・・・」
「得たもののほうが、大きかったけどね。なあ、鈴」
「にゃん!」



「悪路王様・・・・・・悪路王様・・・・・・」
 鬼姫鈴鹿御前と、その義兄大獄丸は、切り立った崖から北の海を見下ろしていた。
 潮風が鈴鹿御前の長い艶やかな髪を巻き上げる。
「悪路王様・・・・・・悪路王様・・・・・・」
 囁いていく、言の葉を、紡いでいく。
「私を、お恨みでしょうか?今でも、私をお恨みでしょうか?わたしは・・・・・・卑怯な女です」
 額に生えたる二本の角が、少しずつ伸びていく。
 水が、鈴鹿御前の頬をつたっていく。
「私が、悪かったのでしょうか。悪路王様が悪かったのでしょうか。私には、今も分かりません。分かるはずもはずもない・・・・・・そう、思います。いつか、分かるかもしれない・・・・・・そうも、思います。私と、貴方は、お互いを喰らう・・・運命だったのでしょうか」
 はらはらと、鬼姫は涙をこぼし続ける。
 風に、さらわれる。
 涙を拭うことなく振り返り、大きな鬼に話しかける。
「ねえ、兄上。こんな顔、俊宗には見せられないね」
「ああ、鈴鹿の美人が台無しだ」
「化粧、ぐしょぐしょだよ悪路王様・・・・・・。あのね、悪路王様。俊宗は、よいかたです。私にはもったいないぐらいの、良い、男です」
「・・・もしかしたら、俊宗は、悪路王様に似ているのかもしれない。顔も、背丈も全然違うけれど、どこか・・・・・・やめよう、この話。俊宗は、俊宗だもん」
 鈴鹿御前が、頭を振った。
 一息、置く。また、続ける。
「また、来ます。十年、二十年先、いずれ必ず。そのときに、私の旦那さん、連れてきますね。三人で、ここ・・に、来・・・ます・・ね」
 鬼姫がしゃくりあげ、大獄丸が慰めて。
 哀しき風に、包まれて。鬼が、二匹姿消す。
 あとには、一束の長い髪だけが残されて。
 髪はすぐに汐風にのり、
 海に消えていったのだった。