あやかし姫~秋の花(1)~
いつものいつもの古寺。
夏は去り、秋が来て、山の色が姿を変えていく。
庭の草木も、同じように。
「やっぱり、涼しいほうがいいよね」
「……」
銀狐葉子が縁側に腰掛け嬉しそうに姫様に。
姫様は答えない。口を閉じてにこにこと微笑みを浮かべているだけで。
葉子が不服そうに、
「朱桜ちゃんもそう思うよね?」
と、同意を求める。
「……私は…」
鬼の王、酒呑童子の娘朱桜。今日も朝から遊びに来ていて。
随分と、髪が伸びている。
伸ばすの? と訊くと、姫様と、お揃い。そう、ぽっと頬を桃色に染めながら答えた。
「私は、暑いほうが……」
海に、いけたし。
寒いと、行けないもの。
海。その言葉に葉子が顔をしかめた。
「海行ったんだ」
「楽しかったです。父さまがね、泳ぎ方教えてくれたの」
「……へえ」
場が、凍った。姫様の声が、そう、させた。
固まってしまった朱桜。次の話が、出てこない。
「よかったね」
そう、言った後、姫様は不思議そうに朱桜や葉子を見る。
「どうしたの?」
と訊いた。
葉子はひゅーっとあらぬ方を見て口笛を吹いた。
朱桜は、
「彩花さまは海は嫌い?」
と、いった。
「そうですね……行きたいとは、思いませんね……」
姫様の答え。
「そうそう、頭領遅いね。どこいったんだろうね」
葉子がいった。
これ以上、この話は……そう思ったのだ。
去年、ひさーし振りに川にいって、溺れて、しばらく水を見るのもいやになって。
今に、至る。
「さあ……頭領はいつも」
「いつもなんじゃ?」
その声に、葉子、朱桜がびっくりして。
いつの間にか、頭領が後ろに立っていたのだ。
「なんでしょうね」
姫様は、平然としていた。
「ふむ。さてと、出かけるぞ」
「出かける?」
「なに、ちょっとしたことをな」
「おいら達はー?」
「僕はー?」
「私はー?」
ざわざわと集まってきた妖達が口々にいう。
「お前達も、な」
わあっと、歓声が起こった。
古寺で、姫様達と遊んだりぼーっとするのもいいけれど、たまのお出かけも大好きなのだ。
「頭領、きのこ狩り、ですか?」
「いいや」
頭領が首を振った。
「……海?」
「いいや……行きたいのか?」
「……」
姫様、ふふふと笑って――無言。
「普通に、裏山ですね」
「うん」
古寺の裏山。みんなで登っていく。
妖達が行列を成して。
百鬼夜行――
「朱桜ちゃん、疲れてない?」
「彩花さま……」
朱桜の小さな身体は、九尾の銀狐に揺られていて。
銀狐に、乗っけてもらっているのだ。
「疲れて、ないです」
「そう、よかった」
「ちょっと、あたいはー?」
「葉子の奴、大変だな」
「ああ」
若い男。妖狼太郎と、烏天狗の黒之助。
朱桜をその背に乗せる葉子を見ながら二人並んで。
「それで、なにすんだ? 紅葉狩りか?」
「まだ、そこまで……」
山の色は半々といったところ。
きのこ狩りではないと頭領もいったし……。
太郎が、すすきを見つけた。
にたっと笑うと、それを引っ張る。
黒之助は気づかずに。
「本当に、何を」
そういって横に顔をやっても太郎の姿はなくて。
「あれ?」
首筋を這う物。黒い羽をはためかせ、黒之助が飛び上がった。
「な、何事だ!」
「じゃっ、じゃーん」
すすきをちろちろさせる太郎。
気配を消して後ろにまわり、手に持つそれで、烏天狗の首をくすぐったのだ。
「は、びびりすぎだ、クロ」
「……きさま……」
木々が、一斉に悲鳴をあげた。
「姫様、後ろが騒がしいよ?」
葉子がいった。
「……」
無言で、振り向いた。すっごい、迫力。
めらめらと、燃えて。
「なに、してるの?」
まさか、喧嘩じゃないよね。
睨み合っていた二人を見ながら、冷たく言い放つ。
「……ちげえ、ちげえよ! なあ、クロ!」
「う、うむ! 我らこんなに仲良しなのに!」
「……なら、よいのですが……」
疑わしげに、じろじろと。
それから、葉子と朱桜のところへ。
また、三人で談笑を。
太郎と黒之助は、しょんぼりしょんぼり。
とぼとぼとぼとぼ。
「さて、と」
山の頂上。ずんずん皆より先に進んでいった頭領、小さな真っ赤な鳥居の前に。
人一人、やっとの大きさか。
「……鳥居?」
「こんなの……なかったよね?」
「鬼ヶ城の入り口と……似てます……」
登ってきた三人、なんだろうと。
言い合いながら、朱桜がとんと葉子の背中から降りた。
「よく、わかったのう。鬼ヶ城の入り口と、似たようなものさ。さてと、いこうか。ここをくぐれば、目的の場所ぞ」
「はいはい、どこにいくのかね」
