小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~太郎の里帰り~

 嫌いだった。
 
 太郎は自分の生まれ故郷が嫌いだった。
 
 二度と戻ることはないと思っていた。
 
 金銀妖瞳を爛々と光らせる真っ白い大きな狼。
 その傍らには真っ白い小さな狼がぴったり寄り添って。
「兄様、もうすぐです!」
「知ってるよ、俺もあそこにいたんだもの」
「…そうでした」
「懐かしいね……この森はなんにも変わっちゃいない。あそこに、入り口がある、だろ」
 小さな古ぼけた鳥居。緑色の苔が生い茂っていて。
 大の大人がくぐれるかどうか、そのぐらいの、小さな鳥居
 鳥居の向こうにはただ深い暗い森が続くのみ。
 森は、うっそうと繁り、梟がほーほーっと泣き、月が、笑う。
「行きましょう」
「まあ、待て」
 小さな狼は怪訝そうな顔をする。
 大きな狼は落ち葉をごそごそと探る。
 これがいい、っと器用に前足で一枚拾うと、頭にのせた。
 身体をぶるっと震わせると、狼がいた場所に白い煙が立ちこめて。
 狼は消え、若い男の姿が現れた。
「……兄様?どうして人の姿などに?」
「これが、礼儀さ」
「はあ」
「行くぞ」
 すたすたと歩き、鳥居に近づく。
 鳥居の前の空間が、ぐにゃりとゆがむ。
 太郎の姿が飲み込まれる。
 咲夜も鳥居の前に。
 空間がゆがむ。
 小さな狼の姿も消える。
 後には、緑に浸食されつつある、鳥居だけ。

「……ひどいねえ」
 小さな盆地に、村があった。
 いくつかの家屋が、ぽつん、ぽつんと。
 どれも、壊されていた。
 燃やされていた。
 小さな鳥居から、小さな狼が続く。
 鳥居は、北の妖狼族の村への入り口だった。
「まだ、襲われていない……よかった」
 小さな狼が太郎の隣に。安堵の溜息。
 そして、ぎゅっと口をかみ締める。
 感慨深げな様子の「ない」太郎。
 ひどいねえとは言ったが、それだけだ。
 何も感じない、感じたくない。
 いや、
「だが、当然ともいえるねえ」
 黒いものが心を占める。
 妹がうなった。
 怒っているのではないことはすぐに分かる。
 悲しんでいるのだ。
「さてと、一応挨拶だけしておこうか」
 罰の悪そうに言う。
 道を歩き始める。
「変わったなあ……」
 そう、呟いた。