小説置き場2

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劉備伝2

袁術、か……」

 徐州を攻める。悪くはないと思う

 南からの脅威は去った、そう考えて軍を動かしたのだろう

 劉備は馬に揺られながら考えていた

 南を攻め取ったのは孫策だった。破竹の勢いであった

 最初、二千しかいなかった兵も、既に四万を越えているという

 顔見知りだった太史慈も、孫策に従った

 そう考えると、袁術の力は飛躍的に増えた
 
 もし、孫策がずっと袁術の元にいるのならば、だが

「兄者……」

 関羽劉備の義兄弟である。暗い顔をしていた

「関さん、どうした?」

「よろしいのですか、本当にこれで?」

「いいんだよ」

呂布殿と組めば、あるいは……」

 呂布

 呂布さんと組む。確かに、魅力的な考えだった。何度も、それは考えた

 劉備は、徐州に転がり込んできた呂布さんや呂布軍の人間と何回も話をした

 呂布さんは、子供みたいな人だった。純粋で、可憐だった

 ほがらかに、よく笑っていた。それを見ていると、不思議と穏やかな気持ちになった

 曹操どんや袁紹どんが熱をあげているのも、なんとなくわかる気がする

 それに、呂布軍は強かった

 五千の兵のうち、ほとんどが騎馬兵である

 その動きは、白馬義従が赤子のように思えるくらいのものだった

 それを率いている高順、張遼も良い武将だ

 高順は、叩き上げの軍人で、関さんと同じ匂いがした

 張遼は、呂布さんをさらに子供にした感じで、だだっ子振りが張飛に似ていた

 関さんに「勝負、勝負!」と言って、よく貂蝉さんに叱られていた

 貂蝉さんは、よくわからない。一応、呂布軍の文官だという

 しかし、陳到が「ただ者では……ない」と何度も言っていた

 あと、三人ほど部隊長がいたが、これはあんまり覚えていないし、どうでもいい

 これが、以前の呂布軍の中核で、この軍なら、劉備は喜んで手を組んだだろう

 呂布さんは、戦は強かった。戦だけだった

 劉備の見るところ、良い武将にはなれても、良い君主にはなれないだろうと思っていた

 優しい、人だ

 優しすぎる

 もし、丁原が生きていたら、呂布さんにとって一番良かったのかもしれない

 二人は、上手くいっていたのだ。丁原は戦は上手くなかったが、気骨があり、よく領内を収めていた

 自分なら、どうだろうと劉備は考えた

 すぐに、やめた

 今の呂布さんは、天下を狙っている

 いや、呂布さんではない

 陳宮が、だ

 何度か、呂布軍の軍師たる陳宮とも酒を酌み交わした

 優れた、男だ。切れすぎるぐらいだ

 だが、信用のおける男ではなかった。

 曹操と戦になったのも、この男のせいだった

 呂布さんに、惚れ込んでいるのだ。呂布さんの天下を、誰よりも望んでいた

 そして、急いていた。手段を選ばないところがある

 一緒には、組めない。それが劉備の結論だった

 組んでいい相手と、組んではいけない相手がある

 陳宮とはあわないだろうと、劉備は感じた。目指すところが、全く違うのだ

 袁術が攻めてくる、そう聞いたとき、劉備はこれは……と思った

 徐州は、完全に劉備のものになっていない。陶謙の元配下、曹豹などが幅をきかせていた

 陶謙に譲られた土地、そのことが劉備の枷になった

 徳の将軍

 それもまた劉備を強く縛った。このままでは、雄飛出来ない。兵も、集まらなかった

 陶謙の元配下で糜竺という者がいた

 気があった。優秀な文官でもあった

 妹がまた可愛くて、呂布さんいじょう!(人*´∀`)

 置いといて、二人でどうすればいいかを話し合った

 こんなとき、劉備には相談相手がいなかった。関さんや張飛じゃあ無理なのだ。二人は軍人だった

 一応、糜竺と話したが、彼は軍師ではないのだ

 話し合ったというよりは、劉備の考えをまとめる作業

 その結論は、徐州を捨てるだった

 最初、関さんと張飛に話したときは反対された

 だが、すぐに説得できた。二人とも、ここでは、天下を狙うなど無理だとわかってはいたのだ

 出来れば、自分の名を傷つけずに徐州を捨てたかった

 陳宮袁術。この二人のおかげで、うまく捨てられる。そう劉備は思った

 袁術は十万の兵だった。出陣したと聞いて、すぐに劉備は兵を集めた

 四万しか集まらなかった。それでも、いい

 わざと、張飛を城に残して出撃した

 今、陳宮が何を考えているか手に取るようにわかる

 今なら、徐州をとれる

 そう思っているはずだ。そして、動き始めていた

 劉備は、ほくそ笑んだ。あとは、張飛に任せておけばいい

 今は、目の前の袁術軍だった

「殿、さすがに凄い数ですね……」

「うん」

 陳到が話しかけてきた。今は劉備の旗本を率いている

 いつも、布で顔を隠していた。その素顔を、劉備は見たことがなかった

 女だというのは知っている

 陳到の、顔を覆う布の間から見える瞳が、心配そうに劉備を見ていた

「数は凄いけど……数だけだ」

「そうなのですか……」

 陳到は、諜報が主な仕事だった

 武術にも長けていたが、戦の駆け引きが上手いと思ったことはない

 それでも、護衛として陳到以上の人間は劉備軍にはそうはいない

 関さんと、張飛だけだ

「中央の三万。多分袁術の本隊だと思うけど、そこだけだね、やっかいそうなのは。あとは、自分たちの数を頼りにしているだけだよ」

「はあ……」

「みなよ、袁術はもう勝ったと思ってるんだろう。ゆったりと軍を進めてるね」

 少しずつ、横に広がっていた。こちらを囲むつもりなのだろう。

「どれだけ、おいらが戦を重ねてきたとおもってるんだ。黄巾の乱が始まったときに旗揚げしてからどれだけの戦を? 甘いねえ。やはり、お坊ちゃんだ」

 何度も、戦を重ねて見えてきたものがあった

 今の自分に、同数の兵を率いての戦で勝てる人間は数えるほどしかいないだろう

 袁術は、その中に入ってはいない

「……」

「相手の力量をはかれないのは、ねえ。いくよ、関さん。とりあえず、勝ちはしたいからね。一度、右翼の陣を破る。騎馬隊を前面にして全軍で突撃。本隊にはぶつからないようにね。破ったらすぐ反転。今度は騎馬隊を後方にもう一度右翼を突き破る。それから、また陣を敷き直すよ」

「御意」

「さてと、一暴れといこうかい」

 いつ、自分にとっての時が来るのだろうと、少しずつ速度をあげる自軍の中で劉備はふと思った。

 少なくとも、今ではない。そう思い、少し笑った

 いつかは、来る。そう信じていた。それまで、ただ戦い続ける。

 それだけだ。それだけでいいと劉備は思っていた。

 関さんの雄叫びが聞こえた。

 戦の、始まりだった。