「じゃが、その前に……酒呑!」
頭領が、大きな声で鬼の王の名前を。
山彦が、木霊を返す。
「父さま?」
「酒呑童子様? もう帰ったんじゃあ?」
なにも、返ってこない。頭領が、小石を拾った。
「……そこじゃ!」
投げた。
こつん。
「いて!」
どさっ。
木から人が落ちてきて。
「石、投げるな!」
酒呑童子、である。朱桜を寺に送り、名残惜しそうに鬼ヶ城に帰ったはずの鬼の王様が何故かここに。
「父さま……どうして?」
「いやー、なぜでしょう?」
「お主は、来るな」
「はあ! 意味わかんねえよ!」
連れてけ連れてけと、駄々をこねる。朱桜が、そんな父の姿に半ば呆れて。
「おぬしはなあ……ちーっと、強すぎる。あきらめい!」
「朱桜にもしものことがあったら! 大体。ここを離れるなんて聞いてないぞ! お父さんは許しません!」
「父さま……」
朱桜がいった。
「駄目、なのですか……」
悲しげに、いった。
「父さまの……意地悪……」
利いた。
もう、なにも言わなくなった。にこやかに、
「いってらっしゃーい」
と言うだけで。
朱桜が、姫様に片目をつぶって、ちょこっと舌をだした。
葉子が、扱い、上手になったなーと。
姫様、苦笑。
「さ、早く……ああ、彩花は、最後にな」
強い口調。
「え……」
「ほれ、皆の衆とっとと行け」
妖達、姫様に「おさきー」と言いながら鳥居をくぐる。
くぐればすぐに、その姿は消えて。
小妖達の後には、人の姿。
では、と、まず黒之助が。
頭領が、次に。
「そんじゃあ、俺も」
そういって、太郎。
葉子も、申し訳なさそうに。
最後に、姫様と朱桜が。
酒呑童子にいってきますというと、
「彩花さま、早くきて!」
すっと、鳥居をくぐり、朱桜もその姿を消した。
「これ、どこにつながってるだ?」
酒呑童子が姫様に。
「さあ……でも、あまり安定してませんね」
「二日もてば、ってとこか。あの男がいれば、大丈夫だろうが。朱桜のこと、宜しくな」
「はい」
じゃあ、いってきます。
姫様も、目を閉じてその小さな鳥居をくぐった。
それから、もう、いいかなと目を開ける。
目の前に広がるありえない光景。
姫様、自分の目を疑う。目を、こする。
それから、口をあんぐり開けて固まっている葉子と朱桜に近づいた。
夏は去り、秋が来て、山の色が姿を変えていく。
庭の草木も、同じように。
「やっぱり、涼しいほうがいいよね」
「……」
銀狐葉子が縁側に腰掛け嬉しそうに姫様に。
姫様は答えない。口を閉じてにこにこと微笑みを浮かべているだけで。
葉子が不服そうに、
「朱桜ちゃんもそう思うよね?」
と、同意を求める。
「……私は…」
鬼の王、酒呑童子の娘朱桜。今日も朝から遊びに来ていて。
随分と、髪が伸びている。
伸ばすの? と訊くと、姫様と、お揃い。そう、ぽっと頬を桃色に染めながら答えた。
「私は、暑いほうが……」
海に、いけたし。
寒いと、行けないもの。
海。その言葉に葉子が顔をしかめた。
「海行ったんだ」
「楽しかったです。父さまがね、泳ぎ方教えてくれたの」
「……へえ」
場が、凍った。姫様の声が、そう、させた。
固まってしまった朱桜。次の話が、出てこない。
「よかったね」
そう、言った後、姫様は不思議そうに朱桜や葉子を見る。
「どうしたの?」
と訊いた。
葉子はひゅーっとあらぬ方を見て口笛を吹いた。
朱桜は、
「彩花さまは海は嫌い?」
と、いった。
「そうですね……行きたいとは、思いませんね……」
姫様の答え。
「そうそう、頭領遅いね。どこいったんだろうね」
葉子がいった。
これ以上、この話は……そう思ったのだ。
去年、ひさーし振りに川にいって、溺れて、しばらく水を見るのもいやになって。
今に、至る。
「さあ……頭領はいつも」
「いつもなんじゃ?」
その声に、葉子、朱桜がびっくりして。
いつの間にか、頭領が後ろに立っていたのだ。
「なんでしょうね」
姫様は、平然としていた。
「ふむ。さてと、出かけるぞ」
「出かける?」
「なに、ちょっとしたことをな」
「おいら達はー?」
「僕はー?」
「私はー?」
ざわざわと集まってきた妖達が口々にいう。
「お前達も、な」
わあっと、歓声が起こった。
古寺で、姫様達と遊んだりぼーっとするのもいいけれど、たまのお出かけも大好きなのだ。
「頭領、きのこ狩り、ですか?」
「いいや」
頭領が首を振った。
「……海?」
「いいや……行きたいのか?」
「……」
姫様、ふふふと笑って――無言。
「普通に、裏山ですね」
