小説置き場2

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あやかし姫~秋の花(2)~

「すごい、ですね」
「……うん」
「なに……これ……」
 舞い踊り、舞い散る、桜の華びら。
 色艶やかな桜が、咲き乱れていた。
 今の季節は、秋。
 その証拠に虫達の鳴き声は秋の音色。
 でも、桜は咲いていた。
 姫様が、そっと花びらを手に取る。
 本物、だった。幻ではない。
「どういうこと……」
「さあ……」
「どうもこうも、ないわ。今年は花見、してなかったじゃろ?」
「頭領……」
 今年は、お花見出来なかった。約束していた。皆で、行こうと。
 でも、出来なかった。
 頭領は、知らない女を連れていた。神々しかった。後光が、さしているような。
「じゃから、ちょっと咲かせられないかと方々に声をかけてみたんじゃ。あんまり、色よい返事はなかったが、ここの山の神だけが、季節外れの桜を咲かす事を承知してくれてな」
「さあさあ、皆様、どうぞこちらへ」
 女がいった。
 姫様が、お世話になりますと。
 朱桜は、神とよばれる者に初めてあったので、緊張しきり。
「お、お、お、おせ」
 舌を、噛んでしまった。姫様、慌てる。
 それよりも慌てたのが、山の神だった。
 ひゃーっと、大きな声をあげると、申し訳ありません、申し訳ありませんと地面に額を擦りつけて。
「な……に……?」
「お怪我はございませんか! どうか、どうかお許しを!」
「あの、なあ……」
 はたと、朱桜には思いあたることがあった。
「……父さま、別になにもしないと思いますよ」
「本当ですか!?」
「はあ……あの、頭を上げて下さい」
「は、はは!」
「あの、なあ……」
「これじゃあ、父さま来れないね」
 朱桜が、いった。言ってから、姫様達の顔をみて、しまったと。
 おそるおそる山の神を見ると、哀れ、山の神はぱたんと失神してしまっていて。
「……父さま、怖い人じゃ……」
 ちょっと、とまる。
「……怖い人かも」
「まあねえ……西の鬼の王、だもんね」
「こやつ、小心者でなあ……羽矢風と一緒のわしをみても、気絶しおった」
 じゃから、酒呑童子には来るなと、そう言ったのじゃ。
 頭領は葉子にそう、いった。
「なんだかねえ」
 姫様と朱桜が、起きて起きてと。
 山の神が、目を覚ます。それから、「申し訳ありません!」っと、また大きな声で。
「きりが、ないのう……」
「本当に。まだ、若い神ですねえ。あたいよりも……いんや、太郎よりも若いじゃない」
「おい、行くぞ。ほれ、おぬしも」
「は、はあ!」
 山の神が、どうぞこちらへと境内へ案内。自分の神社なのだろう。
 わりかし、広いところのようで。
 朱桜が姫様に、
「神様って……」
 といった。
「神様も、色々ですから」
「でも、私会えたの、初めてです!」
「私は結構……そうだ、今度羽矢風の命さまのところへ行こうか。お寺から、近いし」
 気さくな、神様だよ。
「はい!」

 既に宴は始まっていた。
 姫様達、中央に、すとんと腰を下ろす。
 どうやら、妖達は花より団子、食い気のほうが勝っていて。
 最初は桜の花に驚いたのだろうが、今は目の前のごちそうに夢中になって。
 美味しいねえと、舌鼓を。
「おやおや、全くこいつら、ちゃんと……うん? このあたいの鼻をくすぐる素晴らしい匂いは……」
 葉子はにょろーっと涎をたらし、ずずっと引っ込めた。
 ふらふらと目を輝かせながら立ち上がり、山と積まれたその匂いの元へ。
「お、あ、げー!」
 うわーい、っと、大、大、大好きなおあげを食べ始める。もう、桜そっちのけ。
 葉子も花より団子、だったのだ。
「葉子さん……言ってる事が……」
「……」
 朱桜は、じっと重箱の中身を。
 手を箸に伸ばそうとし、引っ込め、その動作を繰り返す。
 団子より、花と、自分を抑えて。
 でも。
 いい匂い……色鮮やかで……。本当に、美味しそう……
 でも、ここで誘惑に負けたら……
「朱桜ちゃん、食べよっか」
「え……でも……」
「桜を見ながら、美味しいものを。うん、食べよう!」
「はい!」 
 二人、仲良く食べ始めた。

「よい、眺めよ。いや、無理いってすまなんだな」
 頭領、盃を片手に。くいっと飲み干し、また、注ぐ。
「いえ、八霊様の願いならば」
「……わしを見て気絶しおったくせに……」
「ひ! すみませぬ!」
「あー、よいよい」
「あの……八霊様……」
「わしは、もう、あそこに戻る気は、ないよ」
「そうですか……」
 桜の花が、頭領の盃に。頭領はしばらくそれを見て、花びらごとぐいっと飲み込んだ。

