あやかし姫~お帰り~
太郎の傷が癒えるのには時間がかかった。命を、落としかけ、いや、落としていたのだから。
ずっと、姫様と咲夜と磨夜が看病した。
たまに、黒い狼が太郎に近づき、何も言わずに立ち去る。
その繰り返し。
太郎が姫様に、
「寂しくないのか? みんながいなくて?」
と聞くと、
「いいえ。咲夜さんも磨夜さまも優しくしてくれますし……太郎さんも、いますから」
と答えた。
鈴鹿御前と、「太郎の傷が癒えるまで」といった頭領は既にいなくなっている。
妖狼族が、「掟は曲げぬ。他の妖と盟を結ぶ気もない」と主張したので、
「この分からず屋!」
と怒鳴り、二人帰ってしまったのだ。
帰り際、鬼姫は、
「彩花ちゃん達になにかしたら、あんたらすぐに死体にかえてやるよ」
と、物騒なことを言い、頭領は、
「死体など残さぬ、貴様らの生きていた痕跡全てこの世から消し去ってくれよう」
と、もっと物騒な言葉を言い残した。
今、寝ている太郎と座っている姫様、二人っきり。
太郎は、妖狼の姿である。
咲夜の家、太郎がかって暮らしていた家の、一番広い部屋であった。
「頭領、怒っちまったなあ」
「鈴鹿御前様も」
「なあ、姫様ってこんなに長いこと寺を離れたことあったっけ?」
うーんと考え、
「ないと思います。あ、はじめてなんだ」
「はじめてのながのお出かけが怪我人の看病たあねえ」
「看病も、悪くないですよ」
「そっかなあ~」
「そうです」
「……ご免な、俺のせいで今年はみんなでお花見できなかった」
約束、守れなかった。
「そうですね。もう、出来ませんね」
もう、桜は散っていた。
もうすぐ、四月も終わる。
「でも、来年もあります。再来年も」
「そうだな」
「はい」
「俺たちゃ酒盛り、姫様はお団子」
「朱桜ちゃんも沙羅ちゃんも一緒にお団子。でも、花より団子というわけじゃないですよ」
「分かってます……姫様、俺のこと、怖くないか?」
「太郎さんが?」
「あんなに、殺したんだ」
「それは……怖いといえば怖いですね」
「いえば、か」
「ええ」
「いえば、ね」
「でも、怖くないかも」
姫様が、太郎の真っ白な毛に身体を預ける。
太郎は、姫様を柔らかく受け止める。
「でも怖くない、か」
「うん」
太郎は、怪我が癒えると、姫様をその背に乗せて村を出た。
妖狼達は眉をひそめた。
人を、その背に乗せるなど、と。
誇り高き妖狼族が、と。
太郎は気にしなかった。
咲夜と磨夜が泣きながら、鳥居の外まで見送りに来てくれた。
黒い狼も黙ってついてきた。
黒い狼、道三は、
「すまぬ」
とだけ言い、鳥居に消えた。
太郎は、黙ってその言葉を聞いていた。
「さあ、帰るか」
「はい!」
嬉しそうに尻尾を振ると、にこやかに笑う少女を背にしがみつかせ、風のように走り出した。
向かうは、古寺。
懐かしい、我が家。
門の前に皆立っていた。
「お帰りー、姫様!」
「お帰りー、太郎さん!」
人の姿になった太郎の頭をすぱーんと誰かが叩いた。
「いってえ!葉子、黒之助!」
二人の目に、涙が。
「お帰り、だよ」
「よく、帰ってきたな」
それだけ言うと、二人は姫様のもとに駆け寄った。
ぎゃーぎゃー、妖達が騒ぐ。
姫様と太郎のもとに……姫様の方が多いが、まとわりついている。
頭領が、こほんと咳を一つついた。
しんと、妖達が静まりかえる。
「お帰り、彩花、太郎」
「ただいま」
わっと歓声があがる。
今日は、一日、楽しい宴。
