小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~お帰り~

 太郎の傷が癒えるのには時間がかかった。命を、落としかけ、いや、落としていたのだから。
 ずっと、姫様と咲夜と磨夜が看病した。
 たまに、黒い狼が太郎に近づき、何も言わずに立ち去る。
 その繰り返し。
 太郎が姫様に、
「寂しくないのか? みんながいなくて?」
 と聞くと、
「いいえ。咲夜さんも磨夜さまも優しくしてくれますし……太郎さんも、いますから」
 と答えた。
 鈴鹿御前と、「太郎の傷が癒えるまで」といった頭領は既にいなくなっている。
 妖狼族が、「掟は曲げぬ。他の妖と盟を結ぶ気もない」と主張したので、
「この分からず屋!」
 と怒鳴り、二人帰ってしまったのだ。
 帰り際、鬼姫は、
「彩花ちゃん達になにかしたら、あんたらすぐに死体にかえてやるよ」
 と、物騒なことを言い、頭領は、
「死体など残さぬ、貴様らの生きていた痕跡全てこの世から消し去ってくれよう」
 と、もっと物騒な言葉を言い残した。
 今、寝ている太郎と座っている姫様、二人っきり。
 太郎は、妖狼の姿である。
 咲夜の家、太郎がかって暮らしていた家の、一番広い部屋であった。
「頭領、怒っちまったなあ」
鈴鹿御前様も」
「なあ、姫様ってこんなに長いこと寺を離れたことあったっけ?」
 うーんと考え、
「ないと思います。あ、はじめてなんだ」
「はじめてのながのお出かけが怪我人の看病たあねえ」
「看病も、悪くないですよ」
「そっかなあ~」
「そうです」
「……ご免な、俺のせいで今年はみんなでお花見できなかった」
 約束、守れなかった。
「そうですね。もう、出来ませんね」
 もう、桜は散っていた。
 もうすぐ、四月も終わる。
「でも、来年もあります。再来年も」
「そうだな」
「はい」
「俺たちゃ酒盛り、姫様はお団子」
「朱桜ちゃんも沙羅ちゃんも一緒にお団子。でも、花より団子というわけじゃないですよ」
「分かってます……姫様、俺のこと、怖くないか?」
「太郎さんが?」
「あんなに、殺したんだ」
「それは……怖いといえば怖いですね」
「いえば、か」
「ええ」
「いえば、ね」
「でも、怖くないかも」
 姫様が、太郎の真っ白な毛に身体を預ける。
 太郎は、姫様を柔らかく受け止める。
「でも怖くない、か」
「うん」

 太郎は、怪我が癒えると、姫様をその背に乗せて村を出た。
 妖狼達は眉をひそめた。
 人を、その背に乗せるなど、と。
 誇り高き妖狼族が、と。
 太郎は気にしなかった。
 咲夜と磨夜が泣きながら、鳥居の外まで見送りに来てくれた。
 黒い狼も黙ってついてきた。
 黒い狼、道三は、
「すまぬ」
 とだけ言い、鳥居に消えた。
 太郎は、黙ってその言葉を聞いていた。

「さあ、帰るか」
「はい!」
 嬉しそうに尻尾を振ると、にこやかに笑う少女を背にしがみつかせ、風のように走り出した。
 向かうは、古寺。
 懐かしい、我が家。

 門の前に皆立っていた。
「お帰りー、姫様!」
「お帰りー、太郎さん!」
 人の姿になった太郎の頭をすぱーんと誰かが叩いた。
「いってえ!葉子、黒之助!」
 二人の目に、涙が。
「お帰り、だよ」
「よく、帰ってきたな」
 それだけ言うと、二人は姫様のもとに駆け寄った。
 ぎゃーぎゃー、妖達が騒ぐ。
 姫様と太郎のもとに……姫様の方が多いが、まとわりついている。
 頭領が、こほんと咳を一つついた。
 しんと、妖達が静まりかえる。
「お帰り、彩花、太郎」
「ただいま」
 わっと歓声があがる。
 今日は、一日、楽しい宴。
 花見は出来なかったけど、寺の華は戻ってきたのだ。
 真っ白な狼を従えて。