「よっ」
「太郎さん」
 姫様、箸をとめる。そっと、箸置きに置いた。
「いい、気持ちだ」
 それから、ひょいっと三色団子を二本差し出した。
「あっちに、あった」
「ここには、甘いもの……わざわざ、ありがとうございます」
「いやいや」
 はいっと、太郎から受け取ったお団子を、朱桜に渡す。
 嬉しそうに太郎は二人のやり取りを見ていた。
「約束、守れたみたいだな」
「――ええ。まさか、秋の虫の声を聞きながらとは思わなかったですけど」
「びっくりなのです」
「朱桜ちゃん、私も、驚きました。本当に、頭領には感謝しないと」
「いい、もんだ」
「あれ? でも変ですね?」
「なにがだ?」
「変? なにがですか?」
「太郎さんが、お酒も飲まずにちゃーんと、桜を見ているだなんて」
「わりいかよ」
「珍しいなあ、と思って」
「そういうときも、あるさ」
 どかっと、腰を下ろす。
 秋の虫の音。
 春の桜。
 いま、この場所に、二つの季節が混在していて。
 三人で、それを味わう。周りの喧騒も、またよいと。
 朱桜が、懐から黄色い紙を取り出した。
「それ……私があげた……」
 古寺でしばらく一緒に住んでいた朱桜。
 別れの時に、姫様があげた――
「大事な、お守りなのです」
 桜の、押し花。大きな花と、小さな花が寄り添っている。
「……あの晩、大泣きしたんですよ」
「私も、です」
「どうですか。鬼さん達は?」
「私によくしてくれます。皆、いい鬼ばかりです!」
「うん、うんうん。なら、いいの」
「母さまのお墓にも、たまに行くんです」
「そう……」
「なにも、覚えてないけど……でも、父さまがたまにお話してくれます。優しい人だったって」
「よかったね」
 少しずつ、姫様の声の質が、変わっていく。
 朱桜は、気づいていない。
 自分の父と、母の話を、目をきらきらさせながら、姫様に。 
「私が、彩花さまとどちらが優しいですか? ってきくと、母さまのほうがほんのちょっぴり優しいっていうんです」
「……」
 姫様が、遠くを見る目を。
 ぼわっと、煙が起こった。太郎が、変化したのだ。
 もくもく白い煙の後には、白い狼の姿があって。
「太郎さん、急に煙を出さないで下さい」
「いや、わりいわりい。そうだ、あっちに甘いものいっぱいあるから、取りにいこうぜ」
「……どうしようかな……」
「いいから行こう!」
「そうしよっか……」
「彩花さま?」
「みたらし団子、あるかな? でも、あそこのみたらしには、かなわないかな?」
「あのみたらし団子、すっごく美味しいですもんね」
「そうだ、朱桜ちゃん。帰りに寄って、お土産にしようか。あ、でも、ここのお菓子もいいかも……」
 太郎が、姫様の笑顔をみて、ふーっと溜息をついた。
 問題は……
 光り物のお菓子に目がくらんでる、酔っぱらいの黒烏をどうするかだが……
「ま、いっか」

 宴の後の夜。
 姫様は葉子にだまーって部屋を出ると、灯りをもって、皆を起こさないように静かに静かに、妖達の布団をかけ直しながら、庭にでる。
 いつもの縁側に座ると、桜の花がついた枝をくるくると回しながら、月を、見た。
 もうすぐ、満月に移ろうであろう、雲の合間に光る月を。
 それから、はあ、っと、溜息をついた。
「私は……太郎さん、ありがとう。とめてくれて……」
 金銀妖瞳。すっと、闇夜に現れる。それから、白い狼が姫様に近づいて。
「抑えきれなかったかもしれない。朝も、そうだった。私が、私じゃなくなりそうで……」
 妖狼は、なにも答えなかった。
「朱桜ちゃんが、羨ましかった……妬ましかった……」
「そういうことも、あるさ」
「せっかくの宴を、台無しにするところだった。頭領が無理をいって咲かせてもらったのに!」
「気にすんなよ……姫様、泣くな」
「でも……」 
「ほらほら……ああ、もう」
 姫様、涙をぽろぽろと零す。しゃくりあげる。
 妖狼、慌てる。
「どうして、こう、私は我が儘で!」
「姫様、我が儘じゃねえよ」
「でも!」
 大きな手で、姫様の頬を伝う涙を、拭う。
「俺が、言ってるんだ。我が儘じゃ、ない」
「……」
「姫様は、笑ってる方がいいよ」
「……」
「姫様、我が儘じゃねえよ……」
 もう一度、言った。
 姫様ごしごしと、涙を拭った。
「風邪ひかないように部屋に戻りな。今日は、冷えるから」
「……うん、そうするね」
 姫様、笑う。桜の枝と灯りをもって、自分の部屋へ。
 すっきりとした顔。もやもやしたものを、吐き出したから。
 姫様が座っていたところに、一片の花びらが残っていた。
 太郎はそれを、じっと見ていた。
 秋風に、花びらが舞う。
 あっ、と、声を出した。
 花びらは風に運ばれどこかに消えて。
 太郎は、桜の消えた闇の中でしばらく静かに佇んでいた――