「うん」
古寺の裏山。みんなで登っていく。
妖達が行列を成して。
百鬼夜行――
「朱桜ちゃん、疲れてない?」
「彩花さま……」
朱桜の小さな身体は、九尾の銀狐に揺られていて。
銀狐に、乗っけてもらっているのだ。
「疲れて、ないです」
「そう、よかった」
「ちょっと、あたいはー?」
「葉子の奴、大変だな」
「ああ」
若い男。妖狼太郎と、烏天狗の黒之助。
朱桜をその背に乗せる葉子を見ながら二人並んで。
「それで、なにすんだ? 紅葉狩りか?」
「まだ、そこまで……」
山の色は半々といったところ。
きのこ狩りではないと頭領もいったし……。
太郎が、すすきを見つけた。
にたっと笑うと、それを引っ張る。
黒之助は気づかずに。
「本当に、何を」
そういって横に顔をやっても太郎の姿はなくて。
「あれ?」
首筋を這う物。黒い羽をはためかせ、黒之助が飛び上がった。
「な、何事だ!」
「じゃっ、じゃーん」
すすきをちろちろさせる太郎。
気配を消して後ろにまわり、手に持つそれで、烏天狗の首をくすぐったのだ。
「は、びびりすぎだ、クロ」
「……きさま……」
木々が、一斉に悲鳴をあげた。
「姫様、後ろが騒がしいよ?」
葉子がいった。
「……」
無言で、振り向いた。すっごい、迫力。
めらめらと、燃えて。
「なに、してるの?」
まさか、喧嘩じゃないよね。
睨み合っていた二人を見ながら、冷たく言い放つ。
「……ちげえ、ちげえよ! なあ、クロ!」
「う、うむ! 我らこんなに仲良しなのに!」
「……なら、よいのですが……」
疑わしげに、じろじろと。
それから、葉子と朱桜のところへ。
また、三人で談笑を。
太郎と黒之助は、しょんぼりしょんぼり。
とぼとぼとぼとぼ。
「さて、と」
山の頂上。ずんずん皆より先に進んでいった頭領、小さな真っ赤な鳥居の前に。
人一人、やっとの大きさか。
「……鳥居?」
「こんなの……なかったよね?」
「鬼ヶ城の入り口と……似てます……」
登ってきた三人、なんだろうと。
言い合いながら、朱桜がとんと葉子の背中から降りた。
「よく、わかったのう。鬼ヶ城の入り口と、似たようなものさ。さてと、いこうか。ここをくぐれば、目的の場所ぞ」
「はいはい、どこにいくのかね」
「じゃが、その前に……酒呑!」
頭領が、大きな声で鬼の王の名前を。
山彦が、木霊を返す。
「父さま?」
「酒呑童子様? もう帰ったんじゃあ?」
なにも、返ってこない。頭領が、小石を拾った。
「……そこじゃ!」
投げた。
こつん。
「いて!」
どさっ。
木から人が落ちてきて。
「石、投げるな!」
酒呑童子、である。朱桜を寺に送り、名残惜しそうに鬼ヶ城に帰ったはずの鬼の王様が何故かここに。
「父さま……どうして?」
「いやー、なぜでしょう?」
「お主は、来るな」
「はあ! 意味わかんねえよ!」
連れてけ連れてけと、駄々をこねる。朱桜が、そんな父の姿に半ば呆れて。
「おぬしはなあ……ちーっと、強すぎる。あきらめい!」
「朱桜にもしものことがあったら! 大体。ここを離れるなんて聞いてないぞ! お父さんは許しません!」
「父さま……」
朱桜がいった。
「駄目、なのですか……」
悲しげに、いった。
「父さまの……意地悪……」
利いた。
もう、なにも言わなくなった。にこやかに、
「いってらっしゃーい」
と言うだけで。
朱桜が、姫様に片目をつぶって、ちょこっと舌をだした。
葉子が、扱い、上手になったなーと。
姫様、苦笑。
「さ、早く……ああ、彩花は、最後にな」
強い口調。
「え……」
「ほれ、皆の衆とっとと行け」
妖達、姫様に「おさきー」と言いながら鳥居をくぐる。
くぐればすぐに、その姿は消えて。
小妖達の後には、人の姿。
では、と、まず黒之助が。
頭領が、次に。
「そんじゃあ、俺も」
そういって、太郎。
葉子も、申し訳なさそうに。
最後に、姫様と朱桜が。
酒呑童子にいってきますというと、
「彩花さま、早くきて!」
すっと、鳥居をくぐり、朱桜もその姿を消した。
「これ、どこにつながってるだ?」
酒呑童子が姫様に。
「さあ……でも、あまり安定してませんね」
「二日もてば、ってとこか。あの男がいれば、大丈夫だろうが。朱桜のこと、宜しくな」
「はい」
じゃあ、いってきます。
姫様も、目を閉じてその小さな鳥居をくぐった。
それから、もう、いいかなと目を開ける。
目の前に広がるありえない光景。
姫様、自分の目を疑う。目を、こする。
それから、口をあんぐり開けて固まっている葉子と朱桜に近づいた。