花見は出来なかったけど、寺の華は戻ってきたのだ。
真っ白な狼を従えて。
ずっと、姫様と咲夜と磨夜が看病した。
たまに、黒い狼が太郎に近づき、何も言わずに立ち去る。
その繰り返し。
太郎が姫様に、
「寂しくないのか? みんながいなくて?」
と聞くと、
「いいえ。咲夜さんも磨夜さまも優しくしてくれますし……太郎さんも、いますから」
と答えた。
鈴鹿御前と、「太郎の傷が癒えるまで」といった頭領は既にいなくなっている。
妖狼族が、「掟は曲げぬ。他の妖と盟を結ぶ気もない」と主張したので、
「この分からず屋!」
と怒鳴り、二人帰ってしまったのだ。
帰り際、鬼姫は、
「彩花ちゃん達になにかしたら、あんたらすぐに死体にかえてやるよ」
と、物騒なことを言い、頭領は、
「死体など残さぬ、貴様らの生きていた痕跡全てこの世から消し去ってくれよう」
と、もっと物騒な言葉を言い残した。
今、寝ている太郎と座っている姫様、二人っきり。
太郎は、妖狼の姿である。
咲夜の家、太郎がかって暮らしていた家の、一番広い部屋であった。
「頭領、怒っちまったなあ」
「鈴鹿御前様も」
「なあ、姫様ってこんなに長いこと寺を離れたことあったっけ?」
うーんと考え、
「ないと思います。あ、はじめてなんだ」
「はじめてのながのお出かけが怪我人の看病たあねえ」
「看病も、悪くないですよ」
「そっかなあ~」
「そうです」
「……ご免な、俺のせいで今年はみんなでお花見できなかった」
約束、守れなかった。
「そうですね。もう、出来ませんね」
もう、桜は散っていた。
もうすぐ、四月も終わる。
「でも、来年もあります。再来年も」
「そうだな」
「はい」
「俺たちゃ酒盛り、姫様はお団子」
「朱桜ちゃんも沙羅ちゃんも一緒にお団子。でも、花より団子というわけじゃないですよ」
「分かってます……姫様、俺のこと、怖くないか?」
「太郎さんが?」
「あんなに、殺したんだ」
「それは……怖いといえば怖いですね」
「いえば、か」
「ええ」
「いえば、ね」
「でも、怖くないかも」
姫様が、太郎の真っ白な毛に身体を預ける。
太郎は、姫様を柔らかく受け止める。
「でも怖くない、か」
「うん」
太郎は、怪我が癒えると、姫様をその背に乗せて村を出た。
妖狼達は眉をひそめた。
人を、その背に乗せるなど、と。
誇り高き妖狼族が、と。
太郎は気にしなかった。
咲夜と磨夜が泣きながら、鳥居の外まで見送りに来てくれた。
黒い狼も黙ってついてきた。
黒い狼、道三は、
「すまぬ」
とだけ言い、鳥居に消えた。
太郎は、黙ってその言葉を聞いていた。
「さあ、帰るか」
「はい!」
嬉しそうに尻尾を振ると、にこやかに笑う少女を背にしがみつかせ、風のように走り出した。
向かうは、古寺。
懐かしい、我が家。
門の前に皆立っていた。
「お帰りー、姫様!」
「お帰りー、太郎さん!」
人の姿になった太郎の頭をすぱーんと誰かが叩いた。
「いってえ!葉子、黒之助!」
二人の目に、涙が。
「お帰り、だよ」
「よく、帰ってきたな」
それだけ言うと、二人は姫様のもとに駆け寄った。
ぎゃーぎゃー、妖達が騒ぐ。
姫様と太郎のもとに……姫様の方が多いが、まとわりついている。
頭領が、こほんと咳を一つついた。
しんと、妖達が静まりかえる。
「お帰り、彩花、太郎」
「ただいま」
わっと歓声があがる。
今日は、一日、楽しい宴。
花見は出来なかったけど、寺の華は戻ってきたのだ。
真っ白な狼を従えて。