徐州の戦(3)
成廉「陳珪殿に会ってどうするつもりですか?」
呂布「状況を聞いて、いけると思ったら、そこから崩す!」
魏越「なるほど……」
呂布が、赤兎を走らせる。
その後ろにぴったりと二千騎が付き従っている。
呂布の本隊。漆黒に染められたる騎馬隊。最強の名を、欲しいままにしていた。
選りすぐりの精兵揃いである。
丁原に仕えていた者もいる。
そういう人間は、随分と少なくなってしまったが。
戦に次ぐ戦。敗戦もあった。
それでも、呂布についてきた者達。
皆、呂布と似ているのだ。そういう生き方しか出来なかった。
悔いがないといえば、嘘になる。
それでも、今の主に仕えることが出来て幸せだった。
陳珪「きたか……」
漆黒の騎馬隊。先頭に、赤い巨馬に乗った少女の姿。
もう少しだ。もう少しで……
陳珪部下「陳珪さま、何故陣形を変えるのですか? これではまるで……」
陳珪「うん、ああ。気にするな」
弓矢。
昔から得意だった。
外したことはなかった。
呂布「陳珪!」
呂布が叫んだ。陳珪が、前に出る。
敷かれている陣を見て、呂布の笑顔が消えた。
呂布「これは……どういうこと? 陳珪?」
どう見ても、正面の敵に向けられた陣形ではない。
自分に、向かっている。
その間にも、陳珪は一人で進んでいく。
もう一度、声をかけようとした。
陳珪が、弓矢を構えた。
後ろから、呂布さまという声がした。
景色が、ゆっくりになる。
聞こえる音も、ゆっくりになる。
悲鳴が、聞こえた。
ゆっくりと、放たれるもの。
ゆっくりと近づくもの。
身体が、動かない。
反応、できない。
わからなかった。意味が、わからなかった。
心が、悲鳴をあげていた。
呂布「あれ?」
気づけば、赤い華が、自分の身体から咲いていた。
お腹に、咲いていた。
あれ、と、もう一度言った。
陳珪が、笑っている。何が可笑しいのだろうと思った。
そうか、曹操さんからくれた花……
でも、あれは……
鈍い痛みが、赤い華から、広がっていく。
幾つも幾つも、赤い花びらが落ちていく。
受け止めようとした。受け止めきれなかった。
視界が、揺れた。ぐらりと、揺れた。
呂布「わから、ないよう……なん……にも……」
赤兎の首に、身体を預ける。
起こすことが、出来ない。
考えが、まとまらない。
どうすることも、出来ない。
目から、水が零れていた。それが、口に入った。
呂布「……あ、……しょっぱい……」
そこまで、だった。
全てが、闇に閉ざされた。
成廉「呂布さま!!!」
魏越「呂布さま!!!」
二人、馬を呂布に近づける。夢中だった。
血が、流れていた。
呂布の、小さな身体から。
矢が、刺さっていた。
嘘だと思った。これは、悪い夢なのだと。
まだ、息をしている。荒い息だった。
呂布は、泣いていた。
成廉「しっかりしてください呂布様!」
魏越「い、いかん! 成廉、赤兎に乗れ!」
成廉「ぎ、魏越!」
一斉に、声があがった。地響きがおこった。
陳珪が、馬を飛ばしている。
陳珪軍が、全軍で押し寄せている。
魏越「りょ、呂布様を頼む!」
成廉が走り出す。
仲間が、走り出す。向かっていく。
皆、青ざめていた。
魏越「う、ああああ!」
赤兎に、乗り換えた。呂布を、しっかりと左手で抱える。
魏越「走れ! 赤兎!」
赤兎に乗るのは、初めてだった。
赤兎が、首を振る。
走り出した。
魏越「頼む! 頼む! 頼む! まだ! まだ!」
悲鳴に似た、叫び。
魏越「我ら、呂布様の盾になるぞ!」
眼前に広がる兵の数は二万五千。
こちらの兵力は二千。死が、間違いなく訪れる。
それでも、いくしかなかった。
同僚の顔を見る。皆、同じ顔をしていた。
青ざめていた。そして、笑っていた。
魏越「陳珪」
裏切ったのだ。あの男が。先頭で駆けてくる。
向かっていった。
この手で、殺す。
そう、思った。
もう一度叫んだ。
馳せ違う。刃が、光る。一太刀だった。
首が、飛んだ。
魏越の首、だった。
陳珪「逃がさぬ……」
返り血を浴びながら、陳珪が言った。
また一人、斬った。
陳珪「ふふ、あはははは!」
うまく、いった。
うまく行き過ぎた。それが陳珪にはおかしかった。
兵達の、一瞬の心の空白。
呂布を射たその瞬間に、生じた空白。
その空白を、熱で埋めることが出来た。
狂乱という熱。
もはや、相手が味方であったことなどわかるまいよ。
ただ、殺すだけだ。
最強の騎馬隊が、そこかしこで討たれている。
核を失った軍は、もろい。
それは、呂布自身で、今まで教えてきたことだった。
赤兎が、逃げていく。走りは、遅い。
主人の傷を、気遣っているのか。
陳珪「そんな心配、しなくてもいいのに」
