小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

華~壱~

 真夜中。
 揺らめく半月を映す海。
 揺らめく陸の灯りを映す海。
 夏が深まり去りゆこうとし、以前のような暑さはない。
 さりとて、涼しいというわけでもない。
 二つの季が混じり合い、競り合い。
 夏がまだ優勢か。
 そんな夜だった。
 白い砂浜。
 そこに、足跡が点々と続いていた。
 足跡は三人。
 一つは、小さかった。
「海です! とと様! かか様! 海です!」
「そうね……」
「海、初めてだもんな」
 嬉しそうにはしゃぐ幼い声。それに、二つの声が重なる。
 とと様かか様と呼ばれた男と女。そして、二人の間で女の子。
 三人とも、お揃いの蒼い浴衣を着ていた。
 様々な動物の柄が、白く描かれていて。
 女の子が、たたっと走り出した。
「すごいです! とってもとーっても広いのです! 思っていたよりずっとずーっと広いのです!」
 二人とも、微笑む。
 微笑んで、はしゃぐ我が子を見た。
「ずっと行きたいって言ってたもんな……にしても風華、はしゃぎすぎだろ」
「花火のこと、忘れてますね」
「可能性大、だな」
「広ーい!」
「そうね……広いね」
「かか様! ふうかはかか様と一緒に海に入りたいのです!」
「……はい?」
 女は、きょとんとした表情をつくった。
「かか様と一緒に海に入りたいのです!」
 女の子は、もう一度繰り返した。
「そ、それは」
 男と顔を見合わせる。女の困ったような笑顔。
 男は、くくっと笑い声を零した。
 女がむっとする。また、男が笑った。
「……かか様?」
「風華、かか様は水が苦手なんだ」
「そうなの、かか様?」
「はいぃ……」
 消え入りそうな声。
 女の雪のように白い肌に、薄く朱がさした。
「そんなあ……」
 女の子は、口をつんと尖らせた。
「風華、かか様のかわりにとと様が」
「かか様と入りたいの!」
 いやいやをする。
「……いいじゃん、俺で」
 男も、口を尖らせた。
「わかりました」
 そう、女が言った。
 汐風に、女の腰に届く黒髪が揺れた。
 ふわりと、漂った。
「さ、いきましょう」
「大丈夫か?」
 答えは返ってこなかった。

 ゆっくりと海に近づいていく。
 少しずつ、少しずつ。女の子の手を強く握って。
 女の子も、近づいていく。
「かか様」
「わかってます……わかってますから……」
「どうするんだ?」
 女は、海まであと一歩というところまで近づいた。男が、二歩ほど離れて後ろに。
 そこで女は立ち止まった。
 大きく息を吸い息を吐き、裾をあげ、下駄を脱ぎ。
 それからそろそろと波に向かって足をのばし、ちょんと、つけた。