小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~まだ、~

 ぼ~っと、自室に座り、本を手に持つ娘が一人。
 部屋には他に誰もいない。
 姫様は、本をその手に持っている。
 持っているだけだった。
 誰かが、姫様の、自分の部屋の戸に立った。
 姫様は何も反応しなかった。
 そっと部屋の戸が開けられていく。
 姫様はじっと、本を眺め続けていた。
 誰かは、姫様の背後に立った。
 それでも、何も反応を見せなかった。 
「姫様・・・・・・」
 姫様より幾分年上に見える女が背中越しに声をかける。
 葉子。その正体は九尾の銀狐。
 妖である。
「その本、上下逆ですよ」
「ああ、本当だ・・・・・・」
 返事をする。それだけだった。振り向きもしない。
 本などどうでもよかったのだ、元々持っていただけなのだから。
「姫様、あのね」
「太郎さん、まだ帰ってこないの?」
「うん」
「どこに行ったのかも?」
「うん」
「太郎さん、帰ってくるよね?」
「う、うん」
「ちょっと遠くに行ってるんだよね?
 まだ三日しかたってないもんね。
 目的地に着いていなかったり?
 それとも、どこかで遊んでいるのかな?
 あ、もしかして、道に迷ってたりして。
 太郎さん、そそっかしいし、子供みたいだし」
「一応、太郎は齢二百を越えてるんだけど・・・」
「ああ、そうでした」
 姫様が笑った。
 葉子が、顔を背けた。見ていられなかったのだ。
 耳も、塞ぎたかった。
 姫様の笑い声は寒々しい音だった。
 これが、あの姫様なのかと葉子は思った。
 生気が、ないよ。こんなの、あたいの知ってる姫様じゃあ・・・
 いや、この「姫様」を葉子は知っている。
 皆知っている。
 前にも同じことがあったから。
 だから、皆このようなことはしまいと誓ったのだ。
 姫様を、悲しませないと。
 太郎は、それをした。
「あの、馬鹿・・・」
 葉子が、呟いた。
 
「彩花は、あの調子か?」
 翁が呟いた。
 葉子に、様子を見に行かせたのは頭領だった。
 疲れた顔をして、葉子は帰ってきた。
「ええ・・・」 
「困ったもんじゃ・・・」
 どちらが、とは言わなかった。
「頭領、太郎は・・・」
「あやつが行きそうなところなど・・・」
 ないなあと声をだす。
「誰も、見ていないんだよね?」
 葉子の呼びかけに寺の妖達もう~んと声を捻り出す。
 太郎は、最後に寺を出た。
 頭を抱える妖達。
 そのとき、風がごおっと寺に吹き付けた。
「黒之助が帰ってきたか」
 頭領が眉をあげた。

「頭領!」
 山伏姿の若い男が息を切らせて入ってきた。
 戸を粉砕しながら。
「見つけましたよ、太郎を見た妖!」
「・・・・・・でかした!」
「さすがクロさん!」
 頭領と葉子が叫んだ。
 姫様連れてくる!、そう言って葉子が走っていく。
 妖達も口々になにか叫んでいて。
 やっと、皆明るくなった。
「ほい」
 ぽいっと黒之助は何かを放り投げる。
 それは、なにやらぎゃーぎゃーわめいていた。
 狸、であった。
 こわいこわいと、高いところ怖いと。