小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

華~参~

 女が、女の子の濡れた髪を優しく撫でていた。
「かか様! 濡れた!」
 いっぱい濡れた!
「あとで乾かさないとね」
「まだかなー」
「とと様、花火?」
「お、覚えてたか? いい子だなー」
「当たり前なのです! 風華は、楽しみなのです!」
「だよなー。まだ?」
「もう少しですよ」
「海を見るのも飽きた」
「はいはい」
 女が苦笑した。
「私は、飽きませんけど……」
「とと様! 花火まだなのですか? 遅いのです!」
「うーん、だよなあ~……ああ、始まるぞ」
 男がそう言った。虫の音が聞こえなくなっていた。
 聞こえるのは波の音だけ。
「とと様! かか様!」
 女の子のはしゃぎ声。
 風を切り裂く音がした。
 大きな華が、海の上に咲いた。月の下に、次々と生まれた。
 色とりどりの光。大きな華から小さな華から。
 蒼黒い海面に光が揺れながら映る。
 それもまた、美しかった。
 華が生まれるたびに、三人の身体を音が叩いた。
「どーん!」
 女の子が、両手をあげた。目を輝かせていた。
「大きいのです!」
「綺麗ですね」
 お見事です。そう、女が男に言った。
「ああ」
 お前の方が……そう言いかけて、笑われそうなのでやめた。
「どうしたのですか? 頬が紅いですよ?」
「なんでもねえ……綺麗だな」
「ええ」
 男は、女の横顔を見ていた。

 華は、すぐに終わる。
 打ち上がっては消え、打ち上がっては消え。
 短い命。夏の大輪、光の華。
 それをおのが目に焼き付ける。
 それが、やんだ。煙が、月を隠す。
 また、半月が姿を見せる。
「……終わったのか」
「ええ」
 三人、座ったまま。
 そこを離れなかった。
 時間が少しずつ流れていく。
 ただ、眺めていた。
「風華、風華」
 女が、もたれかかる女の子の身体を揺らした。
「眠ったのか?」
「そうみたいです」
 すやすやと、寝息を。
「昨日、ほとんど眠ってないもんな」
「ずっと、楽しみにしてましたもんね」
 毎日毎日、そわそわと、指折り数えて今日が来るのを待っていた。
「帰るか」
「ええ」
 女が、女の子を起こそうと。
「起きて」
「帰るぞー」
「……やー!」
「おんぶしてやるから、な?」
「……」
 女の子の目は開ききっていなくて。
 黙って、男の背につかまった。
「大きくなったなあ」
「昨日も、言いましたね」
「大きくなったもの」
「そうですね」

「また、来年もここにきましょうか」
「そうしよっか」
 砂浜に、足音をつけていく。
 女が、腰をかがめた。
 何かを拾った。
「どうした?」
「貝殻……」
「風華、喜ぶな」
「ええ」
 灯りに向かう。
 陸の灯り。
 昔馴染みが、そこで騒いでいるのだ。
「華、二つか」
「はい?」
「また、ここで見ようか」
「また」
 
 銀の雲がたなびく。
 金色の月が陰をつくる。
 寄り添って歩く人影が、白い砂浜に映し出されて――