また、笑った。
呂布「状況を聞いて、いけると思ったら、そこから崩す!」
魏越「なるほど……」
呂布が、赤兎を走らせる。
その後ろにぴったりと二千騎が付き従っている。
呂布の本隊。漆黒に染められたる騎馬隊。最強の名を、欲しいままにしていた。
選りすぐりの精兵揃いである。
丁原に仕えていた者もいる。
そういう人間は、随分と少なくなってしまったが。
戦に次ぐ戦。敗戦もあった。
それでも、呂布についてきた者達。
皆、呂布と似ているのだ。そういう生き方しか出来なかった。
悔いがないといえば、嘘になる。
それでも、今の主に仕えることが出来て幸せだった。
陳珪「きたか……」
漆黒の騎馬隊。先頭に、赤い巨馬に乗った少女の姿。
もう少しだ。もう少しで……
陳珪部下「陳珪さま、何故陣形を変えるのですか? これではまるで……」
陳珪「うん、ああ。気にするな」
弓矢。
昔から得意だった。
外したことはなかった。
呂布「陳珪!」
呂布が叫んだ。陳珪が、前に出る。
敷かれている陣を見て、呂布の笑顔が消えた。
呂布「これは……どういうこと? 陳珪?」
どう見ても、正面の敵に向けられた陣形ではない。
自分に、向かっている。
その間にも、陳珪は一人で進んでいく。
もう一度、声をかけようとした。
陳珪が、弓矢を構えた。
後ろから、呂布さまという声がした。
景色が、ゆっくりになる。
聞こえる音も、ゆっくりになる。
悲鳴が、聞こえた。
ゆっくりと、放たれるもの。
ゆっくりと近づくもの。
身体が、動かない。
反応、できない。
わからなかった。意味が、わからなかった。
心が、悲鳴をあげていた。
呂布「あれ?」
気づけば、赤い華が、自分の身体から咲いていた。
お腹に、咲いていた。
あれ、と、もう一度言った。
陳珪が、笑っている。何が可笑しいのだろうと思った。
そうか、曹操さんからくれた花……
でも、あれは……
鈍い痛みが、赤い華から、広がっていく。
幾つも幾つも、赤い花びらが落ちていく。
受け止めようとした。受け止めきれなかった。
視界が、揺れた。ぐらりと、揺れた。
呂布「わから、ないよう……なん……にも……」
赤兎の首に、身体を預ける。
起こすことが、出来ない。
考えが、まとまらない。
どうすることも、出来ない。
目から、水が零れていた。それが、口に入った。
呂布「……あ、……しょっぱい……」
そこまで、だった。
全てが、闇に閉ざされた。
成廉「呂布さま!!!」
魏越「呂布さま!!!」
二人、馬を呂布に近づける。夢中だった。
血が、流れていた。
呂布の、小さな身体から。
矢が、刺さっていた。
嘘だと思った。これは、悪い夢なのだと。
まだ、息をしている。荒い息だった。
呂布は、泣いていた。
成廉「しっかりしてください呂布様!」
魏越「い、いかん! 成廉、赤兎に乗れ!」
成廉「ぎ、魏越!」
一斉に、声があがった。地響きがおこった。
陳珪が、馬を飛ばしている。
陳珪軍が、全軍で押し寄せている。
魏越「りょ、呂布様を頼む!」
成廉が走り出す。
仲間が、走り出す。向かっていく。
皆、青ざめていた。
魏越「う、ああああ!」
赤兎に、乗り換えた。呂布を、しっかりと左手で抱える。
魏越「走れ! 赤兎!」
赤兎に乗るのは、初めてだった。
赤兎が、首を振る。
走り出した。
魏越「頼む! 頼む! 頼む! まだ! まだ!」
悲鳴に似た、叫び。
魏越「我ら、呂布様の盾になるぞ!」
眼前に広がる兵の数は二万五千。
こちらの兵力は二千。死が、間違いなく訪れる。
それでも、いくしかなかった。
同僚の顔を見る。皆、同じ顔をしていた。
青ざめていた。そして、笑っていた。
魏越「陳珪」
裏切ったのだ。あの男が。先頭で駆けてくる。
向かっていった。
この手で、殺す。
そう、思った。
もう一度叫んだ。
馳せ違う。刃が、光る。一太刀だった。
首が、飛んだ。
魏越の首、だった。
陳珪「逃がさぬ……」
返り血を浴びながら、陳珪が言った。
また一人、斬った。
陳珪「ふふ、あはははは!」
うまく、いった。
うまく行き過ぎた。それが陳珪にはおかしかった。
兵達の、一瞬の心の空白。
呂布を射たその瞬間に、生じた空白。
その空白を、熱で埋めることが出来た。
狂乱という熱。
もはや、相手が味方であったことなどわかるまいよ。
ただ、殺すだけだ。
最強の騎馬隊が、そこかしこで討たれている。
核を失った軍は、もろい。
それは、呂布自身で、今まで教えてきたことだった。
赤兎が、逃げていく。走りは、遅い。
主人の傷を、気遣っているのか。
陳珪「そんな心配、しなくてもいいのに」
また、笑った。