小説置き場2

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徐州の戦(3)

成廉「陳珪殿に会ってどうするつもりですか?」

呂布「状況を聞いて、いけると思ったら、そこから崩す!」

魏越「なるほど……」

 呂布が、赤兎を走らせる。

 その後ろにぴったりと二千騎が付き従っている。

 呂布の本隊。漆黒に染められたる騎馬隊。最強の名を、欲しいままにしていた。

 選りすぐりの精兵揃いである。

 丁原に仕えていた者もいる。

 そういう人間は、随分と少なくなってしまったが。

 戦に次ぐ戦。敗戦もあった。

 それでも、呂布についてきた者達。

 皆、呂布と似ているのだ。そういう生き方しか出来なかった。

 悔いがないといえば、嘘になる。

 それでも、今の主に仕えることが出来て幸せだった。



陳珪「きたか……」

 漆黒の騎馬隊。先頭に、赤い巨馬に乗った少女の姿。

 もう少しだ。もう少しで……

陳珪部下「陳珪さま、何故陣形を変えるのですか? これではまるで……」

陳珪「うん、ああ。気にするな」

 弓矢。

 昔から得意だった。

 外したことはなかった。
 
 

呂布「陳珪!」

 呂布が叫んだ。陳珪が、前に出る。

 敷かれている陣を見て、呂布の笑顔が消えた。

呂布「これは……どういうこと? 陳珪?」

 どう見ても、正面の敵に向けられた陣形ではない。

 自分に、向かっている。
 
 その間にも、陳珪は一人で進んでいく。

 もう一度、声をかけようとした。

 陳珪が、弓矢を構えた。

 後ろから、呂布さまという声がした。

 景色が、ゆっくりになる。

 聞こえる音も、ゆっくりになる。

 悲鳴が、聞こえた。

 ゆっくりと、放たれるもの。

 ゆっくりと近づくもの。

 身体が、動かない。

 反応、できない。

 わからなかった。意味が、わからなかった。

 心が、悲鳴をあげていた。

呂布「あれ?」

 気づけば、赤い華が、自分の身体から咲いていた。

 お腹に、咲いていた。

 あれ、と、もう一度言った。

 陳珪が、笑っている。何が可笑しいのだろうと思った。

 そうか、曹操さんからくれた花……

 でも、あれは……

 鈍い痛みが、赤い華から、広がっていく。

 幾つも幾つも、赤い花びらが落ちていく。

 受け止めようとした。受け止めきれなかった。

 視界が、揺れた。ぐらりと、揺れた。

呂布「わから、ないよう……なん……にも……」

 赤兎の首に、身体を預ける。

 起こすことが、出来ない。

 考えが、まとまらない。

 どうすることも、出来ない。

 目から、水が零れていた。それが、口に入った。

呂布「……あ、……しょっぱい……」

 そこまで、だった。

 全てが、闇に閉ざされた。



成廉「呂布さま!!!」

魏越「呂布さま!!!」

 二人、馬を呂布に近づける。夢中だった。

 血が、流れていた。

 呂布の、小さな身体から。

 矢が、刺さっていた。

 嘘だと思った。これは、悪い夢なのだと。

 まだ、息をしている。荒い息だった。

 呂布は、泣いていた。

成廉「しっかりしてください呂布様!」

魏越「い、いかん! 成廉、赤兎に乗れ!」

成廉「ぎ、魏越!」

 一斉に、声があがった。地響きがおこった。

 陳珪が、馬を飛ばしている。

 陳珪軍が、全軍で押し寄せている。

魏越「りょ、呂布様を頼む!」

 成廉が走り出す。

 仲間が、走り出す。向かっていく。

 皆、青ざめていた。

魏越「う、ああああ!」

 赤兎に、乗り換えた。呂布を、しっかりと左手で抱える。

魏越「走れ! 赤兎!」

 赤兎に乗るのは、初めてだった。

 赤兎が、首を振る。

 走り出した。

魏越「頼む! 頼む! 頼む! まだ! まだ!」

 悲鳴に似た、叫び。



魏越「我ら、呂布様の盾になるぞ!」

 眼前に広がる兵の数は二万五千。

 こちらの兵力は二千。死が、間違いなく訪れる。

 それでも、いくしかなかった。

 同僚の顔を見る。皆、同じ顔をしていた。

 青ざめていた。そして、笑っていた。

魏越「陳珪」

 裏切ったのだ。あの男が。先頭で駆けてくる。

 向かっていった。

 この手で、殺す。

 そう、思った。

 もう一度叫んだ。

 馳せ違う。刃が、光る。一太刀だった。

 首が、飛んだ。

 魏越の首、だった。

陳珪「逃がさぬ……」

 返り血を浴びながら、陳珪が言った。

 また一人、斬った。

陳珪「ふふ、あはははは!」

 うまく、いった。

 うまく行き過ぎた。それが陳珪にはおかしかった。

 兵達の、一瞬の心の空白。

 呂布を射たその瞬間に、生じた空白。

 その空白を、熱で埋めることが出来た。

 狂乱という熱。

 もはや、相手が味方であったことなどわかるまいよ。

 ただ、殺すだけだ。

 最強の騎馬隊が、そこかしこで討たれている。

 核を失った軍は、もろい。

 それは、呂布自身で、今まで教えてきたことだった。

 赤兎が、逃げていく。走りは、遅い。

 主人の傷を、気遣っているのか。

陳珪「そんな心配、しなくてもいいのに」

 また、笑った。