小説置き場2

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袁術伝

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 風にゆたう髪を掻き上げる

 眼前の十万を越える兵に胸が躍る

 「袁術

 四世三公の名門・袁家のもう一人の主は、戦を前に心を高ぶらせていた

 袁術は目をつぶり、空を見上げた

「……」

 袁術にとって、徐州攻めは久し振りの戦である

 今まで戦をせずに、少しずつ力を蓄えてきた

 曹操に負けてから、少しずつだ

 本当は、先に南方を攻めようかと思っていたが孫策が全てやってしまった

 まだまだひよっこだと思っていたが、父親の血は受け継がれているようだ

 あれは、良い武将になった

 今回の戦の先鋒に孫策を使いたかったが、新たに加わった領土の鎮撫に忙しいという

 まあ、いいだろう

 劉備など、大した武将ではあるまい

 もう一度、眼下の兵に目をやる

 十万

 今この国に、これだけの兵を動員出来るのは曹操と、兄・袁紹だけだ

 その曹操は、張繍と対陣している

 張繍劉表と手を結んでいる気配があった

 劉表は、兄と手を結んでいた。そして、孫策の敵にあたる

 兄は、長い間公孫瓚と対峙していてあと一押しというところまで来ていた

 戦を重ねた、というわけではない。諜略で少しずつ公孫瓚の力を剥いでいった

 兄らしいと思う。兄は、昔から血を好まなかった

 自分なら、もう撃ち破っていると思う

 じっくりとやるのは苦手だ

 兄からはよく手紙がきた

 手紙は他愛もないもので、

「元気? 好き嫌いしていない? 歯ちゃんと磨いている?(*´∀`)ノ」 

 という感じの内容だ。どうでもよいので無視すると、

「どうしたの? 病気? 返事ちょうだい(´;ω;`)」

 と、水で滲んだ手紙が送られてくる

 可哀想なので返事を返してやる

 すると、たいそう喜ぶ

「殿」

 中性的な顔立ちをした武将が袁術に声をかけた

 右目に、刀傷がある

 袁術は、その武将の顔をまじまじと見た

 「紀霊」

 袁術軍の筆頭武将である

「殿、そろそろよろしいかと」

「うむ……なあ、紀霊」

「は」

 どちらかというと、紀霊の声は高い声だった

 袁術の方が高い声ではあるが

「この軍、どう見る?」

「……士気はありましょう。ただ、質は……」

「よくない、か」

「……はい」

 武将が、いない。袁術軍の悩みの種だった。一応数はいるが、あまり優秀だとは思えない

 ここにいる紀霊と、孫策ぐらいだった

「やはり、呂布は配下に加えたほうが良かったか?」

「殿のことを思うならば」

「お前は?」

「……」

 意地の悪い質問だと袁術は思った

 呂布が領内に入ったとき、袁術は受け入れなかった

 個人の武勇が高いだけの猪武者だと思ったのだ

 それに、紀霊が呂布の名にかすかに拒否反応を示した

 それは、長く、都で兄や曹操達と学問を学んでいた頃から一緒にいる袁術にしか分からないものだった

 袁術に拒絶された呂布は、兄の元に行った

 兄はそのことに喜び、しばらく手紙の内容は呂布のことばかりだった

 が、呂布は兄の元を去ってしまった。落胆したという内容の手紙がやたらと届いた

 その後、呂布曹操と争い、惜しいところまでいった。袁術は、ただ驚いていた

 戦、ちゃんと出来たのかと

 結局奮戦したものの呂布は敗れ、今は劉備の元にいる

 もし、劉備呂布と一緒に闘えば面倒だと思っていたが、その兆しはないという

「出来れば、関羽張飛は配下に加えたいな」

「よろしいかと。劉備は?」

「どうでもいい……ああ、降伏するなら命だけは助けてやろうか」

「はい」

 風が、気持ちいい

 袁術が紀霊の顔に手を伸ばした。紀霊が目を閉じる

 紀霊の目の傷をゆっくりと指でなぞった

「この傷、消えないな」

「深いものでしたので」

「懐かしいな。あの時お前がいなかったら、今私はここにはいない」

「……」

「行こうか」

「はい」

 袁術軍の旗が、一斉にあがる

 覇者の、軍

 覇者の、戦

 覇者は自分だ。兄ではない

 袁術はいつもそう考えていた