小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~お出かけ、帰りはじめ~

 白湯気たてる土作りの杯二つ。
 一人は八霊、古寺の頭領。
 一人は全身真っ白の丸い毛の玉。
 三つの眼が、きょろきょろ動いている。
 二本の足で座り、二本の手で杯を持ち、残りの四本の手が手持ちぶさたに空を蠢く。
 八本の手足は虫のそれ。
 土蜘蛛。
 洞窟を作り、その巣に生き、土を愛する妖達。
 土蜘蛛の翁、長き年経た大妖である。
 土蜘蛛の翁が、ぷはーと湯気をはいた。
「もう、昔を知るものも少のうなりましたな」 
「うむ、片手で数えられるほどか」
 頭領、指折り数え、「おうおう、片手じゃないのう、まだ老いぼれはたくさんおる」と言った。
「それでも、少のうなりました。わたしもそろそろ・・・」
「弱気じゃな・・・昔は血気盛んじゃったのに」
「ほ、ほ、ほ。寄る年波には勝てませぬ」
 土をこねる音がする。
 土蜘蛛が二人の横を転がっていく。
 できた?、いんや、と声を掛け合う。
 土蜘蛛達は、その丸い身体をいっそう丸め、
 その毛の中に手足を引っ込め、
 ころころ転がり何度も何体も移動する。
 その度に、空気が揺れ灯りが揺れる。
「らしくないのう・・・おぬしがいなくなれば東は荒れるぞ」
「そうですかな・・・わたしなどただのおいぼれで。ただただ年を重ねただけで」
「そうかね、そうは見えんが」
「ほ、ほ、ほ。そうそう、これは彩花様に」
「ほう。いや、ありがたく頂いておこう」
 翁が土人形を差し出す。へびがとぐろ巻き、舌を出す形。
 素朴な味わい、愛嬌があった。
「これはそなたが?」
「ええ」
「そなたも今は人形師か。いや、土蜘蛛全てがそうか」
「我らの作りしもの、なかなか評判でございますよ。土をこねるのは昔から得意でありますし」
「手も、そのように多いしの」
「ほ、ほ、ほ。最近の大きな仕事は鬼ヶ城に納めましたものでしょうか。あれはなかなか大変でした」
 また、土蜘蛛がころころと転がっていく。
「すまぬな、邪魔して」
「いえいえ、嬉しゅうございますよ。八」
「八霊じゃ」
「八霊様と再びお会いすることが出来て」
「そうじゃの。もう数百・・・いや千年以上か」
 杯を動かす。
 中身は、湯。酒ではない。土蜘蛛は、酒を好まない。
「もう少し、こちらに?」
「うむ」
「思い出を、もう少し咲かせましょうか」
「よいな」

「帰ったぞ」
 懐に、土人形を忍ばせて。
 思い出話に後ろ髪を引かれつつ、頭領、寺に帰ってきた。
 寺の妖達がやけにきゃーきゃー騒いでいる。
「なんじゃ?」
「姫様、そっち!」
「待って~・・・あ、沙羅ちゃん、頭領に挨拶してくるね」
「沙羅殿!そこでござる!」
「あ、ああ~」
「何じゃ?何の騒ぎじゃ?」
「あ、頭領」
「頭領だ」
「頭領~」
 妖達、頭領が帰ってきたことに、全く気付いていなかったようで。
「お帰りなさい、頭領」
「うむ・・・彩花、これは何の騒ぎじゃ?」
「これは、そのですね・・・」
「捕まえた!」
「やったー」
「やった~」
「やったやった!」
「彩花ちゃん、捕まった~」
 近くの川に住む河童の子、沙羅。
 何かを抱えて、二人に近づく。
「沙羅ちゃん、よかったね」
「よ、よかったよう~」
「蛙か」
 沙羅は、蛙、大きな大きなひきがえるを抱えていた。
「あ、頭領さまだ。わ、私、昔からこの子飼ってて、ちょっと、あの、」
 じゅる。
「はい?何の音ですか?」
「じ、実家に残してきたんですけど、新しい住処も見つかったのでこのさい」
 じゅるじゅる。
「あ、あれ。げこちゃん、動かない?どうしたの?」
「かえる、汗垂らしてるぜ~」
「変なの~」
「変~」
「は!」
 頭領、おのれの口より零れるよだれを手の甲で拭く。
「いかんいかん。・・・・・・いや、本当に大きい蛙じゃ」
「そ、そうでしょう~」
「大きくて・・・美味しそう・・・」
「頭領?」
「あははは・・・冗談冗談」
 頭領、笑う。目の奥が、笑っていない。
「ほれ、おみやげ」
 茶色い何かを、姫様に投げる。
「ありがとうございます」
 姫様受け取る、顔をそれに近づける。
「へびのお人形・・・」
「それでげこちゃん、固まってるのかな~」
「多分そうです。きっとそうですよ!」
「彩花、誰が帰ってきておらん?」
「クロさんと葉子さんと太郎さんです。あとは皆」
「帰った~」
「戻った~」
「着いた~」
 姫様のあとに続けて口々に。
「そうかそうか。うん、夜は長い、もう少しまとう」
「はい。皆さんはお疲れでしょうし、寝ていて下さいね」
「は~い」
「は~い」
「は~い」
 旅で疲れていたのか、妖達はすぐに静かになっていく。
 一匹寝、二匹寝、沙羅も帰り、そのうち起きているのは頭領と姫様二人だけ。
 玄関で二人、帰りを待つ。
「そうか、みな・・・いや、まだ三人帰っておらんが・・・帰ってきたか」
「はい」
 昔は違った。寺の妖達の顔ぶれはよく変わった。
 帰ってきたものが半分もないときもあった。
 今は、増えることあれど、減ることはなし。
 彩花が泣いた、あの日より。
「ふあ~、わしも寝る、寝たい、眠い」
 頭領が、あくびをした。
 鬼馬が兄弟のところに行ったので、頭領は「星」を使って移動した。
 「星」は使用者の力を大量に食らう。
「どうぞお休みになって下さい」
「彩花は?」
「もう少し、起きていようと思います」
「そうか。風邪をひかぬようにな。彩花は昔から風邪をひきやすいからの」
「大丈夫ですよ」
 もう、子供じゃないから。
「何か羽織るものをもってこよう」
「その、出来れば、何か食べるものも・・・」
「うん?」
「・・・台所にお団子がありますんで」
 お腹がすいたらしい。
「わかったわかった」
 そう言って、頭領も彩花の傍を離れていった。