小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~旅の人(6)~

「俺に?」
「ああ。太郎殿に用があるのだとさ」
 古寺で、妖達と一緒に寝っ転がっている白い狼。
 妖のうち、何匹かは、その白い身体の上にのっかって。
 妖狼、太郎である。
 小雨の音に時折耳を動かしながら、帰ってきた黒之助の話を聞いていた。
 黒之助は、木箱を開け、その中身をあーでもないこーでもないとがさごそしつつ、である。
「俺に用ね……それなら、俺が行けば良かったか」
 太郎が大きく息を吐くと、身体を起こした。
 太郎にのっかっていた妖達がごてごてと落ちる。
 なんだよーっと文句を言う。
 太郎には、それを意に介す様子はなかったが。
 ぶつくさぶつくさ文句を言う妖達を尻目に、黒之助との会話を続けて。
「拙者もそればっかりはなあ……せっかくの遠見の術でも、見通せなかった」
 遠見の術。その名の通り、遠くを見通せる術。
「覚え立て、だもんな。それで姫様達、どこにいたんだ? どうせ、村の子と遊んでたんだろうけど」
 時が経ちすぎていた。
 あまり、心配はしていなかったけれど。
 姫様達が長く村にいるのはよくあること。
 葉子も、ついている。
 あった、と、黒之助が言った。
 それから、太郎との会話を続ける。
 その手には、お札と蛤が握られていた。
 両方とも、「腰」と書かれていた。
「いや、隣町への道にいた」
「はあ?」
「木の下で、雨宿りしてた」
「隣町に行く気だったのか?」
 面妖なこったと太郎が。
 変ですね~っと二人の話を聞いていた妖達も。
 黒之助も、そういえば、と。
 二人は、お札を配りに行ったのだ。
 隣町に用事はないはず。
「ま、俺が聞けばいいか」
「そうしてくれ。姫さんと葉子殿、茶屋で待つと言っていた。それと、これ持っていってくれ」
 床に、札と蛤を置いた。
「そんじゃあ、行くわ」
 太郎は庭に下りると、木の葉を器用に前足でちぎり、器用に前足で頭に乗せた。
 白い煙。 
 ぽんと起こる。
 変化、である。
 白い犬の姿は消え、そこには人の若者の姿。 
 寺の中でも、ぽんと煙が起こった。
 こちらは、黒い煙。
 煙のあとには、烏の姿。
 黒之助が、変化したのだ。
「留守番、よろしく。頭領の分もな」
 札と蛤を懐に入れながら太郎が。
 黒烏がうむと頷く。
「頭領、何をしておられるのだろう……急に出かけられたが……」
「さあな。どっかで遊んでんだろ」
 太郎が、そんじゃあっと。
 手をひらひらさせ、寺を出ようと。
 そのとき、黒之助が「馬鹿犬」と太郎の背に呟いた。
「……誰が阿呆で馬鹿で若造だ。焼き鳥にしちまうぞ」
「阿呆。傘ぐらい持っていけ」
 あ。と言うと、太郎空を見上げる。
 雨は、まだ降っていた。
「……いやあ、この雨だぜ?」
「小雨でも、持っていけ」
「ちえっ。めんどくせえな」
「姫さんが待っておられる。早く行けよ」
「おお、おお。わかったわかった」
 太郎が、姿を消す。
「はあ……疲れた。遠見の術、簡単そうにみえて以外と疲れる術なんだな……」
「クロさーん、どうだった?」
「どうだった?」
「そうだな……一眠り、させてもらうよ」
「うわ、つまんね!」
「つまんない!」
「おきろ!」
「……黙れ」
 わめいていた妖達が、その一言で静かになる。
 今、寺には黒之助と自分たちしかいないのだ。
 もし、怒らせたら……
 黒之助を止められるものは、どこにもいない。
 妖達はぶるっと震えた。
 黒烏は、静かになったのでそれで満足。
 遠見の術――遠くの物事を見通す術――を試し、疲れている。
 早く帰ってこないかなあと言うと、その息を潜めたのだった。

 姫様、大きく悲しく息をつく。
 紅い巾着をひらひらさせる。
 横で、葉子がおあげを頬張っていた。
 茶屋の主人が、じろじろと何度も葉子を見ていた。
 姫様、本当にすみませんとその度に頭を下げて。
 二人は茶屋の外ではなく、中にいた。
「やっぱり、お団子もいいけどおあげさね~」
「葉子さん!」
「だって……」
「もー、太郎さんはまだ!?」
「慌てない慌てなーい。そんなに早く来やしないさ。さ、お一つどう? 食べてもいいよ、姫様なら。他の奴らは駄目だけど、姫様なら、ね」
「うー……頂きます」
 ちらちらと、申し訳ないですと店主を見ながら。
 まあ、いいだろうよ、お得意様だし。そう、店主が呟いた。
 ほっと、姫様は胸をなで下ろす。
「すみません……」
「まあ、今はあんたらしか客がおらんしなあ」
「雨があがったから……これから、また、増えますね」
「だと、いいがね……」
「よ!」
 一陣の風。
 傘を開いたまま、男が店の中に入ってきた。
 にこにこと笑っている。
 傘を、店の中でくるくると回しながら。
「や! 太郎、早かったね」 
「急いできたからな。で、姫様。用って……」
 姫様は太郎に負けないぐらいにこにこしながら近づくと、ぎゅっとその足先を踏みつけた。
 いて! っと太郎が。
「傘、閉じる!」
「ああ、わりいわりい」
 忘れてた。
「忘れる?」
 店主が、太郎の言葉に反応した。
 建物の中で傘を閉じる事を、忘れる? 
 忘れる、ものか?
「おっちゃん、気にすんな」
「太郎さん、お札とお薬……持ってきました?」
「ああ、黒之助に渡されたな……ほい」
 姫様、太郎からお札と蛤を受け取る。
 貝殻を、開く。緑色の粒が、六つ入っていた。
 貝殻を、閉じる。
 そして、姫様はそれらを茶屋の店主に手渡した。
「札は、奥さんの近くに。薬は、朝晩ご飯と一緒に飲むように飲み終わる頃には、よくなるかと」
「……ありがとな」
「いえいえ」
「……じゃあ、この代金はいらねえな」
 笹の葉でくるまれた何か。
 店主はそれを指差した。
 姫様が子供達に買ったお菓子である。
「そんな! 悪いですよ!」
「いいじゃん、それで。ねえ、太郎」
「おっちゃんがそれでいいなら、いいんじゃねえの」
「駄目! これじゃあ、釣り合ってない! ご主人が、損してます!」
「ま、それもありだ」
「……じゃあ……」
 店主と姫様の話は続く。
 店主の注意は、全部姫様に。
 それを見計らって、そっと太郎が銀狐に耳打ちした。
「で、葉子。何の用だ?」
「あんたの鼻に頼みたい事があってね」
「ほう……」
「話は、おいおい、道行く先でね。姫様、そろそろ。子供達、きっと待ってますよ」
「それじゃあ、半分ずつということで」
「……わかった。じゃあ、俺と嫁さんの分で全部だな」
「え、いや、そうじゃなくて」
 半額にまけてもらうという……
「……連れが、いっちまうぞ」
「ああ、もう! じゃあ、それで!」
 姫様が、葉子さん、太郎さん、待ってと。
 お菓子も、忘れずに。
 主人が、またと呟くと、
「……今日は、店じまいだな」
 そう、言った。
 札と薬を持つと、店主は奥に引っ込んで。
 奥から、女の声とそれを労る店主の声がした。